第246話 今日の京都の恋模様⑭
修学旅行二日目の朝。
アラームをセットした時間より一時間ほど早く起きてしまった。
いつもならば絶好の二度寝チャンスだと布団にくるまるところだけど、今日はいやに目が覚めている。
ぐっすり眠れたのか。
緊張とか興奮でよく眠れなかったのか。
どっちだろう、と俺は体を起こしながら考える。考えたって答えが出ないことを、それでもぐるぐると考えるのはある種の現実逃避だったりする。
自分は今考えごとをしているから、他のことに意識を向けられない。そう自分に言い聞かすためにわざとそうしている。
「……」
ぐぐっと体を伸ばす。
他のみんなを起こさないようにソロリソロリとゆっくり動き部屋を出る。
ぱしゃぱしゃと顔を洗って廊下へ出た。
結局肝試しから帰って着替えなかったので、ジャージのままだったから着替える必要もないだろう。
眠気覚ましってわけじゃないけど、気分転換に外を歩こうかな。
この時間に外出したら怒られるだろうか。いや、集合時間までに部屋に戻っていれば大丈夫か。
ロビーを抜けて外に出る。
俺はもう一度体を伸ばしながら大きく深呼吸した。自然に囲まれているからか空気が美味しい気がする。というのは冗談だ。違いなんて分からないし空気が美味しいという感覚もよく分かっていない。
「あれ、志摩?」
まさか名前を呼ばれると思ってなくて、俺は驚きながら振り返る。先生かと思って反射で謝りかけたがギリギリで耐えた。
「何やってるんだよ?」
「それはこっちのセリフだって」
秋名梓が不思議そうな顔でこちらにやってきた。
俺だってこの時間にこんな場所で誰かと遭遇するとは思っていなかったのだから、秋名だってそう思っていてもおかしくはないか。
「ちょっと目が覚めちゃったから散歩的な」
「あんまり遠くに行くと怒られるよ?」
「ちょっと周りをうろちょろするくらいだし」
そか、と言った秋名が俺の隣に並ぶ。
「なんだ?」
「散歩でしょ? 一人だと寂しいだろうから、付き合ってあげるよ」
いつものように笑う秋名。
そういうことなら甘えようか。万が一怒られるようなことがあっても二人なら耐えられる。
そんなわけで俺たちは少しだけ歩くことにした。正体不明の鳥だか虫だかの鳴き声がするだけで、それ以外はなにもない。
静かだ。
「昼は暖かいのに朝は結構冷えるね」
もともとちょっと外の風に当たるだけの予定だったのか、秋名は薄めのロンTだった。
自分の腕を抱く秋名に、俺は着ていたジャージを渡す。
「なに?」
「寒いなら貸すけど」
「そうすると志摩が寒いんじゃない? マラソンでもするのかなみたいな格好になるよ?」
半袖シャツに下がジャージ。
そのイメージは偏見だろ。
「俺はそんなに寒くないから。むしろ心地良いくらい」
とは強がったけど、まあ普通に肌寒くはある。しかし付き合わせてしまった手前、蔑ろにするのもはばかられる。
歩いてれば体も温まるだろ。
俺は気持ち腕を振って歩くことにした。
「志摩も気が遣えるようになったんだなー」
ジャージを受け取った秋名が袖を通しながらしみじみと言った。
「悪いね。陽菜乃よりも先にこんなことしちゃって」
「なんだよ。こんなことって」
「彼ピッピのジャージ借りるとか結構な萌シチュじゃない?」
「知らんけど。そういうことなら陽菜乃には言わない方向で」
「いやあ、これは言うしかなくない? 面白い展開になる未来しか見えないし」
「ならジャージを返せ」
「ご冗談を」
「これっぽっちも冗談じゃないんだが」
言うと、秋名がくすくすと笑う。
朝だからかいつもに比べると少しだけテンションが落ち着いているようにも思えた。
「昨日はよく眠れた?」
「まあまあ。疲れてたからすぐ布団に入ったしな」
そっちは? と訊き返す。
すると秋名は楽しそうにむふふと笑った。
「私たちはガールズトークが盛り上がりに盛り上がっちゃってね。結構夜ふかししちゃった。みんな寝落ちだったよ」
「そんなに?」
