第259話 今日の京都の恋模様㉗


「そういえば、結局ジュース買えてないよね」


 そもそも。

 あたしたちはジュースを買いに行こうとしていたのだ。

 その道中で宮本先生が巡回していることを知って、慌てて引き返してきた。


 だから、あたしたちは目的を達成していない。みんなをこの場から連れ出すにはもってこいの理由だ。


「あー、たしかに。でも部屋戻ってくると出掛ける気失せるよね」


「分かるわ。私はさっきからずっと浴衣がはだけてる日向坂さんを見て興奮しつつあるもの」


「うへ!?」


「あんたと一緒にするな」


 言われた陽菜乃ちゃんは慌ててはだけていた浴衣を戻した。結構最初の時点からはだけてたけどね。


 しかし、春菜ちゃんがこういう女の子だったのは本当に驚いた。

 そういうこと言わなそうなのに、口を開けば下ネタだから。気を許してくれているってことなんだろうけど。


「ねえちょっと」


 すすす、と陽菜乃ちゃんにすり寄った春菜ちゃんが色っぽい声を漏らす。


「どうしたの?」


「ちょっとだけでいいから、お肌を触らせてもらえない? 日向坂さん、すごくお肌がキレイだから」


「そ、そうかな?」


「それは私も思ってた」


「あんまり自分ではわからないんだけど、そういうことならどうぞ」


 陽菜乃ちゃんは手をぴしっと下に伸ばして触れられ待ち状態に入る。


「それじゃあ失礼して」


 もにゅ。


「ひゃあ!?」


「どこ触ってんだ!」


 陽菜乃ちゃんの胸に触れた春菜ちゃんの頭を真奈美ちゃんが思いっきり叩いた。

 女の子同士であそこまで本気で叩くの珍しいな。


「酔ってんのかあんたは!」


「酔ってはいないわ。興奮してるだけ」


「なおのことたちが悪い!」


 しかし、よくないなあ。

 アダルトな雰囲気になっているのもそうだけど、なによりこのままだと一向に部屋から出ていってくれなさそう。


 何とかしないとだけど、どうしたらいいか。

 あたしが悩んでいると、梓が動いてくれた。


「ちょっとジュースでも買ってきて、興奮を冷ましてきたら?」


 これはナイスな提案だ。


 一度ボツになったジュースを買いに行く案に改めて理由を提示した。これならば行ってもいいかって気持ちになる!


「それもそうだね。行くぞー」


 真奈美ちゃんが春菜ちゃんの腕を引っ張って立ち上がらせる。そんな春菜ちゃんが陽菜乃ちゃんの腕を引っ張った。


「姫も一緒に」


「ええー!?」


 陽菜乃ちゃんをどうやって連れて行ってもらうかが重要だったけど、これは結果オーライですなあ。


 三人が部屋を出ていったところで、あたしは掛け布団をガバっと持ち上げた。



 *



 真っ暗闇の中にいた俺はドアが開き、複数の人が部屋の中に入ってきたのを気配で察した。


 話し声は微かに聞こえる。

 どうやら宮本がいろいろと詮索しているっぽい。頼むからバレないでくれよー、と俺は心の中でただただ祈り続けた。


 やがて。


 宮本が部屋から出ていったことが、微かに聞こえる会話から分かった。

 こうなればあとは謝りながら登場すればいいだけだな。


 さあ柚木。

 隆之登場までのカウントダウンを始めてくれ。


 などと、くだらないことを考えていた次の瞬間だった。


 両頬に衝撃を感じた。

 周りはほとんどなにも見えないので何が起こったのか瞬時には把握できなかった。


 けど、徐々に衝撃を与えてきたそれが柔らかいものであることが分かり、ようやく柚木の太ももであることが発覚した。


 ぎゅむぎゅむ。


 まるで万力のように俺の顔を両側から押し込んでくる。どういう状況なの、これ。なんで俺はこんなことされてるの?


 困惑しかなかった。


 そりゃ痛くはないけど。

 むしろ柔らかくて心地良かったり……いややっぱりちょっと痛いな。


 俺はちょっとでもダメージを減らそうと少しだけ顔を動かしてみる。すると僅かに口元が太ももに触れ、思わず息を漏らしてしまう。


 やばっ。


 すると、俺の顔を挟んでいた太ももが一度離れていき、今度は柚木の両手が俺の両耳辺りを塞いだ。

 なにも見えない。

 なにも聞こえない。

 今、外ではどうなっているのか何の情報も入ってこない。


 しかし。


 暗闇の中にずっといたからか、段々と目が闇に慣れてきて視界が少しだけ回復した。


 薄暗い闇の先に白色のなにかが見えた。


 俺の両側にある太ももがその白色のなにかに向かっていることに気づき、俺はそれが柚木の浴衣の中であると察した。


 慌てて目を瞑る。

 自ら取り戻した視界を失った。


 あれは絶対に見てはいけないものだ。


 あんなものを見てしまったら、俺のために頑張ってくれている柚木に申し訳ない。


 耳を塞がれ、目を瞑り、どうにかなることを祈り続けていると、ついに俺に覆い被さっていた布団が持ち上げられた。


「お疲れさん」


 汗をびっしりかいた俺を見て、秋名が労うように声をかけてくれる。


「あ、わっ」


 柚木は浴衣がはだけた自分の状態に気づき、慌てて足を閉じて浴衣を正す。


「役得だね、志摩」


 俺がいることを知っていたわけではないだろうに、雨野さんが動揺することなく言ってくる。


「俺がいること知ってた?」


「いや、さすがに」


「その割には驚いてないような」


「まあね」


 本当に掴みどころのない人だな。

 部屋の中には秋名、柚木、雨野さんの三人だけだ。どうやら上手い具合にみんなを追い出すことに成功したらしい。


 別に先生さえいなければ出ていっても良かったと思うんだけど、そこはまあガールズトークでも始まったのかもしれないな。


 男には聞かれたくない話があったのかも。


 そんな感じで状況把握をしていると、こっちをじいっと睨んできている柚木に気づく。

 

「見た?」


 じとり、と恨めしい半眼を向けられていた。

 言いたいことは分かる。


「信じてもらえないかもしれないけど、ずっと目を瞑っていたから見てないよ」


 本当は少しだけ、ほんのちょっぴりけど、嘘も方便というし。目を瞑っていたのは事実だしな。


「……まあ、いいけどさ。隆之くんはそんなことしないって思ってるし」


「信頼されてて恐悦至極でございます」


 日頃の行いってこういうときに活きるんだよな。これからも精進しよう。


「ちなみに、もし見てたら?」


「陽菜乃ちゃんに、隆之くんにパンツ見られたって報告する」


「それはマジでやめてください」


 言うと、柚木はくすりと笑う。

 どうやら本当に気にしていないらしい。

 俺が見ていないと言えば柚木はきっと信じてくれた。そして今のように気にせずに接してくれる。


 だからこそ、やっぱり見ないで良かったと思った。


「そんなことより、さっさと部屋に戻ったほうがいいと思うよ」


「そうだな。そうするわ」


 戻ろうとする俺を秋名が呼び止める。

 俺はどうしたのか、と振り返った。


「告白は男からするもんだよ」


「がんばってね、隆之くん!」


「陰ながら応援してるよ」


 三人が背中を押してくれた。

 ありがとう、と一言だけ残して俺は部屋を出た。


 後で気づいたけど、結局ジャージは忘れた。

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