第262話 今日の京都の恋模様㉚


 伏見稲荷大社。

 千本鳥居で有名な神社だ。

 俺たちは京阪電車に乗り換えてそこへ向かう。

 京阪電車というのは京都と大阪を繋ぐからそう名付けられたそうだ。他にも関西には大阪と神戸を繋ぐ阪神電車なんてものもあるらしい。

 さすがは都会だ。電車の種類もめちゃくちゃ多い。


 昼過ぎということもあって、電車の中は空いていた。俺と陽菜乃は二人並んで座る。


 そのときだ。


 ぐうううううううう。


 と、お腹の虫が声を上げた。

 もう何度も聞いた音に俺は思わず吹き出してしまう。


「な、あ、や」


 陽菜乃は陽菜乃であわあわと取り乱している。もうなにを言ったところで音が鳴った事実は変わらないし諦めればいいのにと思う。


「お昼の時間過ぎてるし。仕方ないと思うよ?」


「とりあえずそのニヤニヤをなんとかしてもらってもいいかな?」


 むすっと頬を膨らませながら睨んでくる陽菜乃がいつも通りで、知らない間に俺を縛っていた緊張が少し解ける。


 なんというか、身構えてしまっていた。


 だから、大切なことを忘れていた。


「ごめんごめん。あっちついたらなにか食べようか」


 この時間を楽しまなければ、その先にある告白なんてありはしない。


「もう最悪……。朝ご飯ちゃんと食べたのにぃ」


 ううう、と陽菜乃は本当に凹んでいるようだ。俺からしたら今さらな気がするけれど、陽菜乃にとってはそうではないのか。


「気にすることないんじゃないか。別に俺は陽菜乃がお腹を鳴らしても何とも思わないよ」


「笑うじゃん」


「それはごめん」


「ほらぁ」


 また落ち込みそうな流れだったので、俺は慌てて補足する。


「ただあれだ、別にお腹が鳴ったことを笑ってるわけじゃないよ」


「そうじゃないとしたら、一体なにで笑ったっていうのさ?」


「わたわたしてる陽菜乃が面白くて」


「〜~~~っ!!!!!」


 恥ずかしそうに。

 それでいて少し不機嫌な様子で。


 陽菜乃はぽかぽかと両手で攻撃を仕掛けてきたけれど、それによる俺へのダメージはほぼゼロだった。



 *



 最寄りの駅に到着し、改札を出ると道案内というかガイドの看板があり、俺たちはそれに従って歩いていく。


 その道中に屋台が出ており、美味しそうなにおいが空腹を刺激してきた。


「なにか買う?」


 今にもよだれを垂らしてしまいそうな陽菜乃に言うと、彼女はハッと我に返る。

 一応、口元を手で拭っているけど、ギリギリセーフだったよ。


「せっかくだしね!」


 嬉しそうな顔を見ると、提案して良かったと思う。

 まるでお祭りのように屋台が並んでいて、いざなにかを買おうとすると目移りしてしまう。


 お祭りならばベビーカステラはマストバイだけど、これはお祭りではない。そうなってくると、そのルールに縛られる必要もない。


 いや、別に縛られているから毎度ベビーカステラを買っているわけではないんだけど。


「陽菜乃はなにか食べたいものある?」


「んー、これだけあると選べないよね」


 ですよねー、と相槌を打ちながら再び周りに視線を向ける。そのとき、俺はふと視界に入ってきた屋台に足を止める。


 二歩ほど先に進んでいた陽菜乃が俺が止まったことに気づき、こちらを振り返る。


「なにかあった?」


「あ、まあ、そうだね」


 俺はとある屋台を指差す。

 そこにあったのは団子の屋台だ。お祭りではあまり見ることのない屋台に思わず足が止まってしまう。


「お団子? 好きだっけ?」


「好きか嫌いの二択なら普通に好きだよ。足を止めたのは、なんか珍しかったからだけど」


「ちょっと行ってみようか?」


 言うが早いか、陽菜乃は団子の屋台にてててと行ってしまう。俺はそれを慌てて追った。


「見てよ、隆之くん。美味しそうだよ!」


 ひと足早く屋台に辿り着いた陽菜乃が興奮した様子で俺の腕を掴んできた。

 急なボディタッチには未だに緊張してしまう。さっきは普通に手を繋いでいたというのに。


 しかし、と思う。


 陽菜乃に言われて見てみると確かに美味しそうだ。

 団子は普通に好きだし食べる機会があれば喜んで食べるけれど、しかしそんな俺が食べたことがあるのはタッパーに入った冷めた団子だ。


 こんなことで団子好きを名乗るのはよくよく考えると申し訳ないけど、俺は温かい団子というものを食べたことはなかった。


