第250話 今日の京都の恋模様⑱
清水寺。
よくは知らないが、誰でも一度は聞いたことがあるくらいに有名な場所だ。
京都を訪れた際には一度は目にしておきたい名所とされている。
ということで、我々も足を運んできたわけだが。
「人が多い……」
「つらたんー」
「お前ら、さっきからそれしか言ってないぞ」
ぞろぞろわらわらと集まる人に思わず言葉をこぼした俺と秋名に樋渡が呆れたようなツッコミを入れてくる。
どちらかというとインドアな人間からするとここは相当な地獄なのだ。人酔いしそう。
「ほら、ここからの景色すごいよ! 二人も見てみなよ!」
柚木がちょいちょいと手招きしてくる。あそこまで言われて大丈夫というほどではないので俺は彼女の方へ向かう。
「すご」
凄かった。
清水寺、と聞いて思い浮かべる場所は恐らく『清水の舞台』だろう。清水の舞台から飛び降りるという言葉で知られるあそこである。
俺でさえその場所は知っている。
写真では見たことがあるけど、その写真はこの舞台を写しているもので、この舞台からの景色というのはあまり見ない。
つまり俺はここからの景色は初見なわけで。
今は緑が広がっているが、これは時期によっては紅葉だったりに切り替わるのかもしれない。その景色も見てみたいと、少し思った。
「さすがにこれは感動するな」
「それホントに思ってる?」
「感動は言いすぎた」
柚木に言われて訂正する。
しかし、言葉としては少し大袈裟かもしれないけど、感動に似たような感情は抱いている。
「写真撮ったげるから並びな」
俺と柚木がそんな話をしていると、陽菜乃に相手をしてもらって復活した秋名がスマホを構える。
「ほら、いくよ。はいチーズ」
「こっちの準備時間少なすぎるだろ」
と言いながらも柚木はしっかりとピースをしている。しかも俺との距離を詰めてきた。
「こう見ると恋人みたい」
てこてこ歩いてきた秋名がスマホの画面を見せてくる。
確かに寄り添い合う……ではなく、柚木が一方的に寄り添ってきている写真はそう見えなくもない。
俺の気持ちを知っていて、しかもこれからやろうとしていることも分かっていて、なおそういうことを言ってくるのだからたちが悪い。
「ほら、陽菜乃も撮ったげるよ」
「あ、うん」
秋名に言われて陽菜乃が柚木と入れ替わりでこちらにやってくる。
ぱちん、と音がした。
陽菜乃が背中を向けているのをいいことに、秋名と柚木がハイタッチをしたのだ。つまりこれ全部作戦通りってことになる。
「そんじゃいくよ」
秋名が構える。
「え、ちょ、待っ」
さっきと同様にこちらに準備する時間を与えない。それにより陽菜乃がわたわたと慌てていた。
「はいチーズ」
そして。
思い切ったように。
俺の腕を掴んで、距離を詰めてきた。あるいは、引っ張られて距離が詰められた。
ある種、見方によれば寄り添い合っているようにも見えるのかもしれない。
「ほれ。どうよ?」
秋名がスマホを見せてくる。
そこには覚悟を決めた瞬間のせいかむっとした陽菜乃と、驚いて間抜けな顔をしている俺が写っていた。
「俺、ちょっと間抜けじゃない?」
「間抜けだね」
「別に求めてないけど、こういうときはそんなことないよって言うもんじゃないの?」
「そんなことないよ」
「今言うと意味変わるんだよ」
なんだよー、と言いながら秋名がさっきの位置に戻り、そしてもう一度スマホを構えた。
「じゃあほら、テイクツー」
今度は二人でピースをした。
なんかいい感じに緊張が和らいだ。
「梓も撮ろうよ」
そう言った柚木と、陽菜乃、秋名の三人がイエーイって感じで写真を撮る。
俺たちが撮った後に自撮りでも撮る。写真にこだわりを持っているのは女子ならではって感じがするな。
「お前はいいのか?」
隣にいた樋渡に言う。
「ん? そうだな。それじゃあ撮っとくか」
