第248話 今日の京都の恋模様⑯


「あ」


「どしたの?」


 わたしが思わず声を漏らすと、荷物の用意をしていたくるみちゃんが手を止めてこちらを振り返った。


「スマホの充電してない」


「あたしもだよ」


 昨日、みんなで喋りながら寝ちゃったから、充電器を差すの忘れてたんだよね。

 朝のうちに気づけば良かったけど、いろいろドタバタしてて気づかなかった。


「陽菜乃ちゃん、モバイルバッテリーは?」


「家に忘れちゃって」


 準備の時点では頭の中にはあったんだけど、他のことをしてるうちに抜けちゃって結局入れないまま来ちゃった。


「ありゃりゃ。まあ、最悪あたしの貸したげるし」


「でも、くるみちゃんも充電してないんでしょ?」


「まあねー」


「私持ってるから大丈夫だよ。二人と違って充電もしてたからね」


 わたしたちの会話を聞いていた梓が、にやーと笑いながら言ってくる。


「ありがと」


「真奈美ちゃんたちの班はどこ行くの?」


 わたし、梓、くるみちゃんは同じ班だけど、真奈美ちゃんや春菜ちゃんたちは別の班だ。


「私らは大阪の方に行ってやろうかなって」


「食べ歩きしてやるのー」


 なにそれ楽しそう。

 拠点は京都というだけで、別に大阪に行っちゃいけないわけじゃないんだよね。


 食べ歩きかぁ。


 ぐうう、とさっき朝ご飯食べたばかりにも関わらずお腹が鳴ってしまう。いや、これは食べたからの方だな。


「早いよ、空腹までが」


「ちちちちがうよ! これは消化してる音だから!」


 梓に言われて、わたしは咄嗟に否定する。さすがのわたしだってこの短さでお腹は空かないよ。


「雨野は?」


「んー? 嵐山だったっけな」


 梓と雨野さんって結構フランクに絡み合うんだなー、と昨日も思った。

 雨野さんがみんなに対してああいう感じっていうのはあるけど。隆之くんも随分心を開いてるようだし。


 そんな話をしながらも、みんな準備をする手は止めない。だから、そうこうしているうちに全員が出発できる状態になった。


「基本的に移動が制服だから、服考えなくていいのは楽だよね」


「確かに。三日間も私服移動だと大変だしね。選ぶのもだけど、荷物も多くなる」


 くるみの発言に梓が答える。

 

「けど、その分いつも通りっていうか。ちょっと特別な感じほしいよね?」


 楽は楽、なんだけど。

 でもなぁ、と思ってしまうこともある。


「可愛いわたしを見て! ってことなんだよね?」


 梓がうきうきしながらわたしとの距離を詰めてくる。それはもう瞳がきらきらしていた。こういうときの梓は本当に楽しそうだ。

 それに乗っかってきたのはくるみちゃんだ。


「じゃあ髪変えてみたら? 陽菜乃ちゃん、いつもストレートだし」


「……髪、ね」


 学校に行くときはそうだけど、休日に会うときとかはちょいちょいアレンジはしてるんだよね。


「制服着崩すとか?」


 真奈美ちゃんが続く。

 わたしは比較的しっかり制服を着る方だけど、中にはそうでない人もいる。


 首元のリボンが緩かったり、スカートがちょっと短かったり、なんならカーディガンですらなくパーカーだったり。


 結構アレンジしてる人はいるんだよね。


「スカート短くしてみる?」


「陽菜乃ちゃん、ちょっと長めだもんね」


「そんなことなくない!?」


 これでも膝上くらいなんだけど。まあ、膝くらいと言ってもいいけど。そんなに長くはないと思う。


 そりゃ、くるみちゃんとか真奈美ちゃんに比べると長いけれど。


「あとは化粧だなー」


 雨野さんが少し遠くから言う。


「陽菜乃って化粧薄めだよね」


「え、うん。ダメかな?」


「ダメじゃないけど」


 梓にそんなことを言われる。


「化粧しなくても可愛いってことだもんね」


「別にそういうことが言いたいわけじゃないよ?」


 くるみちゃんが背中をぽんと叩いてくる。

 自分でも、それなりに可愛い部類にいるというのは自覚しているけど、だから化粧を薄めにしているわけじゃない。


 どちらかというと。

 

