第254話 今日の京都の恋模様㉒


 陽菜乃と合流したときには時間はギリギリになっていて、俺たちは急いでホテルに戻ることになった。


 土地勘のない場所で急ぐというのは中々にハードなことで、ホテルに到着する頃にはクタクタになっていた。


 部屋に到着すると倒れるように寝転がり……というかもはや倒れ込み、体力を回復させる。


 夕食の前に風呂に入るスケジュールだったので、部屋でゆっくりするのもつかの間、俺たちは大浴場へと移動する。


「あ゛あ゛ー」


 結局これですわ。

 お湯が疲れに染みやがる。

 汗と一緒に疲労が流れて落ちていくような感覚に陥った。


 今日は昨日みたいな馬鹿みたいな戦争も起きておらず、各々が風呂を楽しんでいるようだった。

 ほぼ自由行動みたいなもんだったし、みんなさすがに疲れたんだろうな。


 と、思ったけれど木吉とその愉快な友達二人はあいも変わらずはしゃいでいた。体力無尽蔵かよ。

 

「今日はどうだった?」


 体を洗い終え、隣に座ってきた伊吹がそんなことを言ってきた。


「いろいろと大変だったよ」


 そう答えたのは樋渡だ。

 本当にいろいろと大変だった、と俺は今日一日をささっと振り返ってしまった。


 そっか、と呟いた伊吹は湯船のお湯を両手で掬い、それをパシャと顔に浴びせる。


「修学旅行も残すところ、明日だけだな」


 ぽたぽたと、顔からお湯を垂らしながら伊吹は言う。イケメンだからなにやらせても絵になるのズルくない?


「木吉の奴、今晩告白するらしい」


 突然の発言に俺と樋渡は「えっ」と言葉を重ねてしまった。

 するとは言っていたけど、まさか本当に、しかも今日に決行するとは。恐るべし体育会系の行動力。


「見届けてくれって言われてるんだ」


「なんでだよ」


「それは分からない。何だかんだ言っても不安なんじゃないかな。だから、二人も一緒に来てくれないか?」


 俺なら告白は二人きりで。

 誰の邪魔も入ることのない場所で。

 誰に見られることもなくやりたいけれど。


 それは人それぞれか。


「そういうことなら、僕は構わないよ」


「俺も大丈夫だけど」


 明日には俺も告白しなければならない。

 ここは一度、人の告白というものを目にしてプラスなイメージを抱いておきたい。


 頼むからプラスな方向に進んでくれよ。


 などと、思いながらも……。

 いや、こんなことを思うのは不粋だな。



 *



 夕食の間は木吉はやけに静かだった。吉岡と大原には相変わらずの絡みをされていたけど、乗らずにいた。

 さすがに疲れてるのか、と二人もその場は空気を読んで大人しくなっていた。


 そんな様子を横目に白米にパクついていた俺に、隣にいた樋渡がそっと耳打ちをしたくる。


「なあなあ」


「近いって」


 女子とならドキドキシチュエーションな距離だけど、相手が男だからゾワゾワしかしない。


「ぶっちゃけ、どう思う?」


 なにが、とは言わなかったけど流れからして木吉の告白についての会話だろう。


「……厳しいと思う」


「そっか」


 樋渡も薄々感じてはいただろうし、今さら驚いたりはしなかった。多分、伊吹も似たようなことは感じているのではないだろうか。


「木吉がどうこうっていうよりは、秋名側にそういうつもりがないっぽいんだよな。相手が誰であろうと成功しそうにない」


「……ちょっと不憫だな」


「決めたのは木吉だし。それに、まだ可能性がゼロとは限らないしな」


 時にはそういう無謀さも必要だということだろうか。

 食事中の木吉はやっぱりずっと大人しいままで。

 あいつでも緊張とかするんだな、と失礼なことを考えてしまっていた。



 *



 ホテルを出て少し行くと川がある。

 今日の朝にした散歩のときも通ったけど、夜はこんなところに人は寄り付かない。


 普段ならばホテルのお客さんが立ち寄ったりするのかもしれないけど、今はほとんどがうちの学校の生徒だ。

 半分のクラスはオリエンテーションを楽しんでいるだろうし、そうでない生徒は部屋で騒いでいることだろう。


 俺たちは陰に身を隠し、一人秋名を待つ木吉を見守っていた。


「ていうか、告白の場所ってここで良かったのか?」


「部屋とか廊下だと誰かに見られるかもって心配してたんだよ」


「無理に夜とかじゃなくて、明日とかなら他にも場所あったくない?」


「残念だけど、一緒に行動する約束ができていなかったからね」


 そっか、と俺は俯く。

 俺は陽菜乃と二人で回る約束をした。それは陽菜乃が俺の申し出を受け入れてくれたから、初めて成り立つことなんだ。


 中にはその機会さえ与えられない人もいる。だとするならば、俺は恵まれているんだなと改めて思う。


「おい、来たぞ」


 そんなことを考えていると、樋渡が緊迫した声を漏らした。彼の視線の先には秋名がいた。ゆっくりと木吉の方に歩いて向かっている。


 夕食のときもそうだったけど、風呂上がりから服装は浴衣になっている。

 寒さを警戒してか、一枚カーディガンのようなものを羽織っているが。


「これってさ、もう告白しますって言ってるようなもんだよな?」


 夜の呼び出し。

 二人きり。

 良いかはともかく静かな場所。

 どことなく感じる緊張感。


「そうだな。秋名はその辺鋭そうだし、今の時点で察してはいるんじゃないか?」


 樋渡も同じような意見だった。

 だとしたら成功か失敗かは既に決まっていることになるし、返事の言葉も現在頭の中で思考中ってことになる。


 なんか、告白しますよっていうシチュエーションで告白するのもいろいろと困るな。


 でもやっぱりロマンチックなシチュエーションには憧れるし。告白といっても様々あるし、考えるのは大変なんだな。


「さすがに声までは聞こえないな」


「微かには聞こえるぜ」


 伊吹と樋渡が耳を澄ます。

 その後ろで、俺はじいっと秋名と木吉の様子を見守っていた。


 あの木吉でさえ緊張してるんだから、俺が告白する際にはどれほどの緊張が襲ってくるんだろう。


 怖いな、と思う。


 けど同時に、前に進まないととも思った。


 チャンスにも機会にも恵まれなかった木吉があれだけ頑張ってるんだから、いろんなことに恵まれてる俺がいつまでも背を向けるわけにはいかない。


「あっ、振られた」


 樋渡が言う。

 会話は聞こえないけど、木吉が何やらヘラヘラと笑い、そしてペコリと頭を下げてその場から走り去ってしまう。


「僕たちも追おう」


 樋渡の言葉を合図に俺と伊吹も走り出す。

 が、そんな咄嗟に体が動くような運動神経は残念ながら持ち合わせておらず、というかシンプルに足がもつれてズコーっと転倒してしまう。


 そんな俺に気づかず、二人はさっさと行ってしまった。辛い。けど今辛いのは木吉だろうから、俺に構わず先に行け。


 幸い怪我はしてなさそうだ。

 ちょっと休憩したら俺も部屋に戻ろう。


 などと考えていたんだけど。



「なにやってんのさ?」



 声に驚き顔を上げる。

 そこには呆れたように俺を見下ろす秋名がいた。

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