第257話 今日の京都の恋模様㉕


「えっと」


 あれ、今これどういう状況?

 俺、好きって言われた?


 俺も好きだけど。

 それは友達としてで。

 秋名もそうだと思ってた。

 だからこそ、俺たちの関係は成り立ってるんだと思っていた。


 けど。


 秋名のさっきの目は冗談とか言ってる感じじゃなかったぞ。


 俺は俯きながらぐるぐると考えた。


 ぐちゃぐちゃになった思考をぐちゃぐちゃのままかき回した。だから何にも考えはまとまらない。


 もうダメだ、そう思って秋名の方を見る。


「ふふ」


「は?」


 めちゃくちゃ笑ってた。


 さっきの真剣な恋する乙女っぽい表情はどこへやら、今の秋名はいつものようににたーっと楽しそうに笑ってる。


「お前、どういうつもりだよ?」


「私への告白を覗き見してた仕返しだ」


「度が過ぎた冗談だと思うが?」


「志摩の覚悟を試したんだよ」


 秋名のそれっぽい理由に俺は「は?」と怒りの声を漏らす。


「明日、陽菜乃に告白すると決めた男が前日に告白されて揺れないかなって」


「その割には揺れる前に笑ってたじゃん」


「耐えられんかった」


「おい」


 もういいや、と俺は肩を落とした溜息をついた。

 受け手だったとはいえ、告白を覗いてたのは事実だし。それにしてもやり過ぎだとは思うけど、いつもの秋名に戻ってくれたし。


「志摩は私からの告白でも動揺するんだね?」


「そりゃ、誰からだって動揺するだろ」


「自分が告白されるなんてありえないから?」


 そうだ、と以前の俺ならば肯定していただろう。


 けど。


 俺のことを好きだと言ってくれる人がいた。

 俺の背中を押してくれる人がいる。

 俺の隣にいてくれると言ってくれた人がいる。


 俺はもうひとりじゃなくて。


 そして。


 誰かに……。


 彼女に、好きだと思ってもらえる男になろうと思っているから。


「そうじゃないよ。ただ、やっぱり想像できないからってだけ」


「もし私が本気だったらどうしてた?」


「言わなくても分かるだろ?」


「……まあね」


「そのほんとは好きだけど親友の為に一歩引いた女ムーブなんなの」


「良い女感出るかなって」


「心配しないでも良い女だよ」


 これまでずっと。

 秋名梓をそう思わなかったことは一度もない。一歩引いて、俺たちのことを見ていてくれた。

 必要なときには助けてくれた。


 そいつが良い女じゃないなら、なんだって言うんだ。


「志摩は私のことめちゃくちゃ好きだよね?」


「お前が俺のことを好きな気持ちと同じくらいは少なくとも好きだろうな」


 くす、と秋名が笑う。


「なんだ。じゃあ、やっぱりめちゃくちゃ好きじゃん」



 *



 さすがに寒くなってきたのでホテルに戻ることにした俺たちは、並んでゆっくりと歩いて向かう。


「なんかさっきは変な感じになったから言い忘れてたんだけどさ」


 その道中、秋名が思い出したように言う。


「変な感じにした張本人が被害者面するな」


 指摘すると、秋名が「ごめんて」と軽い調子で謝ってくる。申し訳ない気持ちが毛ほども伝わってこない。


「私はね、今はやっぱり本気の恋はできないし何かに本気で向き合うことはしないと思う」


「それに関しては俺からは何も言えないな」


 秋名がそうだと言うのならばそうするといい。

 俺がそれにとやかく言うのは間違っている。


「でもね、本気でぶつかるのも悪くないなって今はちょっと思うんだ。なんでだと思う?」


「分からん」


「ちょっとは考えなよ。問題の出し甲斐がない奴だな」


「答えは?」


 分からないものは分からない。

 分かる気配もない。なのでこれは考えても答えは出ないに違いない。


「志摩や陽菜乃を見てきたからね」


 意外な答えに、俺は何度目かも忘れたけど反応に困った。


「不器用ながらも頑張る志摩を見て、私は本気で凄いと思ったよ。素直に感心したの。私にはできないから、だからこそ本気で応援してる」


「……そっか」


 それはきっと本心だ。

 だって、これまでもずっと背中を押してくれていたから。その反面、邪魔というかかったるい絡みもされてきたけど。


「それをさ、今日のうちに言っておこうって志摩の顔を見て思ったんだよ」


「なんで今日のうち?」


「明日告白するんでしょ? だから、私からの最後のエールを送っておこうかなって」


 そのために。


 秋名は自分の過去を吐露したのか。


 本当にどこまでも、秋名梓という人間は良い女だなと思った。

 それと。

 彼女にもいつか、本気で向き合える人が見つかればいいなとも。