 だから、湯気の立つ団子を見たときに最初に覚えたのは違和感だった。


 同時に。


 シンプルな好奇心。


「俺、食べてみようかな」


「わたしも」


 俺たちが購入の姿勢を見せたところで、団子を焼いていたおじさんが「へい、らっしゃい」と迎えてくれた。


 みたらし、きなこ、あんこと種類も様々だ。王道の味から奇をてらったような見慣れないものまで置いてある。


「きなこがいいかな。でもみたらしも捨てがたい」


 ううん、ううん、と陽菜乃は一世一代の選択でもするような唸りを見せていた。


「俺はきなこにしようかな」


 王道中の王道ならばここはみたらしなんだろうけど、きなこの団子というものを食べることがこれまでなかったので、せっかくだからという理由。


 すると陽菜乃が眉をひそめてこちらを見てきた。

 言葉はなく。

 ただ、じいっと。

 言いたいことを吐き出さず。

 まるで餌を求める子犬のようだ。


「どうかした?」


「隆之くんはみたらし団子とか気にならない?」


「まあ、そりゃなるけど。でも二本食べちゃうと他のが食べれないからね」


 ここは二者択一。

 どちらか片方を選ばないといけない。


「例えばだよ? わたしがみたらし団子を買ったとして、そしたら一つお団子を交換するというのはどうかな?」


 それはこれまでにない真剣な顔での交渉だった。もっとあったと思うけどな。その顔をするシチュエーション。


「俺は別に構わないけど」


「ほんとにっ?」


 ぱあっと顔を明るくした陽菜乃がおじさんの方を向き、「わたしはみたらしでお願いします!」と元気ハツラツな声を出す。


 おうよ、と元気に返事をしたおじさんは慣れた手つきで団子の準備をする。


「お二人さんは修学旅行かい?」


 テキパキとした動きはそのままに、おじさんが話しかけてくる。


「そうなんです」


 それに答えたのは陽菜乃だ。

 そうかいそうかい、となにやら嬉しそうに笑ったおじさんが完成した団子を渡してくる。


 そこには三つ、団子が入っていた。

 俺も陽菜乃も、どういうことだとおじさんの方を向く。


「いいもん見せてもらったからオマケだよ」


 そう言って、おじさんはニカッと笑った。

 いいもんってなんだよ、と思いながらも口にはせず、俺たちは支払いをして屋台を離れた。


 近くにベンチがあったのでそこに腰掛ける。三本のうち、俺はきなこ団子を手に取った。

 串には三つ団子が刺さっていて湯気が立っていた。


 俺はそのうちの一つを食べる。

 団子というよりは餅に近い。というかもはや餅だな。けど微妙に違うような気もする、何とも言えない食感。

 一つ言えることは美味しいということだけ。


「おいひぃ」


 隣でみたらし団子を食べた陽菜乃もほっぺたを落としそうな笑顔を浮かべていた。


「それじゃあ、一つどうぞ」


 そう言って、陽菜乃が団子をこちらに差し出してきた。


「あの、渡してくれてもいいんだけど」


「持つところ短いし、そのときに落としたりしたら困るでしょ? だから、このままでいいよ」


 でもこのままだと俺が困るんですけど、とは言えないまま、俺は陽菜乃が差し出す団子を口に含む。


 みたらしの甘さがちょうどいい。

 きなことはまた違った良さがあって、どちらが良いとは選べない。


「こっちもどうぞ?」


 俺も陽菜乃に習って団子を差し出す。

 そのときに、陽菜乃が表情をこわばらせた。


「えっと、お団子もらおうかな?」


「いやいや、持つところ短いから渡すときに落としたりしたら大変だし、このままでいいよ」


 俺が仕返しと言わんばかりに口にすると、陽菜乃は悔しそうにむうと頬を膨らませた。


 やられたことはやり返す。

 倍返しは勘弁してやろう。


「……」


 あーん、と目を瞑って口を開いて団子を食べようとする陽菜乃を見て、俺の中の変な感情がざわざわと揺れた。


 これは多分、今抱くべきじゃない感情に違いない。なんとか振り払おうと別のことを考えることにした。


 女の子がなにか食べる時に髪を耳にかける仕草って、理由は分からないけどなんかいいよなあ。


 ……。


 …………。


 いやこれ別のこと考えれてないですね。

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