第264話 今日の京都の恋模様㉜
人生で一度だけ告白をしたことがある。
それは見事に無様に散ってしまった苦い過去なのだけれど、そのときは校舎裏だった。
安直だったけれど、その答えに迷いはなかった。
中学生だったし。
デートとかにも行ってなくて校内で完結する告白だったが故に、選択肢が少なかったが故に絞られた答えだ。
しかし。
今は違う。
ここは学校の外で。
修学旅行の最中で。
いつだって、どこだって。
言うことができる。
だからこそ迷う。
他にも良い場所があるんじゃないかって。
このあとにそういう場所が、そういうタイミングが待っているんじゃないかって。
「そろそろ駅の方に向かったほうがいいかな」
「そう、だね」
陽菜乃がスマホで時間を確認して言う。
伏見稲荷大社を回り切った俺たちは来た道を戻りながら駅へと向かう。
終わりの時間は迫っている。
集合時間が決まっている以上、延長戦というものは存在しない。時間内に行わなければ強制終了だ。
修学旅行中に告白すると決めた。
それでできなければ、俺はいつ告白するんだよ。きっと、また今度また次の機会と、先延ばしにするに違いない。
それじゃダメだから。
だから俺は今日に決めたんだ。
修学旅行という特別な日に言うって。
「……」
ゆっくりと階段を降りていく。
俺は考え。
そして、決めた。
*
いつも、そう。
二人の歩く歩幅は微妙に違っていて。
それは隆之くんも分かってるんだと思う。
隣を歩いているわたしの様子を伺って、少し速いなと思ったときはゆっくり歩くようにしてくれるから。
だから。
わたしが時折、てててと駆け足気味になって彼に追いつく度に、違和感を覚える。
それは別に、わたしを気にしなくなったことにじゃなくて、いつも気にしてくれているのにどうしたんだろうという意味で。
そのことに意識を向けられないほど、なにか考えているのかも。
さっきからずっと難しい顔をしている。
わたしが話しかけたら、いつものように笑ってくれるけれど。
話していないときはやけに周りを気にしているような。
そんな彼をわたしは気にしている。
てく。
てく。
てく。
この時間から参拝にやってくる人は徐々に減っていて、すれ違う数は確実に少なくなっている。
けれど、その代わりに同じ進行方向の人がごまんといる。周りの人の数が減ったということは決してない。
終わりを惜しむように立ち止まっては写真を撮ったり、どうでもいいのに適当に指差して話したり。
そんな中をわたしたちは歩く。
てく。
てく。
てく。
目の前に見えてきたのは千本鳥居。
この伏見稲荷の象徴……というと少し違うのかもしれないけれど、有名なスポット。
あそこをくぐり抜けると、いよいよあとは駅に向かうだけ。
わたしの歩く速さは、次第に遅くなっていく。
だって。
このままだと終わっちゃう。
まだ大切なことが言えてないのに。
けど、周りには人がいて。
この中で告白なんてしたら、隆之くん困っちゃうかもしれない。
わたしは彼を困らせたいわけじゃないの。
ただ、この気持ちを伝えたいだけ。
人が少ないところじゃないとダメかな。
ロマンチックな場所じゃなくてもいいかな。
特別な日じゃなくても、いいのかな。
ぐるぐるぐるぐる考える。
どこが正解なんだろう。
なにが正しいんだろう。
わかんないや。
だったら。
わたしは……。
*
千本鳥居に足を踏み入れたところで俺はふと足を止める。
「陽菜乃?」
さっきまで隣にいた陽菜乃の姿がなくなっていることに気づいた俺は後ろを振り返る。
数歩離れたところで、彼女はなにやら思い詰めたような顔をしていた。
俺は陽菜乃が立ち止まったことにすら、気づかなかった。気付けなかった。
なにやってんだよ。
「ごめんね」
俺が名前を呼ぶと、陽菜乃は顔を上げていつものように笑う。けれど、その笑顔はどこかぎこちない。
一言言って、陽菜乃はてててと俺の隣に追いついてきた。
俺は千本鳥居の出口を見つめる。
ここを抜ければ、もうあとは駅があるだけ。そこまでに告白するような場所はない。
「どうしたの?」
歩き出さない俺を不思議に思ってか、陽菜乃がこてんと首を傾げる。
「いや、なんでもない」
「そう?」
陽菜乃はそう言って歩き出す。
俺もそれに追いつこうとするように後を追う。
けれど。
一歩踏み出しただけで、すぐにその足は止まってしまう。
いや。
自らの意思で、俺は歩くのを止めた。
三歩ほど前に進んだ陽菜乃が、俺が追いついてこないことに気づいて振り返ってくる。
千本鳥居の真ん中で、二人立ち止まっているので周りの人たちはどうしたんだろうというような視線を向けてくる。
幸いなのは、通行の邪魔になるほどに混み合ってはいないことだ。みんな、疑問を抱きながらも俺たちを避けて進んでくれる。
見られている。
注目されている。
ごめんなさい。
あと少しだけだから。
俺は心の中で周りの人に謝罪する。
すう。
はあ。
ここを出るのは、全部を伝えたそのあとだ。
覚悟を決めろ。
人が多くたって関係ない。
これまでずっと逃げてきた。
でも、このままじゃダメだから。
これからは逃げないために。
今ここで、気持ちを伝える。
*
もういいや。
人が少ないところなんてないんだもん。
ごめんなさい、とわたしは心の中で先に謝っておくことにした。
周りに人がいるけれど。
みんなに見られているけれど。
それでもわたしは、あなたに気持ちを伝えるね。
そう思って隣を見ると、いるはずの隆之くんの姿がなかった。
振り返ると、三歩ほど後ろで立ち止まっている。
わたしは体ごとくるりと回して隆之くんの方を向く。
ちょうどいいや。
隣でっていうのもちょっと違うし。
たぶん、これくらいの方がいい。
すう。
はあ。
うん。
だいじょうぶ。
みんなが背中を押してくれたから。
わたしはここで、勇気を出せる。
「あのね、隆之くん」
*
「あのさ、陽菜乃」
俺が彼女の名前を呼んだとき。
彼女が俺の名前を呼んできた。
まっすぐに俺の方を見て。
朱色に染まった頬が、ゆらゆら潤む瞳が、きゅっと結ばれた唇が、ただならぬ覚悟のようなものを灯していた。
「君に言いたいことがあるんだ」
「あなたに伝えたいことがあるの」
俺たちの言葉が重なった。
まるで互いの思いが、そうなったように。
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