第251話 今日の京都の恋模様⑲


 わたし、日向坂陽菜乃はこくりと喉を鳴らした。

 

 しまった、と思ったのは人混みを抜けた直後だった。


「梓?」


 右を見て。


「くるみちゃん?」


 左を見て。


「樋渡くん?」


 後ろも確認して。


「……隆之くん?」


 もう一度前を見たけれど。


 誰もいない。


 人混みに流されてはぐれてしまったんだ。


 けど、別にそこまで焦る必要はない。だって、現代にはスマートフォンという強い味方がいるんだもの。


 そんなことを思いながらスマホをカバンから取り出した。そして、誰でもいいからとりあえず連絡を取ろうとラインのアプリを開く。


 梓が一番上に来ていたので彼女のページを開いて、通話ボタンを押そうとした。


 そのとき。


「あっ」

 

 充電が切れた。


 うそでしょ……。

 楽しすぎて、充電がないことなんて頭の中から落っことしていた。にも関わらず構わずにスマホを触っていたせいで普通に充電が切れてしまった。


 なくなったらモバイルバッテリーを梓が貸してくれるという話だったけれど、その梓がここにいない。


 これは絶体絶命だ。


 これだけの人混みの中からみんなを探すのは骨が折れる。というか、ぶっちゃけ無理だと思う。


 連絡手段がなかった時代は、待ち合わせ一つ取っても今に比べて大変だっただろう。

 けれど、だからこそ、連絡手段がないなりに色んなことを考えていた。例えば、はぐれたときのこととか。


 集合場所を決めておけば、とりあえずそこに向かえば合流できる。至極シンプルである意味効率的だ。


 でも現代では簡単に連絡が取れてしまうからこそ、そういう万が一に備えることがめっきりなくなってしまった。


 それは油断か。

 あるいは、慢心か。


 どんなときでも、万が一には備えておくべきなんだなと痛感させられた。


 と。


 後悔していたって、なにも解決しない。


 もしかしたらみんながわたしを探し出してくれるかもしれないけれど、探してくれたとしても見つけてもらえるかは分からない。


 下手に動かいほうがいいのかもしれないけれど、立ち止まっていると不安が恐怖心の背中を押してしまう。


 自分でなんとかしないと。


 スマホの充電が切れたくらいで諦めちゃいけない。立ち止まるわけにはいかないよ。

 

 だって、今日は……。


「よしっ」


 隆之くんに気持ちを伝えるんだから。


 こんなところで立ち止まってなんか、いられるものか。


 わたしは心の中でえいえいおーと拳を掲げて、そして動き出した。



 *



「……あの子、確か」



 *



「陽菜乃、なんで電話に出ないんだ?」


 連絡を取ろうとするけど、どうしてか繋がらない。そんな俺の様子を見ていた柚木が思い出したように声を漏らす。


「そういえば、陽菜乃ちゃん充電ほとんどなかったんじゃ?」


「……そうだった。忘れてた」


 どうやら切れたときには秋名のモバイルバッテリーを使うつもりだったらしい。まさかはぐれるとは、思いもしていなかったって感じか。無理もない。


「連絡が取れないのはマズいよな」


「こういうときのことは決めてなかったもんね」


 樋渡の呟きに柚木が不安げに答える。

 迷子になってもスマホがある、というのが誰もが抱く考えだ。たった一本の縄だけどそれがあまりにも頼れるものだから万が一のことを考えなかった。


 だから、その一本が切れてしまったときに打つ手がなくなる。


「みんなは充電大丈夫か?」


 俺が尋ねるとそれぞれが確認してこくりと頷く。俺も一応確認するけど問題はなさそうだ。


「手分けして探そう」


「バラバラになると集合が大変だし、二手に別れるか」


 樋渡の提案で俺と秋名、樋渡と柚木に別れて陽菜乃の捜索を始める。

 みんなとはぐれて、スマホの充電が切れて、きっと今頃すごく不安だろう。


 早く見つけてあげないと。


「――ま」


 どこにいるんだろう。

 来た道を戻ればいいのか?

 でも今もそこにいるとは限らないし。

 だったら。

 えっと。


「志摩!」


 バシンと肩を叩かれて、俺はようやく後ろを振り返る。


「落ち着きなよ」


「けど……」


「陽菜乃だって子供じゃないよ。不安でも、何とかしようって考えるような子じゃん。あんたが焦ってどうすんのさ」


「……ごめん」


 秋名の言うとおりだ。

 どうにかしないと、という気持ちに思考能力を奪われていた。


「こんなときだからこそ、冷静に考えないとでしょ?」


「あ、ああ。そうだな」


 すう、はあと深呼吸して落ち着かせる。


「二人が来た道を戻ってるから、私らは違うところから探しに行こ」


「分かった」


 秋名が歩き始め、俺はそれについて行く。

 相変わらずの人混みだけど、今はそんなことを言ってる場合ではない。


「さすがにこの人混みの中で名前呼び続けるのは恥ずかしいよね」


「そんなことも言ってられないだろ。声を届ける以外に手段はないんだぞ?」


「まあね。もう少し人が少なかったら写真見せて尋ねる手段もあったけど」


「立ち止まってくれないよな」


「だね」


 もしかすると、もう少ししたら人の数が減るかもしれない。そうすれば、幾分か今より探しやすくなるはずだ。


 とりあえず、今はできることをやろう。



 *


 

「ううう」


 格好良く決めたところで、そう簡単に見つかるはずもなく、わたしはつい弱々しい声を漏らしてしまう。


 挫けてしまいそう。


 別に一人での行動ができないわけじゃない。お買い物とかもしたりするし。


 けど、知らない場所で一人きりというのは全然違う。めちゃくちゃ不安だし、泣きたくなる。


 周りの人に助けを求めようにも、みんなこっちのことは見向きもせずにスタコラと歩いて行ってしまう。

 勇気を出して話しかけても無視される。


 人の冷たさを垣間見た気がした。


 人は多いのに、こういうときに限ってクラスメイトの顔は見つからない。一人くらいいてもおかしくないのに。


「……どうしよ」


 わたしは途方に暮れるように呟いた。


 そのときだ。

 

「ねえ」


 わたしに声をかけてくれた人がいた。

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