第263話 今日の京都の恋模様㉛


「これが千本鳥居か」


 伏見稲荷大社の中に入り少し歩くと見えてきたのは、有名な千本鳥居だ。

 赤い鳥居がずらりと並んでいて、まるでトンネルのようになっている。その中を進むと、何となく神秘的な気持ちにさせてくれる。


「きれいだね」


 周りには俺たち以外にも人がいて、立ち止まって眺めるのは厳しそうなので俺たちはゆっくり歩きながら進む。


「写真撮ろっか」


「誰かに頼むの?」


「んーん。こういうときはこうやるの!」


 言って、陽菜乃が俺にぴたりと寄って体を密着させ、スマホを持った手を伸ばしてカメラをインカメに切り替える。


 いわゆる自撮りというやつだ。

 ハロウィンのときに一度経験していたから、動揺も一瞬で済んだ。俺も成長しているらしい。


 あのときは露出高めのコスプレだったけど、今回は見慣れた制服。なにも動揺することなんてないぜ。


「撮るよ?」


「お、おう」


 いや顔が近いですね。

 これは動揺せずにはいられません。


 切り取られた俺の一瞬は、なんとも微妙な顔をしていた。それを見た陽菜乃がくすくす笑う。


「もう一回撮る?」


「よろしゃす」


 ぱしゃり。

 今度は普通の写真が撮れた。

 こういうのに慣れるときが、果たして来るのだろうか。


 千本鳥居を抜けたところで、人の列があった。なにに並んでいるのだろう、と俺たちはそっちに向かう。


「なんだろ」


「さあ」


 陽菜乃もよく分かっていないらしく、俺たちはさらに進む。列の先頭付近に到着し、そこにあった看板に目を通した。


「おもかる石?」


 陽菜乃がそれを読む。

 もちろんそれだけではピンとこない。


 どれどれ、と俺はさらに説明文章を読み進める。


 まず一つ、願い事を唱える。

 その後、両手で触れた石を持ち上げる。その石が重く感じたか軽く感じたかで唱えた願い事が叶うか否かを占うらしい。


 軽ければ願い事は叶う。

 重ければ一層努力が必要だとか。


「せっかくだしやってみるか?」


「そうだね。占っておきたいこともあるし」


「奇遇だね。俺もだよ」


 そんなわけで、俺たちは列の後ろに並ぶことにした。



 *



 願い事か、とわたし、日向坂陽菜乃は列に並びながら心の中で復唱する。


 今、占いたいことは一つ。


 隆之くんとの未来について。

 わたしが思い描く未来へ向かってくれるのか否かということ、それだけだ。


 隆之くんも占いたいことがあるって言ってたけど、なにを思っているんだろう。


 気になるな。


 けど、それはきっと教えてもらえない。

 いじわるとかそういうことじゃなくて、こういうときに願ったことは口にするようなものじゃないから。


 もちろん、わたしもこれを言うつもりはない。


「普通に考えて、石がそこまで重たいとは思えないけどな」


 隆之くんがそんなことを言う。

 それはそうだね、と返した。


 見てみるとそれは岩というほどではない、誰もが一度くらいは持ち上げたことがありそうな大きさのもの。


「でも、こういうところにあるってことは普通のより重たいんじゃない?」


「そうなのかな」


 そんな話をしていると、列は前に進み、あっという間にわたしたちの順番が回ってきた。


 わたしはおもかる石に両手で触れて、心の中で唱える。


 ――わたしの気持ちと隆之くんの気持ち。その二つが同じでありますように。


 と。



 *



 隣で石に触れ、目を瞑る陽菜乃をちらと一瞥する。


 彼女は今、なにを思っているんだろう。

 なにを願っているんだろうか。


 そんなことを考えたって仕方ないけど、どうしても気になってしまう。

 俺はそんな考えを振り払おうとブンブン頭を振って、改めておもかる石と向き合う。


 両手で石に触れて、心の中で唱える。


 ――俺の告白が成功しますように。この気持ちが、ちゃんと陽菜乃に届いてくれますように。


 と。



 *



 せーの、で持ち上げよう。


 これは気持ちの問題らしい。

 重たい軽い、というのは思っているよりどうだったかみたいなことだって、さっき後ろに並んでいる人が話していた。


 石とは言え、普通に重たいに決まっている。

 うん、そうだ。

 この石は重たい。

 それをちゃんと理解しよう。


 せーの、でいくぞ。


 わたしは足と手に力を込める。


 すう、と息を吸い。


 はあ、と息を吐く。


 ……せーのっ!



 *



 こういうところに置いてあるとはいえ、石は石。それ以上でも以下でもないのだ。


 もちろん重たいだろう。

 けどそれは石の範疇での話だ。


 大丈夫。

 持ち上げれる。

 軽々ではなかったとしても、それでもちゃんと持ち上げて見せる。


 すう、と息を吸い。

 はあ、と息を吐く。


 いくぞ、志摩隆之。

 気合いを入れろ。


 せーのッ!



 *



 んんっ。


 重たい、けれど。


 でも、予想通りというか。


 どちらかというと、想像よりは軽いような。


 そんな気がするだけで、しっかり石は重たかった。


 なんとか数ミリ程度、石を浮かせることに成功して、わたしはほっとして石をゆっくり降ろす。


 ここで手を放して石を割ってしまうなんて罰当たりだ。叶う願いも叶わなくなってしまう。


 けど、だいじょうぶだった。


 これなら、わたしの願い事はきっと叶う。


 問題はいつ、どこでするか。


 できれば人の少ないところがいいんだけど、そういうことを考えながらずっといろいろ見ているけれど、やっぱりそういう場所は中々ない。


 できればここで、と思ったけどここも有名スポットなだけあって、当然だけど人が多い。


 どうしようかな。



 *



 重ったい。


 なんだこれ。


 ほんとに石か?


 などと疑いながら、俺はタンスでも持ち上げるように下半身に力を入れてもう一度ふんすと石を持ち上げた。


 なんとか持ち上がった。


 しかしこれで筋肉痛は確定だ。

 それは別に構わない。

 今日、帰るまで体が保ってくれればそれでいい。そのあとはどうなったって構わないぜ。


 と、バトル漫画の最終決戦のような思考で自分を鼓舞して何とか石を持ち上げた俺はゆっくりと石を置く。


 うん。


 大丈夫。


 持ち上げれたし、多分俺の願い事は叶うだろう。こんなの気の持ちようだしな。


 げんは担いだ。

 あとは勇気を出して一歩踏み出すだけ。


 問題は、どこで告白するかだ。


 当たり前だけどどこも人が多い。

 嵐山では結局諦めてしまった。もしかしたら伏見稲荷は人が少ないかも、と低い可能性を信じていたから。


 しかし、もちろんそんなことはなかった。


 人が少ないところは諦めるか?


 でも、陽菜乃だって人前で告白されたら困るかもしれないし。


 じゃあこの先でどこかいい場所があるのか?


 時間的にも、予定的にも、伏見稲荷を出たらもう集合場所に戻るだけなんだ。


 チャンスはここしかない。


「とりあえず行こっか」


「そうだな」


 終わりの時間は刻々と迫っている。


 決めろ。


 どうするべきか。


 どうしたいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る