「あ、そうだ」


 ホテルのエントランスに入ったところで、いつもの調子に戻った秋名が俺の顔を見る。


「ジャージ、取りに来なよ」


「ああ、忘れてた」


 そういえばまだ返ってきてないんだった。

 今朝、寒そうな秋名に貸して、なぜか陽菜乃が持っていた俺のジャージ。


「あれ、なんで陽菜乃が持ってたんだよ?」


「ほんとに不可抗力というか、素で忘れてたのよ。あれに関しては悪いと思ってるよ」


 声のトーンが悪いと思ってるときのやつだから、そうなると責めることもできない。


 別にどうともなってないからいいんだけどさ。


「女子のエリアにいることが先生に知れたら怒られるだろ」


「そんなの先生たちも言ってるだけだよ。ていうか、今頃オリエンテーションで外に出払ってるんじゃない?」


「そんなことないと思うけどな」


「ちょろっと寄ってさっと帰れば問題ないって。ほら、行くよ」


 結局。


 折れることのない秋名に連れられ、俺は女子エリアへと足を運ぶことになった。


 男子と女子はそもそも階が違うので廊下ですれ違うみたいなこともない。

 俺は恐る恐る女子エリアへとやってきたけど、確かに意外と男子がいた。


 といっても数名。

 片手で数えれる程度だが。


 それでも自分以外にいることに安堵した。


「ここだよ」


「おじゃましまーす」


 秋名の部屋のグループは他に陽菜乃、柚木、堤さん、不破さんに雨野さんだったはず。

 俺が一瞬部屋を訪れることくらいは許してくれるだろう。


 と、思っていたけど。


「誰もいない?」


「みたいだね。どこ行ったんだろ」


 部屋の中には誰もいなかった。

 これはこれで好都合かな。

 秋名も、まあいいやと適当に言いながらゴソゴソと俺のジャージを探す。

 探さなきゃいけないようなところに放っておくなよ。人から借りたジャージを。


 秋名は大きなカバンからぽいぽいと荷物を出して捜索を続ける。


 パサッと。


 投げられた何かが俺の顔に直撃する。ハンカチかな、と俺はそれを手に取って確認してみた。


 ……パンツじゃん。


 薄い水色でリボンの付いた可愛いやつ。


「いやパンツじゃん!?」


「うお、びっくりした。急に大声出さないでよ」


「見たくもないお前のパンツを見せられた俺の気持ちを考えてくれ」


「それ私のじゃないよ。陽菜乃の」


「なんで陽菜乃のカバンを漁ってんだよ!」


「心配しないでも、未使用だよ」


「そんな心配してないわッ!」


 ふふふ、と親指を立てながら言ってくる秋名に盛大にツッコミを入れたところでガチャリとドアが開かれた。


「なに騒いでるのさ。ていうか、なんで隆之くんがいるの!?」


 入ってきたのは柚木だ。

 どうしてか少し慌てていた様子。


「俺が貸したジャージを取りに来て」


「よくわかんないけど、ちょっとマズイよ!」


「なに?」

「どした?」


 柚木の焦りように俺と秋名は首を傾げる。彼女の様子からしてただ事ではなさそうだけど。


「先生が巡回してるの。そろそろこっちに来るの」


「なんでくるみは先に?」


「回ってるのが宮本先生なの」


 宮本先生といえば、四十くらいの女教師で厳しいことで有名だ。ルールは絶対であり規律を乱す生徒は許さないというポリシーから化学の授業は誰からも好かれていない。


「だから先に帰ってきて片付けようって思って。他のみんなは先生を足止めしてる」


 ああ。

 めちゃくちゃ散らかってるもんな。

 いくら自分たちの部屋だからといってこれだけ散らかしていれば注意もされるか。

 説教始まると長いんだよな。


 いや、というか。


 そんなことを冷静に考えている場合じゃない。

 

「俺、バレたらヤバいよな?」


「やばいよ。一番バレちゃだめな先生だし」


 どうしようどうしよう、と劇場版の猫型ロボットのようにテンパっていると秋名と柚木がアイコンタクトをして頷き合った。


 そして、テキパキと部屋の中の片付けを行い、布団を敷いていく。


 次の瞬間。


 ガチャリ、とドアノブに手が掛けられた。


 外からは陽菜乃や雨野さんの声。

 そこに混ざるように聞こえてきた、宮本の声。


 終わった。


 俺は諦めたが、二人は諦めていなかった。


 秋名が俺を引っ張って倒す。

 柚木がそんな俺に布団をかけて、自分もそこに足を入れて座る。


 俺は布団の中に入れられ、視界を奪われる。


 真っ暗闇の中。


 ドアがゆっくりと開けられた音だけが聞こえた。

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