第249話 今日の京都の恋模様⑰


「悪い、陽菜乃。仕事やらせちゃっ……て?」

 

 謝罪の言葉を口にしながら彼女の方を振り返る。

 人間は驚きのあまり言葉を失うことがあるというけれど、今の俺はまさにそれだった。


 なんだ?


 なんだろう、この違和感。


「な、なにかな?」


 眉間にしわが寄った陽菜乃が俺の方を見てくる。

 髪はいつもと変わらないストレート。うん、普通だ。制服だっていつも通り。


 俺は逸らしていた視線を改めて彼女の顔の方に向ける。


 化粧なんだろうな。

 顔の雰囲気がいつもとちょっと違う気がする。


 普段から、多分化粧はしてるんだと思う。詳しくないからよく分からないけど、多分そう。

 けどそれは自然に溶け込むように限りなくナチュラルなもので、だからこそ陽菜乃の素材の良さを引き出していた。


 けど。


 今の陽菜乃はそのいつもと少し違う。

 

 違うと言っても、別にギャルみたいにバチバチに作り込んでいるわけではなくて、あくまでもナチュラルであることに変わりはないんだけど。


 例えば、まつげがいつもより少し長かったり。

 例えば、頬がいつもより赤みがかっていたり。

 例えば、唇がいつもより潤っていて妖艶だったり。


 そんな感じ。


「……いや、なんでも」


 俺がそう言うと、秋名が後ろから背中をばしんと叩いてきた。痛っ、と小さく漏らした俺は振り返った。


「なんでもないことないでしょ?」


「……いや、でも」


「変、だったかな」


 俺が言葉を迷っていると、陽菜乃はしゅんとした顔をして肩を落とした。

 違う。別にそういう顔をさせたかったわけではなくて、ただ本当にどう言葉にしていいのか分からなかっただけ。


「変じゃないよ」


「……ほんと?」


「ああ。ただ、いつもとちょっと違うから驚いただけで。どう言っていいのか分からなかっただけで」


 ごくり、と生唾を飲み込む。


「か、可愛いと思う」


 思い切って口にする。

 いつもの陽菜乃はもちろん可愛くて、そんな彼女のことが好きで、でも今の陽菜乃もちゃんと可愛い。


 これは言えないけど、見慣れている分いつもの彼女の方が落ち着きはする。


 こういう陽菜乃も新鮮ではあるけれど。


「はいはいごちそうさま。二人がいちゃいちゃしてる間にみんな出発したから追いかけよ」


 そんなやり取りをしていた俺たちの間に、ぱんぱんと手を叩きながら入ってきたのは柚木だった。


 言い方はともかく、変な感じになってたから助かった。



 *



 俺たちが最初に向かったのは金閣寺だった。

 写真でしか見たことはなかったけれど、水に映る金色の寺は確かに美しく綺麗だった。


 歴史だなんだは正直全然頭の中には入ってこなかったけど、景色だけは印象に残った。


 予定では金閣寺のあとには清水寺へ行くことになっていたけれど、俺たちはここで昼食の時間を取ることにした。


 樋渡の強い推薦によりやってきたのはユニコーンバーガーというハンバーガー屋さんだった。


 ハンバーガーといえばマクドだったりモスだったり、中にはバーキンを思い浮かべる人がいるかもしれない。

 内装はそれらの雰囲気とは全然違っていて、趣のある古き良き店って感じがする。


 一階で注文を済まし、番号札を預かり二階へ向かう。

 時間はお昼より少し前だったからか、店内はあまり混んではいなかった。

 四人がけの席を二つ使って二人と三人に分かれて座る。

 ここは素直に男子と女子で分かれることにした。


 しばらくすると料理が運ばれてくる。


 前に置かれた料理を見て驚く。


 俺の中でのハンバーガーといえばマクドのものが思い浮かぶ。なんといってもあれが庶民的バーガーだろう。


 そんな庶民的バーガーとは違い、ハンバーグがどう見ても肉厚だった。バンズはこんがり表面が焼かれていてサクサクしている。


 大きさが片手で持つにはちょっと大きいくらいあるハンバーガーを両手で持って一口食べた。


 噛んだ瞬間に肉汁がぶわりと溢れ出てくる。しっかりと下味のつけられたハンバーグだ。それにさらによく分からない不思議なソースがかかっていた。ソースが絡んだレタスは食感も含めていい役割を果たしている。


 うん。

 自分でもよく分からなくなってきた。


 一つ言えることはとにかく美味いということだ。


「おいしー」


 みんなも口にしたらしく、声を揃えて称賛していた。中でも陽菜乃は本当に美味しそうに食べている。


「美味いな」


「だな」


 俺が呟くと、樋渡がニカッと笑って同意してきた。


「けどあれだね、やっぱり人は多かったね」


 ポテトを一つ口に咥えながら、柚木が思い出したように言う。

 俺も金閣寺に行ったときのことを改めて思い出す。


「外国人が多かった」


 思い出すとぐったりしてしまう。

 油断するとはぐれてしまいそうなくらい混雑していた。あれでは一度離れれば合流するのも楽ではないだろう。


「学生も結構いたよね。あたし、あの制服見たことある気がするんだけど」


「どの制服のことは知らんけど、制服なんか似たようなのもあるだろ」


 というか、人が多すぎて制服なんて覚えてない。しかも一つじゃなくて幾つかの学校の生徒がいただろうし。


「案外、近所の学校だったりしてな」


「ゼロではないだろうけど。でもやっぱり多かったのは外国人だ」


「それには同感。ここが居心地良くて動く気なくなる」


 秋名が俺の言葉に頷いた。

 それには俺も激しく同意だけど、いつかは動かないといけない。俺たちにはまだ行かなければならないところがあるんだから。


 修学旅行二日目は、まだまだ始まったばかりなのだから。

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