第258話 今日の京都の恋模様㉖


「お前らの部屋は散らかってそうだな」


 低い声が中に入ってきたことで、あたし、柚木くるみはごくりと喉を鳴らした。


 できるだけのことはした。

 ぶっちゃけ、散らかってるとかで説教を受けるのはこの際構わないけれど、布団の中に隠した隆之くんが見つかるという事態だけは何としても避けたい。


「なんだ、思ったより片付いてるな。まあ、大方先に戻った柚木が片付けたんだろうけど」


 と、言いながら宮本先生があたしの方を見る。そんなつもりはないんだろうけど、迫力のせいでギロリという擬音が聞こえてくる。


「あ、はは。どうなんでしょ」


 あたしは笑って誤魔化した。


「なんで布団に入ってるんだ?」


「やだなあ、先生。言ってる間に消灯時間ですよ?」


 なんて。


 消灯時間まではまだ二時間はある。

 もちろん先生だってそんなこと分かってる。


「私が言うのもなんだが、さすがにちょっと早いと思うぞ。ルールの中でなら、ちゃんと楽しんだほうがいい」


 宮本先生って厳しいイメージが先行してどうしても怖いって印象を抱くんだけど、ルールを守る生徒には普通に優しい。


 だから、意外と嫌われてはいないんだよね。


「秋名は秋名で、なんでそんなとこで立ってるんだ?」


 梓は隆之くんを倒したあと行場を失って広縁の方で腕を組んで立っていた。それはあたしも思ったよ。


「いえ、景色でも眺めようかと思いまして」


「せっかく椅子があるんだから、座ればいいだろ」


「ですよね」


 言って、梓はイスに座った。

 梓の妙な雰囲気に宮本先生は違和感を抱いたようだけど、まだ巡回も残ってるので気にすることをやめたらしい。


「それじゃあ私はもう行くけど、くれぐれもルールを破るんじゃないぞ?」


 はーい、とあたしたちは小学生のように声を揃えた。宮本先生がドアの方に向かったことでバクバクしていた心臓が徐々に落ち着いていく。


「いやー、危なかったね」


 梓もほっと胸を撫で下ろしたように言いながらこっちに戻ってきて、あたしの隣に座った。


「布団敷いてくれたんだね。ありがと」


「ああ、うん。まあ」


「体調悪いのか?」


 瑞菜ちゃんが心配してくれたので、あたしは「そういうわけじゃないよ」と言っておいた。

 瑞菜ちゃんっていつでもマスクしてるけど、なんでなんだろ。


「そ・ん・な・こ・と・よ・り!」


 勢いよく陽菜乃ちゃんの隣に座った真奈美ちゃんがテンション高めに言う。

 いつもはカチューシャで纏め上げられている前髪が揺れているのは凄く新鮮で、印象もちょっと変わる。


「さっきの話の続きだけど、今日はどうだったのさ? 告白できたの?」


 ですよね、とあたしは口角を引きつらせる。梓は『なんの話してたんだよ』という顔を向けてくる。

 仕方ないじゃん。部屋に隆之くん連れ込んでるなんて予想できないんだから。


「えっと、その、いろいろあって」


「なんか迷子になったらしいな」


 陽菜乃ちゃんが言い淀んでいると、瑞菜ちゃんがそう言った。どこから聞いたんだろ。


 そのとき。


 布団の中にいる隆之くんがゴソゴソと動く。きっと暑いだろうし、苦しいんだろうけど、あんまり動かないでぇ。


「……んっ」


「え」


 隆之くんの何かしらが太ももを刺激して、あたしは思わず吐息を漏らしてしまった。


 それに反応したのは春菜ちゃんだ。

 そんなに大きな声は出してないはずなのに、どうして聞こえちゃうかな。


「くるみ、いま変な声出た?」


「え、いや、気のせいじゃない?」


 説得力のある理由が思いつかなくて、あたしは勢い任せに誤魔化すことにした。


「気のせい、か? まあ、そうなのかも。てっきりくるみがオナニーでも始めたのかと思ったよ」


「さすがにみんなの前でおっ始めたりはしないよ!?」


「そういう性癖かなって」


 春菜ちゃんは下ネタ大好きなんだよね。油断してるとそっちの方向に話が進みそうだから何とか修正しないと。

 いや、この場合はそっちの方向に進んだ方がいいのかな。


「くるみの自慰事情は置いといて!」


「別にそんな話してないって!」


 真奈美ちゃんにツッコミを入れる。そんなことは気にもせずに彼女は再び陽菜乃ちゃんの方を向いた。


「どうするのさ? 今日、告白する予定だったんでしょ?」


「うん、そう」


「今からでも言いに行くのはどうだ?」


 今日、告白できなかったことに落ち込んでいる様子の陽菜乃ちゃんに瑞菜ちゃんが言う。


「修学旅行の夜っていうのは定番シチュではあるもんね」


 真奈美ちゃんもそれに乗っかり。


「そのまま二人でイケない思い出作ったりね」


「春菜はちょっと黙りな?」


 ナイスだよ真奈美ちゃん。


 しかし、これはマズイな。

 今から男子の部屋に行ってもそこに隆之くんはいない。だってここにいるんだもん。


 あたしは梓にアイコンタクトを送る。何とかして、と。梓は困ったように小さく息を吐いてから意を決したように口を開いた。


「いや、今日はやめておいた方がいいよ」


 梓が言う。

 するとみんなが『どうして?』という視線を梓に向けた。ここまでは想定通りだと思う。問題はここでどうやって納得させるかだけど。


「実は私、さっき木吉に告白されてね」


 え、そうなの?

 それで梓はいなかったんだ。

 どこに行くとも言わずに出ていったけどまさかそんなことがあったなんて。


 もちろんそんなことは言うつもりはなかっただろうけど、今は緊急事態だから仕方ないということにしよう。


 ごめんね、木吉くん。


「今は誰とも付き合うつもりとかないから断っちゃったのよ」


 梓の言葉にみんなは「へえー」と声を揃えて漏らす。それはあたしも同じだ。そうだったんだ、という気持ちが強い。


「きっと今頃、男子の部屋では木吉の慰め会なんかが開かれているかもしれない。そんな中で志摩に告白なんてすればどうなる?」


「どうなるの?」


 陽菜乃ちゃんが気になる様子で尋ねた。


「部屋に戻った志摩は全員からたこ殴りだよ」


「そこまでかな!?」


 思わず声が漏れ出た陽菜乃ちゃんに、梓はこくりと頷いた。


「それにほら、せっかくなら三日目の方がいいんじゃないかな。場所とかも選べるし。陽菜乃ちゃん、明日は隆之くんと二人なんでしょ?」


 あたしの言葉に陽菜乃ちゃんは小さく首を縦に振る。照れた顔がほんとうに可愛いな。


 こんな子に好かれるなんて、隆之くんは本当に幸せ者だよ。


「だったら、そのときでもいいかもなあ」


「そう、だよね。うん。明日は絶対にこの思いを隆之くんに伝えるよ!」


 瑞菜ちゃんもこちら側についてくれた。陽菜乃ちゃんもそっちの方向で納得してくれたし。なんとか告白は明日にしようというところで落ち着いた。


 良かった。


 ようやく終わってくれた。


 けど。

 まだ終わりじゃないんだよね。


 なんとかしてみんなにバレないように隆之くんを外に出さないと。


 あたしはもう何度目かも忘れてしまったアイコンタクトを梓に送った。

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