第245話 今日の京都の恋模様⑬


 オリエンテーションが終わり、ぞろぞろと部屋に戻る。

 こうなると、いよいよ一日も終わってしまうんだなと実感する。


 楽しい楽しい三日間。

 そのうちの一日目がもう終わるんだな。


 はしゃぎにはしゃいでいた吉岡と大原は部屋に到着するなりイビキをかいて眠ってしまった。


 寝付き良すぎだろ。

 まあ風呂覗きの未遂の罪でいろいろやらされてたらしいから、疲れていたのかもしれない。


「明日も早いし俺たちも寝るか」


 布団を敷いていく。

 広縁側に吉岡と大原が寝ているので俺たちはそこ以外の場所になるけど、真ん中に伊吹と木吉、その隣に俺と樋渡が寝転がる。


「え、枕投げは!?」


「小学生じゃないんだから。俺たちが本気で投げあったら怪我するだろ」


 たしかにね。

 高校生にもなるとドッジボールですら命がけだ。パワーがもうこれまでの比ではないから。


「しゃあねえ。ほんじゃ、恋バナすっか」


 言いながら木吉が布団に入る。

 俺と樋渡もそれに続き、豆電球まで消灯した伊吹が最後に寝転がった。


「話したいだけじゃないのか?」


 伊吹に言われ、木吉がまあねみたいな顔をする。木吉が秋名を好きだってことはもうみんな知ってる。今さら何を話すのだろうと思ったが。


「明日さ、告白しようと思ってるんだよ」


 どこまでも真面目な声色だった。

 いつものお調子者な雰囲気はどこへやら、木吉は真剣な表情でそう言った。


 秋名のことが好きだと言った。

 それから少しずつ関わるようにはしてた。


「は、早くないか?」


 俺は素直な感想を口にした。

 樋渡や伊吹はどう思っているんだろう、と思い二人の顔を見てみると難しい顔をしてた。同じ意見なのかな。


「いや、でも肝試し二人で回れたし! これはもう追い風来てるとしか思えないっしょ!」


「勝算はあるのか?」


 樋渡が尋ねると木吉は自信満々に笑う。


「ない! でも、もう我慢できないんだよ! オレは秋名と付き合ってラブラブな毎日を過ごしたい!」


 秋名がラブラブしている姿はなんというか、想像できないな。


「ま、まあでも、付き合ってから好きになっていくみたいな恋愛もあるしな。可能性はゼロではないのかも」


 伊吹が背中を押すように呟いた。

 確かにそういう付き合い方もあるとは聞くけれど。それが秋名と木吉に当てはまるかと言われると疑問だ。


「でも明日ってグループ行動だろ? どこで告白するんだよ?」


 樋渡の言葉に俺も考える。

 秋名と木吉は班が違う。多分行き先も違うだろうからどこかで告白っていうのは難しいなのではないだろうか。


「夜だよ。修学旅行二日目の夜は告白成功率が高いってデータがあるみたいなんだ」


「そうなんだ」


「三日目は恋人と、っていう考えの人が多いのかもな」


 俺の呟きに樋渡が言う。

 なるほど、と思った。

 修学旅行は様々ある学校行事の中でも特別なイベントだ。特別なイベントを、特別な人と過ごし、特別な思い出を作りたいのかも。


「だからオレは明日にする!」


「まあ、止めやしないけどさ」


 樋渡に同意だ。

 冷たい言い方かもしれないけど、木吉が秋名に振られたとしてもそこまでの影響はないし。

 決めたと言うならやればいい。


 そんな言い方をすると失敗を望んているように聞こえるかもしれないけど、決してそうではない。

 上手くいけばいいなとはちゃんと思ってる。


「志摩クンはともかく、他の二人はどうなんだよ? オレたちにだけ言わせるのは卑怯だぜ」


「お前が勝手に言っただけだけどな」


 ぼそりと呟いた樋渡のツッコミはスルーされていた。

 とはいえ、修学旅行の夜といえばまあこういう話ではある。特に樋渡に関してはどういうことを考えているのか気になるところだな。こういうだから話してくれたりするかもしれない。


「俺はそういうのは今はないな。部活だけで手一杯だ」


 告白とかはされるだろうに。

 けど恋愛にうつつを抜かしているせいで部活が愚かになるのは良くないことだし、その可能性があるだけで遠慮する人はいるだろう。


「樋渡はどうなんだよ?」


 俺は訊いてみる。

 樋渡は上向きに寝転がり、両手を頭の後ろに持っていって天井を見上げながら唸った。


「……どうだろうな。あんまり、そういうことは気にしないようにしてるから」


「くるみとか仲良いじゃん?」


 木吉が言う。

 こいつ、柚木のこと下の名前で呼んでたのか。誰とでも仲の良い柚木なら十分に有り得ることだけど。


「くるみな。一緒にいて楽しいし、気が楽ってのはあるよ。それは確かだ。けど、僕はこの気持ちに恋心と名付けるのはまだ早いのかなって思ってて」


「どうしてだい?」


 そう尋ねたのは伊吹だ。


「何となく、だよ。今はこの関係性でもいいかなって」


 言いながら、樋渡はちらと俺の方を見てきた。俺のことを気にしているのか、それとも、どうなんだろう。


 柚木を振った俺がこんなことを考えるのはきっと違うし、もしかしたら失礼なのかもしれないけど、樋渡と柚木の相性は悪くないと思うけど。


「僕のことより、志摩はどうなんだよ。覚悟は決めたのか?」


 樋渡の言葉に伊吹と木吉の二人がこちらを見た。

 まあ、みんなそれぞれ話したし、俺だけ言わないわけにもいかないし。


 勇気のないチキンな俺からすれば、あとに引けないくらいがちょうどいいのかも。


「決めたよ」


 さっきの木吉の言葉を聞いて少しだけ気持ちが揺れたけれど、やっぱり俺は自分で決めたタイミングで気持ちを伝えよう。


「俺は最終日に、陽菜乃に告白する」



 *



「……陽菜乃ちゃん、今なんて?」


 修学旅行の夜といえば恋バナだ。

 みんなが布団に入って、お菓子を広げたところで始まり、きゃっきゃと盛り上がり始めた。


 他のみんなもあの人が気になるとか、あの子が格好良いとか、いろいろと言い出して盛り上がって。


 そういえばって感じでわたしに矢印が向いてきた。


 ――陽菜乃ちゃんはどうなの?


 だからわたしは答えた。


 自分の思いを。


 隆之くんが好きだなんて、もう今さら言うことでもない。だからそうじゃなくて。これからのことを。


 わたしがこれからするべきことを、口にした。


 そしたら、くるみちゃんが驚いた顔をして訊き返してきた。


 まあ。


 突然言われれば、びっくりもするよね。


 梓だけは小さく笑っていただけだったけど。


「だから、えっと」


 わたしはもう一度。


 自分で自分の背中を押すように、自分の決意を言葉にする。


「わたし、隆之くんに明日、告白しようかなって」

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