第267話 今日の京都の恋模様㉟


 千本鳥居を抜け、俺たちは駅へと向かう。


「……」


「……」


 言葉はなかった。

 なんとなく恥ずかしくて、なにを話していいのか分からないというのが俺の状態だ。


 いつも話しかけてくれる陽菜乃も言葉を発さないところ、似たような状態なのかもしれない。


 告白をした。

 思いを伝え合った。

 俺たちは晴れて、付き合うことになったのだ。


 俺は陽菜乃の彼氏で。

 陽菜乃は俺の彼女だ。


 そう考えれば考えるほど照れてしまい、上手く会話をすることができない。


 けど、それが不思議と嫌じゃないというか。


 気まずいとかは全然ない。


 この無言が、告白したことを証明してくれているような気がして、今はむしろ有り難いような。


 まあ。


 証明するのはそれだけじゃないんだけど。


 きゅっと繋がれた手と手。


 陽菜乃と手を繋ぐ機会はこれまでに何度かあった。なにかと理由をつけて繋いでいた。


 でも今は理由なんてなくて。


 それに。


 最初はただ握っていただけだったけど、陽菜乃が俺の手の指と指の間に自分の指を絡めてきて。


 いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。


 さすがにこれは照れた。


 照れすぎて、陽菜乃の顔が見れない。


 だからさっきから、ずっと前を向いている。

 隣から視線を感じないので、多分陽菜乃もそんな感じ。


 周りが見たら、なんだあの二人と思うだろうな。


 なんてことを考えていた、そのときだ。

 

「よっす」


 後ろから声をかけられた。

 聞き覚えのある声だ。

 声色からして、楽しそうなのが伝わってくる。

 振り返らずとも誰かは分かる。


 けど、俺たちはパッと手を放して振り返った。


「あ、梓!?」


 やっぱり秋名だ。

 口角がぐにゃりと上がっていて、もうにやにやが隠せていない。


「なんで秋名が?」


 まさか、こいつずっと尾行してたんじゃないだろうな?

 と、俺が訝しむ視線を向けると、秋名は「ちがうちがう」と手を振る。どうだか。


「ほんとうに偶然だよ。私が一緒に行動してたグループの目的地が伏見稲荷大社だっただけ」


「そのグループの子たちは?」


「先に行っちゃった」


 まあ、嘘ではないか。

 さすがの秋名でもそんなことはしないだろう。しないよな?


「なんで置いてかれたの?」


「ん? まあ、いろいろね」


 そんなことより、と秋名が俺たちを交互に見る。楽しそうに瞳を輝かせている。まるでおもちゃを貰った子どものような。


「手は繋がなくていいのかなー?」


 こいつはまた余計なことを。

 と思いながら睨むと秋名は悪びれる様子もなく続ける。


「冗談だよ。声をかけたら放しちゃったから、悪かったなって思ったの」


 そりゃ放すだろ。


「ホントは声かけるかも悩んだんだよ? お邪魔かなって」


「俺たちがお前を邪魔だと思うことはないよ。これまでも、この先も」


 俺の言葉に陽菜乃がうんうんと力強く頷いた。秋名のくせに、変な気遣いをしようとしやがって。


 ていうか、これまでの発言から考えると秋名はおおよそ状況を把握してるっぽい。


 それは俺たちが手を繋いでるところを見たからなのか。あるいは、隠れて告白のところも見ていたのか。


「ところで、どこまで分かってる?」


 なにを、とは言わない。

 けど秋名はなにを訊かれているのか理解しているだろう。


「さあ、なんのことかな」


 理解している上でとぼけているな。

 こいつはいつも、こんな感じだ。


「仮に分かってても、私は二人から聞きたいと思ってるよ」


 とぼけた後に、秋名はそんな言葉を付け足した。そんなこと言われたら言わないわけにはいかないだろ、と思いながら陽菜乃を見る。


 困ったように、けれどどこか嬉しそうに陽菜乃は笑う。

 意見は概ね同じらしい。


 俺は陽菜乃の手を握る。

 それに驚いたのは秋名というよりは陽菜乃だ。握った瞬間に「ふぁ!?」と変な声を漏らした。


 秋名は驚くというより、陽菜乃のリアクションに笑っていた。


 もう雰囲気もなにもない。

 今日はずっとこんな感じだな。決めるべき時に決まらない。


「陽菜乃と付き合うことになった」


「隆之くんと付き合うことになりました」


 ちゃんと二人で報告した。

 俺が言うだけでも良かったと思うし、なんならそのつもりだったけど、陽菜乃は陽菜乃でちゃんと秋名に言いたかったのかもしれない。


 俺たちが言葉にすると、秋名はクラッカーを鳴らすようにぱちぱちと拍手を送ってくれた。


「おめでとう、陽菜乃」


「ありがとう、梓」


 そう言った秋名は本当に祝福してくれているようだった。もしかしたら、彼女の心の底からの笑顔というものを初めて見たかも。


 そんなことを思いながら抱きついてきた陽菜乃を受け止める秋名を見ていると、彼女と目が合った。


「志摩も、おめでとう」


「おう」


 そんなまっすぐに言ってくるなよ。

 リアクションに困るだろうが。


 俺は小っ恥ずかしくなって、やれやれと肩をすくめながら前髪をいじった。


「そろそろ行かないと間に合わないぞ」


「そだね。行こ、陽菜乃」


「うん」


 本当はもう少しだけ陽菜乃と二人でいたかったんだけど、でもこの時間はこの時間で大切に思える。


 陽菜乃は秋名となにやら楽しそうに話している。今日あったことを報告しているのかも。


 言わなくても、もしかしたらあいつは陰から全部見てたかもしれないんだけど。


「あ、そうだ」


 秋名が思い出したように、二人の数歩後ろを歩くこちらを振り返る。


「なんだ?」


「一応、ちゃんと言っとくけど、告白するところは見てないからね」


 わざわざこう言ってくるってことはそうなんだろうな。

 まあ、だとしたらどこでなにをしていたんだろうって感じだけど。それを考えても、答え合わせはできないから俺は考えるのをやめた。

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