そう言ってスマホをインカメに切り替えて腕を上げる。
「なんで自撮り?」
「女子を見習って。ほら、笑えよ志摩」
男二人で自撮りした。
なんか、これはこれで悪くないと思った。これも一つの青春って感じがして。
「そろそろ次行こっか」
ひと通り写真も撮ったので俺たちは次の場所へと向かうことにした。
音羽の滝。
上の方からちょろちょろと三筋に分かれて水が落ちている。
これは清水寺の名前の由来になっているものらしく、つまりは清めの水だそうだ。
落ちている水はそれぞれには『恋愛』『学業』『健康』のご利益があるらしい。
すべてを飲むのは欲深いとされ、願いを叶えるにはどれか一つを選ぶ必要があるんだとか。
もちろん、これらは全部受け売りだ。
「お前はもう決まってるよな」
「……まあ、そだな」
ぶっちゃけどれも欲しいとこだけど、今このタイミングならば『恋愛』を選ぶべきだろう。
「樋渡は?」
「んー、僕は無難に健康かな。くるみは?」
「あたしも健康かな。一番っていうほど学業には困ってないし」
柚木はこれで意外と勉強できるんだよな。雰囲気的には一番苦手そうなのに。
学業に困っているといえば。
「なによ?」
俺が見ると、秋名は睨みつけるような半眼をこちらに向けてきた。
「いや、別に」
「言われなくても学業にしますけど?」
「なにも言ってないんだけど」
「目がすべてを語ってんだよ!」
逆に秋名は勉強できそうな雰囲気醸し出してるのに苦手という。初めて知ったときは驚かされた。
「陽菜乃ちゃんも決まってるよね」
「う、うん。そだね」
言いながら、彼女が俺の方をちらと見た。目が合ったことに気づいた陽菜乃は慌てて別の方を向いた。
「柄杓に入れた水は一口で飲まなきゃいけないみたいだから、あんまり入れすぎないようにな」
「だってさ」
前の人がその友だちに言っているのを聞いた俺は後ろに並ぶ陽菜乃に伝える。
「あーい」
元気な返事はまるで子どものようだった。可愛い。
やっぱり恋愛目的の人が多いのか、他のところはすいすいと列が進んでいく。
樋渡と柚木、秋名がそれぞれの水を飲みに行く中、俺と陽菜乃はもう少し待つことに。
俺の前には二人の女子が並んでいた。知らない制服だけど、多分高校生だろう。
俺たちと同じような修学旅行生か、あるいは地元の学生か。
「先行っていいよ」
「え、どうして?」
「……どうお願いするかちょっと考えたいから」
「そう? それじゃあ、そうするね」
そう言って、俺が陽菜乃と場所を変わると後ろに並んでいた男子が睨んできたような気がしたけどスルーした。
*
清水寺の中をおおかた回り終え、俺たちは人混みを掻き分けて出口の方へと向かっていた。
油断するとどこか別のところへ流されてしまうような勢いで人があっちこっちに行き来している。
「できればもう人混みは避けたいな」
「同感だよ。カラオケとかでいいかも」
「あー、ゆっくりできそう」
俺は近くにいた秋名とそんなやり取りをする。それを聞いていた少し後ろにいた樋渡と柚木が「修学旅行で京都に来てカラオケは前代未聞だよ」「先生もビックリだろうな」と呆れていた。
やっとの思いで人混みを抜ける。
まじでどれだけの人がいたんだろう、と後ろを振り返ると言葉を失うくらいの数がいた。
その景色だけで目が回る。
「ねえ」
そんなとき。
柚木が口を開く。
どうしたんだいと、彼女の方を向くと何かを落としてしまったような顔でこっちを見ていた。
「なにか忘れ物か?」
樋渡の問いに柚木はかぶりを振る。
「え、うそ」
秋名が気づく。
その瞬間に、俺も気づいた。
そのあとに樋渡も声を漏らす。
そんな俺たちに答え合わせをするように柚木が言った。
「陽菜乃ちゃんは?」
と。
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