第261話 今日の京都の恋模様㉙


 クラスで一度集まり、先生からの注意事項を聞いたあと、最後に集合時間を確認して解散となった。


「梓はどうするの?」


「私は部活の子たちと回ることにした」


 秋名は友達が多いからな。

 柚木に引けを取らないくらいに、どこのグループにでも所属できるコミュ力を持ち合わせている。


 それに、なんなら一人でもそれなりに楽しんでいそうなので、この中では一番心配いらないかもしれない。


「くるみちゃんは樋渡くんと回るんだっけ?」


「そうだよ。一人寂しい優作くんに付き合ってあげるんだ」


「あながち間違いってわけでもないから否定もできないな」


 ごきげんな柚木に樋渡があははと苦笑いを見せた。

 樋渡は樋渡で友達は多いけど、気遣いだから一歩引いてしまうんだよな。自分が輪の中に入ると乱れないか、みたいなことを心配している。

 故に秋名や柚木のように他のグループに入るのを躊躇うんだ。


「陽菜乃ちゃんたちも楽しんできてね」


「うん、ありがと」


 樋渡が俺の方を見ていた。

 ニッと口角を上げて笑っていた。


 秋名も俺の方を見ていた。

 いつものように楽しそうににやにやしていた。


 柚木も俺の方を見ていた。

 大丈夫だよと言うように笑っていた。


 みんなが応援してくれている。

 みんなが背中を押してくれた。

 俺は心の中でありがとうと唱えて、陽菜乃の方を見る。


「それじゃあ行こうか」


「そうだねっ」


 始まりだ。

 修学旅行最終日。

 運命の、勝負の日。



 *



 みんなと別れた俺たちは嵐山へと向かった。

 京都といえば嵐山、というほどなのかは分からないけれど、しかし清水寺や金閣寺に負けない観光スポットだろう。


 つまりどういうことかと言うと、当たり前のように人が多い。


「案の定だけど、人が多いな」


「そ、そうだね」


 昨日も一昨日もこうだったので、今日だけ人が少ないなんてことは有り得ないことは分かっていた。

 ましてやここは嵐山。

 右を見ても左を見てもそこにいるのは外国人だ。いや、それだけではないけど。制服を着た学生もいる。普通に私服の観光客もいる。

 つまり、とにかく人がいる。


「とりあえず歩こうか」


「うん」


 このあとには陽菜乃が行きたいと行っていた伏見稲荷大社へと向かう。

 嵐山にはいろいろと見るところがあるそうだけど、全部は回れない。なのでその中でもここかなという場所をピックアップして見に行くことにした。


 歩き出したところで、陽菜乃が向かいから歩いてきていた男の人とぶつかった。

 相手は大人で、そうなると陽菜乃が勝てるはずもなく肩をぶつけた陽菜乃はバランスを崩す。


「陽菜乃!」


 俺は咄嗟に彼女の手を掴む。

 なんとか耐えて転倒という事態は避けることができた。ぐぎぎ、と歯を食いしばりながら何とか体勢を立て直す。


「ごめんね」


「いや、大丈夫。怪我はない?」


「うん。おかげさまで」


 なら良かった、と俺は息を吐く。


 これだけ人が多いとさっきみたいなことが起こるだろうし、なにより昨日のように迷子になる可能性だってある。

 さすがに今日はスマホの充電もばっちりだろうから、万が一はぐれても何とかなるだろうけど、今日に限ってはそういうイレギュラーは避けたい。


「手とか、繋いでおくか? またぶつかったりしたら危ないし」


 俺は陽菜乃に手を差し出す。

 その手を驚いたように目を見開き見ていた陽菜乃が、口角をぐいっと上げて、ぎゅっと繋いでくる。


「そうだねっ」


 小さい手だな、と思った。

 俺の心臓の高鳴りが、この手を通して伝わっていなければいいなと願いながら、俺たちは渡月橋へと向かう。


 嵐山といえばまず思い浮かぶのが渡月橋ではないだろうか。

 桂川に架かる橋のことで、桜や紅葉、イルミネーションなど、四季折々の景色が楽しめるらしい。


 今の季節ならば紅葉なんだろうけど、時期が少し早かったのか残念ながら真っ赤な景色は見れなかった。


 どのタイミングで告白するか、というのはこの旅行中ずっと考えていたし、今だって考えている。


