第266話 今日の京都の恋模様㉞
隆之くんの表情は真剣で、まっすぐにわたしの顔を見つめてくれている。
見つめ合っていると、まるでお互いの気持ちが繋がったような気がした。
「あのね、隆之くん」
彼はずっと怖かったんだと思う。
好意を受け入れることが。
好意を認めることが。
だから、わたしの気持ちは届いてるのかずっとわからなかった。
でもそんなのお構いなしに、わたしはそのときにできることをしてきたつもりだ。
ずっと不安だった。
でも。
このとき初めて、わたしは隆之くんの心に触れたような気がした。
「ちょっと待って」
わたしの言葉を隆之くんが遮った。
どこか切羽詰まったような、焦ったような表情にわたしはどうしようかと悩んでしまう。
隆之くんはなにを言おうとしてるんだろう。
なんて。
そんなのもう、聞かなくてもわかるよ。
きっと一緒だ。
彼の目を見たら、それがなんとなく伝わってくる。
だから、隆之くんの気持ちを言葉にしてほしいと思うんだけど。
それと同じくらいに。
わたしは、わたしの気持ちを言葉にして届けたいと思ってる。
「俺から話したいんだけど」
隆之くん、自分から言おうとしてる。
これはわたしの言おうとしていることに気づいたのかな。
わたしの気持ちが届いたのかな。
さすがにこの流れで『晩ご飯なに食べたい?』とかは言ってこないだろうし。
「俺は……」
「ちょっと、待って!」
わたしの声に隆之くんは少し驚いていた。わたしも思っていたより声が大きくて驚いたよ。
そうじゃなくて。
そんなことはどうでもよくて。
「どうしたの?」
「あのね、その」
慌てて声を出しただけで、次の行動は考えていなかった。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
「わたしも、隆之くんと同じくらい自分から話したいんだけど」
悩んだ末にそんなことを言ってしまう。
もちろん、それを聞いた隆之くんは困った顔をする。そりゃそうだよね、まさかこんなことを言われるとは思ってなかったよね。
わたしも最初は告白をしてほしかった。
けど。
どうしてか、少しずつそれと同じくらいにこっちから言いたくもなった。たぶん、自分から告白するって考え続けてきたからだろうなあ。
わたしから言いたい。
告白して、隆之くんの驚く顔が見たい。
「いや、でもここはやっぱり俺から」
「いやいや、レディーファーストっていう言葉もあるわけだし」
隆之くんめ。
これまで散々ヘタれてきたくせに、ここぞというときはどうして引いてくれないんだろう。
少しだけ、彼を恨めしく思う。
お互いが譲り合わず、睨み合うというか、見つめ合っていると、それがなんだかおかしくて次第にぷっと吹き出してしまう。
そんなわたしを見て、隆之くんもおかしそうに笑う。
「今日はえらく頑固だな」
「隆之くんもね」
温かいな。
心がぽかぽかする。
彼の好きなところを上げるとどれだけの数になるかは分からないけど、優しいところが大好きで、こういうところも好き。
一緒にいて落ち着く。安心する。
心地良い。
それを初めて感じたのはいつだったかな。
そんなの覚えてるはずないか。
だって、たぶん最初からそれは感じていたことだもんね。
「ねえ、隆之くん」
「ん?」
*
「ねえ、隆之くん」
「ん?」
今日の陽菜乃はえらく頑固だ。
いつもならば、意見がぶつかったら譲ってくれることが多いのに。
それだけ大事なんだ。
これから言おうとしていることを。
自分から言うことが。
けど、それは俺も同じだ。
こればかりは譲れない。
これまでずっと背中を向けてきたから。
そんな背中を、みんなが押してくれたから。
これは俺からちゃんと言いたい。
例え言おうとしていることが同じであっても。
「隆之くんは絶対に自分から言いたいんだよね?」
「そうだな」
