第247話 今日の京都の恋模様⑮
目を覚ましたとき、目の前の惨状にわたしは思わず溜息をついた。
昨日、盛り上がってそのまま寝ちゃったんだっけ。
他のみんなはまだ寝てるな。
これ、片付けちゃお。
そう思って立ち上がると、梓がいないことに気づいた。ちょうどそのとき、静かに部屋のドアが開いた。
「おはよ、陽菜乃」
「おはよう。どこ行ってたの?」
「んー? ちょっと散歩」
梓の言っていることには別に違和感を覚えなかった。慣れない場所だし、ちょっとそういうことがしたくなるのも分かるから。
けれど。
「そのジャージ」
「ん? ……あ゛」
梓がしまったっていう顔をした。
いつも上手い具合に隠し事をする彼女にしては、珍しく分かりやすいリアクションだ。
「そのジャージ、なんか見覚えあるような」
「き、気のせいじゃない? ていうか、あれだよ、私が昨日着てたからじゃない?」
「梓が着てたのはこれでしょ?」
わたしは梓が寝ていた布団に無造作に置かれたジャージを手にして見せつける。
あちゃー、って顔をした梓は分かりやすく動揺している。なんか本当にやらかしたみたいな感じ。
わたしが不審に思っていると梓が観念したようにジャージを脱いで、それをわたしに渡してきた。
「なに?」
「ごめんなさい」
「だからなにが!?」
ぺこりと、深々と頭を下げられた。
わたしと梓の付き合い史上、初の本気の謝罪だ。
「目が覚めたからちょっと外の空気でも吸おうと思って」
「うん」
「そしたら、たまたま同じような理由で外にいた志摩と会ったの。なんか散歩するっていうからちょっと話そうと思って」
「うん」
羨ましい。
わたしも早めに起きれば良かった。
いや、起きてもたぶん二度寝してただろうなあ。
うわーん。
「私が半袖だったのを見兼ねた志摩がそれを貸してくれただけで、私たちは決して怪しいことをしていたわけではございません」
「別に二人を怪しんだりはしてないよ。ちょっと気になっただけだし」
「ほんと?」
「梓も隆之くんも、そんなことする人じゃないもん。けど、羨ましいって思う気持ちは抑えられない」
「……陽菜乃、顔が怖いよ? 笑顔でいこ?」
引きつった顔で梓が言う。
そんなつもりはなかったので、わたしはぱんぱんと頬を軽く叩く。
「って、そんなことしてる場合でもないや。あんまりゆっくりしてると朝ご飯の時間に送れちゃう。ほら、梓もみんな起こすの手伝って」
「う、うす」
*
「結構豪華な朝ご飯だな。僕、朝はあんまり食べれない派だけど、不思議と食べれちまう」
もりょもりょと白米を食べながら樋渡が言う。
俺もあまり寝起きは食欲ないタイプだけど、確かにホテルとかの朝ご飯は食べれたりする。不思議だなあ。
「どうした? あんま食欲ない感じか?」
「え、いや、そういうわけじゃない」
箸を持つ手が止まっていた俺を見て樋渡が言う。俺は慌てて白米をかき込んだ。
本当に。
別に食欲がなかったわけではない。
朝に散歩をしたこともあって、むしろお腹が空いているまである。
そうじゃなくて。
気になることがあって、つい手が止まってしまっていたのだ。
「……」
隣のテーブルに座る秋名と目が合った。秋名はごめんねーみたいな顔をこちらに向けてきた。
朝、秋名と散歩をした。
寒そうだったからジャージを貸した。
それに違和感がなくなってしまっていたから、返してもらうのを忘れていた。
それ自体は別に構わない。
俺だって忘れていたし、きっと秋名も違和感がなくなっていたんだろう。
あいつはちゃんと自分の中に超えないラインを引いているやつだから。本当にやってはいけないことはやらないから。
だから。
これはきっと誰のせいでもない。
「……」
気のせいとか見間違いじゃなければ、陽菜乃が俺のジャージを着ている。
なんであんなに何でもないみたいな顔してられるんだ?
普通にみんなと笑いながら朝ご飯を食べている。
大方。
俺のジャージを着ていることが頭から抜けていた秋名はそのまま部屋に戻って、陽菜乃にそれを見られたんだろう。
そこから、なにがどうなって陽菜乃が俺のジャージを着るという展開に向かったのかは謎だけど。
「どうした。さすがに朝食食ってる姿を凝視するのはどうかと思うぞ? そういう姿が好きなんだっけ?」
「いや、別に」
陽菜乃がいる方をじっと見ていた俺を変に思った樋渡が不思議そうに言ってくる。
「そういう話は今日の夜にするか」
「どういう話だよ」
今は考えても仕方ないか、と思い俺は気を取り直して朝食を再開しようとした。
しかし、なにかが気になったっぽい樋渡が陽菜乃の方を見て、そして気づいてしまう。
「あれ、日向坂の着てるジャージってお前も着てなかったか? ペアルック?」
「そういうわけじゃないけど」
「お前、ジャージは?」
「いろいろとあって」
ふうん、とそこからはさして気にすることもなく樋渡も朝食を再開した。
朝ご飯を食べ終え、部屋に戻る際に俺は思い切って陽菜乃に声を掛ける。
「あの、陽菜乃?」
秋名を含めた同じ部屋のメンバーといた陽菜乃がこちらを振り返る。
柚木が「先に戻ってるねー」と言って歩いていく。秋名が手を合わせててへぺろと舌を出して行ってしまった。
わざとじゃ、ないんだよな?
「どしたの?」
「……こっちのセリフなんですけど」
「ん?」
「ジャージ……」
あくまでもしらを切る陽菜乃に俺はついにそのことに触れる。
すると陽菜乃は少し大きめのジャージで隠れた手を口元に持っていく。
「梓から預かったの。隆之くん、ちゃんと気づくかなって」
「そりゃ気づくよ」
むしろ、部屋に戻ったとき辺りにジャージがないことには気付いたから危惧してたよ。
「ジャージ、返してくれる?」
「だめー」
なぜか、陽菜乃は楽しそうに笑いながらそんなことを言ってきた。どうして拒否されたんだ。
「隆之くんは梓と朝から、わたし抜きで楽しいことをしたバツとしてもうちょっとジャージを没収しておきます」
「なんで!?」
「なんでも!」
またまた冗談言っちゃって、と思っていたけど陽菜乃さんは本気だったようで本当に返してくれないまま部屋に戻っていってしまった。
いや、まあ。
今から着ることはないからいいんだけど。
ペナルティにしても、よく分からんな。
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