 見晴らしがいいこの場所も候補の一つだったけれど、これだけ人が多いと良い雰囲気も台無しだ。


 何となく、できれば人は少ないほうがいい気がする。


「ねえ隆之くん」


「ん?」


「写真撮ってもらおっか。せっかくだし」


 気づけば渡月橋の真ん中辺りまで来ていたようで、確かにぐるりと周りを見れば良い景色である。

 これで人が少なければ、とは思うけどそんなことを願っても意味はない。


「わたし、ちょっとお願いしてくるね」


 言って、陽菜乃は繋いでいた手をぱっと放して、近くを通りがかった女子二人組に声をかけに行った。

 見た感じ、俺たちと歳は変わらない。制服ではなく私服なのでこの辺の人かもしれないな。


「撮ってくれるって」


 ててて、と戻ってきた陽菜乃がそのまま俺の隣にぴたりとくっつくように並んだ。

 その距離はまさにゼロ距離。俺と陽菜乃の肩は触れ合っていた。

 落ち着け。

 大事な一枚だ。

 変な顔とかしてたら恥ずかしい。


 すうはあ。


 俺は小さく深呼吸をして気合いを入れる。写真撮るのに気合いを入れるのもわけ分からんけど。


「ほないきますよー」


 この辺の人だな。


 はいチーズ、という掛け声とともにパシャパシャと何度かシャッターを切ってくれる。


「どないでしょう?」


 関西女子が陽菜乃にスマホを渡す。

 陽菜乃がそれを確認して「ありがとうございます」と頭を下げてお礼をした。


「かっこいい彼氏ですね」


「羨ましいですわ」


 関西女子二人がきゃーきゃーと騒ぎながら俺と陽菜乃を交互に見る。そのあとも「うちらも彼氏ほしいわー」とか楽しそうに話していた。


 女子の盛り上がりにはついて行けず、俺は意識を景色の方に向けた。

 それを見てどうこうは思わないけど、ぼんやり眺めるにはちょうどいいものだった。


 どこで告白するのがいいだろう。


 

 *



「かっこいい彼氏ですね」

「羨ましいですわ」


 わたし、日向坂陽菜乃はあははと笑いながら、二人の言葉に頷いていた。


 方言とかイントネーションからして、多分地元の人か、少なくとも関西圏に住んでいる人なのは分かった。


 すごいグイグイくるなあ、と思う。

 初対面なんだけど。

 けど不思議なのは、そこまでの不快感がないことだ。これが関西の人特有の雰囲気による効果なのかな。


「うちらも彼氏ほしいわー」


 ショートカットの女の人がそう言ったので、わたしはにこりと微笑んで口を開く。


「実は、まだ彼氏じゃないんです」


 そう言うと、二人は「うそやん!」と驚きながら隆之くんとわたしを交互に見る。


 そんなに驚くことかな。


「雰囲気からして、もう付き合ってるんかと思ったわ。ごめんね」


「いえ」


 かぶりを振って、そのままちらと隆之くんの方を見る。

 彼はここ渡月橋から見える景色を眺めていてこっちの会話には意識を向けていないみたい。


 だからわたしは、少し恥ずかしいけど。


「そうなれればなって思ってるんですけど」


 と、言ってみた。


 すると二人はきゃーきゃーとすごい興奮した様子でいろいろと弾丸トークを繰り広げて。


 最終的には「応援してるでー」「がんばりやー」と軽い調子で応援してくれて、どこかへ行ってしまった。


 わたしは一人でぼーっとしている隆之くんのところに戻る。

 隣に行くと、わたしに気づいてこっちを向いてくれる。


「行っちゃった?」


「うん。なにかあった?」


「いや、なんでも。行くか」


 隆之くんの言葉にわたしはこくりと頷いてみせた。

 歩き出した隆之くんの行き場のないぷらぷら揺れる左手を掴む。


「どうしたの?」


 すごく驚いていたから、わたしはあえてからかうように言ってみた。

 すると隆之くんは何か言いたそうな顔をしていたけど、それを飲み込んで「なんでもない」とそっぽ向きながら漏らした。


 恥ずかしいんだろうなあ。

 そういうところも可愛いな。


 さて。


 そんな隆之くんをさらに驚かせてあげようじゃないの。

 

 どこで告白しようかな。

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