「でもね、隆之くんと同じくらい、わたしも自分から言いたいんだよ」
「じゃんけんでもするか?」
俺は冗談交じりに言ってみる。
すると陽菜乃はおかしそうに笑った。
「それで納得できる?」
「できないかも」
もしも負けでもしたら、絶対に次の何かを提案するだろうな。全てを運に任せるのはやめておこう。
「……」
気づけば、周りの人はいなくなっていた。
俺と陽菜乃がああだこうだと話しているうちに全員が通り過ぎていったのだろうか。
にしても、まだまだ人は残っていたからいつ後続が来てもおかしくはないけれど。
つまり、告白するなら今しかない。
などと、つい周りに意識を向けてしまった。
いや、でもさっきまでわんさか人がいたのに、それが急にいなくなったらさすがに気になるだろ。
「だよね。だから、わたしから一つ提案します」
「……どうぞ」
陽菜乃はにこりと笑って、どや顔っぽい表情を浮かべて口を開いた。
「二人同時に、せーので言おうよ」
「それ上手く聞き取れなくないか?」
「大丈夫だいじょうぶ。きっと、気持ちはもう伝わってるから」
どこからその自信が湧いてくるんだろう。
そう思うけど、それに反対意見を述べる気にはならなかった。
なぜなら、俺も同じことを思っているから。
きっと俺の気持ちはもう陽菜乃に伝わっているし、陽菜乃の気持ちもきっともう分かっている。
だからあとは、それを言葉にするだけなんだ。
「いいよ、分かった。それでいこう」
「うん。心の準備はもうできてる?」
「ああ。とっくに」
話したいことがある、と陽菜乃に言ったときにはもうできていた。
あのあとすぐに告白をするつもりだったから、この展開は予想外も予想外だったけれど。
もっとロマンチックな雰囲気で思いを言葉にするものだと思っていた。
けど、実際はこんな感じ。
こんな雰囲気の中で原稿用紙にびっしり書いた文章を読むのは無理だったな。
けど、そもそも、確かにあんな長い言葉は必要なかった。
だって。
言葉にするまでもなく、思いは通じ合ったんだから。
ずっと遠回りしてきた。
今、ようやく俺たちは巡り合った。
きっとこういう、予定通りにはいかない感じも、俺たちらしいのかもしれない。
ここまで長かった。
陽菜乃と仲良くなるのも。
自分の気持ちに気づくのにも。
そして、自分の気持ちを言葉にするのも。
本当に待たせてしまった。
けど、これでようやく終わりだ。
そして、これから新しく始めるんだ。
「それじゃあ、いくよ」
せーの、と陽菜乃が小さく言う。
「「あきなみたののここととがが大好好ききでですす。わおたれしとと付こきい合びってとくにだなさっていください」」
そりゃこうなるよ。
ここに関しては予想通り過ぎる。
案の定、俺たちの言葉は重なって上手く聞き取れなかった。
そんなことを考えてしまい、この状況に耐えられなくて俺と陽菜乃はぷくくとつい吹き出してしまう。
ロマンチックとはほど遠いな、と思う。
おかしくなってこみ上げた笑いがようやくおさまって、ふうと呼吸を整えた俺は改めて陽菜乃を見る。
もう緊張はしてない。
いつも通りの俺でいられる。
もう一度だけ。
やっぱりちゃんと言葉にしよう。
「陽菜乃のことが好きなんだ。俺と付き合ってください」
まっすぐに彼女を見てそう言うと、
「隆之くんのことが大好きです。こんなわたしと、付き合ってくれますか?」
まっすぐに俺を見て彼女はそう言った。
タタタ。
と。
次の瞬間には陽菜乃が目の前にまで駆け寄ってきていて、気づけば勢いよく抱きつかれていた。
俺は何とか堪えて転倒を回避する。
「ありがとう。わたしを好きになってくれて。これからもよろしくね」
彼女の頬を伝った涙が、俺の肩にぽたりと落ちた。
こうして。
俺と陽菜乃は恋人同士になった。
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