「広げてたお菓子がそのままだったくらいには寝落ちだったね」
「片付けろよ……」
男子には見せないだけで、女子だけが集まるとそんなものなのかもしれないけど。
「ガールズトークってどういうこと話すわけ?」
「んー? いろいろだよ。とりあえず人の悪口で始まることが多いね」
「嘘だろ……」
「嘘だよ」
嘘かよ。
女子は腹黒と聞く。だからあながち嘘ではないのかも、と思わされる絶妙な嘘であった。本当にたちが悪い。
「ガールズトークなんて、大抵は恋バナだよ」
「それなら安心だけど……」
とは言うが。
そうなるとどういう内容だったのかは気になるところだ。その場には陽菜乃がいたわけで、もちろん彼女も何かしらを話しただろう。
「もちろん第三者に情報を漏らすようなタブーは犯さないよ。いくら志摩のお願いでもね」
「そりゃ残念」
陽菜乃がなにを話していたかは気になるところだけど、俺としてはもう幾つか気になることがあった。
その中でも話に応じてくれそうなのは一つだけか。
「お前もなにか話したのか?」
他の人の話は漏らすわけにはいかないだろうから、秋名本人のことを訊いてみた。
秋名は動揺とかそういうのは一切見せず、いつもの調子でこちらを見て笑う。
「お、なんだなんだ。私のことが気になっちゃう感じ? 本命陽菜乃と同時に私をキープしようって魂胆か?」
「好きな人の親友をキープって、クズ野郎にも程があるだろ」
思ってもないことを言いやがる。
思ってないよね? 大丈夫だよね?
「もちろん私だって参加したよ。中にはクラスメイトのアリかナシかランキングなんて催しもあったからね」
「なんだその地獄のようなランキング」
ほんと、文化祭のやつといい、どうして人間ってのはそういうことが好きなんだろう。
なんにでも順位を付けたがるよな。
「一応言っておいてあげるけど、私はちゃんと志摩をアリ派に投票しておいたよ」
「それどういうリアクションすればいいんだよ」
「えー? まじー? 俺も実は秋名のことアリだと思ってたぜ。じゃああれだ、いっそのこと付き合っちゃう? なんつって……みたいな」
「キャラがブレすぎだろ」
なんだその俺は。
気持ち悪いにも程がある。
俺のリアクションに満足したのか、秋名がケタケタと笑った。こいつは本当にいつも楽しそうだな。
そんなことないのかもしれないけど、悩みとかなさそうだ。
「ちゃんと分かってるよ。志摩が陽菜乃以外は見えてないってことはさ」
「そう直接言われると照れるんだけど」
「ちゃんとこの修学旅行中に告白する覚悟は決めてきた?」
話が変わったような。
変わっていないような。
すっと、まるで最初からそれを訊こうとしていたように秋名は言った。
「最終日。二人でいるときに告うつもりだけど」
「最終日かぁ。そんなこと言わずに待ちきれずに今日とかに言っちゃえば? そしたら明日は恋人として過ごせるんだよ?」
「それはそうなんだけど」
「ビビってるんだ?」
「……違う、と言い切るには微妙にかすってる気がする。もちろんそれだけじゃないけどさ」
ふうん、と秋名は意味深に頷く。
「別に志摩が決めたんならそれにどうこうは言わないけどさ。タイミングなんて事前に決めとくものでもないよ? 好きだなって気持ちが溢れたらそれをそのときに伝えればいいと思う」
「秋名からそういうこと言われるとなんか変な感じだ」
「なんだとこら」
わざとらしく怒ってみせた秋名だったが、落ち着いたときの表情は少し暗かったように思った。一瞬のことだったけど。
そのあと。
適当に歩いていたから、気づけば元いた場所に戻ってきたので俺たちは部屋に戻ることにした。
好きだなって気持ちが溢れたら、か。
みんなが起きるまでの少しの間、秋名の言葉が俺の頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
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