「あんまり分かんなくて」


「ちょっとしてみようか?」


 そう提案してくれたのは春菜ちゃんだ。この中では一番そういうのに詳しそうな雰囲気がある。

 化粧をしてそう、というよりはオシャレとかに敏感な感じがある。


「時間ないからぱぱっとだけど」


「……えっと、じゃあ」



 *



「移動が制服ってのはいいよな」


「そうか? 私服のが動きやすいと思うけど」


 俺の呟きに樋渡が眉をへの字に曲げた。


「そりゃ、おしゃれな奴は気にならんと思うけど。むしろ、そのセンスを遺憾なく発揮する場があって嬉しいだろうけど、俺みたいな奴からしたら迷わずに済むからラッキーなんだよ」


「別に僕は特別おしゃれってわけじゃないと思うけど。そりゃ、それなりには気にしてるけど」


 本日も変わらず制服。それに各々カバンを持って出発だ。

 カバン一つ見ても、リュックだったりボディバッグだったりトートバッグだったり。大きかったり小さかったりと実に様々だ。


「今日はどこからだっけ?」


「金閣寺、かな」


 二日目は班行動だ。

 事前に決めておいた班で、事前に決めておいたルートを回る。俺たちは金閣寺を見たあとに清水寺へ向かう。その間で昼食を取ったり休憩したりする予定。


 皆それぞれ行き先は違う。だからこそ向かった先で知り合いの顔を見たときにはテンション上がったりするのかもしれない。


 今日は全クラスが一斉に放たれるので、そういうこともあるかもしれない。


「普通に観光客も多いだろうな」


「他の学校の修学旅行生とかがいるかもしれないんだろ?」


「ああ。昨日、新幹線の駅でそれっぽいの見たしな。人混みはあんまり好きじゃないから、できれば空いててほしいぜ」


 人混み好きな人はいないと思うけど。

 いたとしたら、その人はよっぽど寂しがりやなのだろう。それか極度のドMか。


 集合場所はそれぞれクラスで異なる。さすがに七クラスが一つの場所に集まるとシャレにならないだろうから。


 俺たちはエントランスに集まるよう言われていたのでそっちに向かうと、ほとんどが集合してるくらい人数がいた。


「あ、来た。遅かったね」


 俺たちを見つけた柚木が声をかけてくる。


「ああ。志摩のトイレが長くてな」


「別にそれ言わなくてよくない?」


 柚木の他には秋名がいたけど、なぜか陽菜乃の姿が見当たらない。


「陽菜乃は?」


 と尋ねると、秋名が口を開く。


「遅い志摩に呆れて、一人で点呼取りに行ったよ」


「え」


 それは悪いことをしたな、と思い陽菜乃を探しに行こうとしたんだけど。


「まあまあ」


 なぜか腕を掴んで秋名が阻止してきた。


「もう戻ってくると思うし」


「いやでも悪いし」


「別に怒ってるとかはないから。むしろ早く終わらせておこくらいだったから」


「……なんで俺を行かせたくないんだよ?」


「それは、まあ、ね?」


 なんか怪しい。

 このしつこさは大抵なにか企んでいるときのやつだ。


「それで誤魔化せると思うなよ」


 秋名の制止に従わずに陽菜乃のところへ向かおうとしたのだけれど。


「あ、隆之くん」


 どうやら点呼を済ましたらしい陽菜乃が戻ってきた。満足したのか、秋名は俺の腕をパッと放す。


 なんだったんだ?

 

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