第244話 今日の京都の恋模様⑫


 番号は『5』だった。

 開いた紙を見ながらどうしようかと考える。


「隆之くんは五番なんだね」


 俺の手元を覗き込んできた陽菜乃がふむふむと唸った。突然の登場に俺はうわっと声を上げる。


「そんなに驚くことないのに」


「急に現れたら誰でも驚くって」


「たしかにね」


 くすくす、とおかしそうに陽菜乃は笑う。しかし、目の前に現れたのはちょうど探していたので助かった。


「陽菜乃は何番?」


「まあまあ。それはナイショということで」


 そう言って、陽菜乃はさささとこの場から離れていった。そんな彼女にデジャヴを覚えた。


 なんか前にも似たようなことがあったような気がするな。


 いつだったかな。


「隆之くん、何番だった?」


 考えていると、柚木がやってきた。


「五番だけど。柚木は?」


「八番。残念だけど一緒じゃないね」


 じゃあねー、と柚木は行ってしまう。みんな相方を探すのに必死だな。


 俺も早く相手を探さないといけないんだけど、陽菜乃が番号を教えてくれなかったから手を打てない。


「よお」


 今度は樋渡が登場した。

 男女ペアになるようにくじを引いてるから樋渡が相方になることはまずない。


「相手見つかったか?」


「いや、まだ。そっちは?」


「僕もだよ」


 それにしても、と樋渡が向こうにいる陽菜乃の方を見た。


「あんなにあっちこっちに駆け回ってる日向坂を見ると、去年のクリパを思い出すな」


「クリパ……」


「あのときも日向坂はあんな感じで番号を交換しようと走り回ってたぜ」


 そうだ。

 去年のクリスマスパーティーで行われた催しで、くじを引いて決まったペアで勝負するというものがあった。


 陽菜乃は俺とペアになるために番号を探し回ってくれたんだ。


「なあ、樋渡」


「日向坂の番号なら二番だよ」


 なんで知ってるんだ、という疑問は飲み込んでおいた。知っていてくれて助かったから。


「サンキュ」


「おう」


 俺は二番のくじを持つ人を探し回った。近くにいた男子に手当たり次第に聞いて回る。


「志摩」


 そんな俺の肩をぽんと叩いたのは伊吹だった。


「これ」


 そして、伊吹がくじを渡してくる。そこには『2』と書いてあった。


「行ってやれよ。きっと喜ぶ」


「ありがとう」


 二番のくじを持って、俺は陽菜乃のところへと向かう。彼女はちょうど秋名と話しているところだった。


「ねえ梓、五番なんだよね? 変えてよおーねーがーいー!」


「いや、ちょっと待ちなって」


「落ち着いてられないよ!」


「陽菜乃」


 そんな彼女の背中に声をかけた。

 すると陽菜乃は恐る恐るといった感じでこっちを向いてきた。


「ち、違うんだよ? これは、その、えっと」


「陽菜乃、何番だった?」


 俺が訊くと、陽菜乃は「えと、えっと」とたじろぐ。そして諦めたようにくじを見せてくる。そこには『2』の番号が書かれていた。


「あのね、でもね!」


「俺、二番なんだ。よろしく」


 言いながら、俺は二番のくじを彼女に見せた。

 すると陽菜乃は、まるで幽霊でも見たようなリアクションをする。口元を両手で抑えて目を見開く。そんなに驚くかというくらいに驚いていた。


「え、なん。え?」


「だから待ちなって言ったでしょ?」


 秋名はいつ俺が番号を変えたことを知ったんだよと思った。少なくとも俺と伊吹が変えてるときには陽菜乃とここにいたはずなのに。


 まあ、なんでもいいけど。


「一緒に楽しもう」


「……うん」


 驚いたせいか、陽菜乃は潤んだ瞳から垂れた雫を指で拭った。



 *



 肝試しとは言ったものの、別に難しくもなく怖くもない、ただ暗い道を二人で歩いて戻ってくるというだけのものだった。


 森の中に光はなく、辺りを照らすのは渡された懐中電灯だけ。強いて怖い要素を上げるならそれくらい。


 俺も怖いものが得意というわけではないし、むしろどちらかといえば苦手な方だけど、これくらいなら問題なさそうだ。


 昼のお化け屋敷の方がよっぽど怖かった。あるいは、あれを先に経験したこらこそ今が大丈夫という可能性もゼロではない。


 まあ。


「だだだだだいじょうぶ?」


 昼にあれ経験した陽菜乃が普通にこの怯えようなので、先に怖いもの経験しておけばマシになるという説も立証とはいかなそう。


 ていうか、このレベルでこうなるのによくも昼のあれにチャレンジしたもんだよ。


「大丈夫だよ。陽菜乃は?」


「だだだだだだだいじょうぶ」


「だが随分多いけど」


 ふへへ、と余裕のない笑みを浮かべる陽菜乃。これは雑談をしている余裕はなさそうだな。


 陽菜乃はジンクスのことを知っているのだろうか。知っているとすれば、その上で俺と回ろうとしていたことになる。


 そうだといいな。


 俺は心の底からそう思う。


 あっという間に一日目が終わってしまったな。

 あまりにも楽しすぎて、この修学旅行でやるべきことさえ忘れそうになる。


 いや、実際に忘れていたわけではないんだけど。


 告白、か。


 そういえば結局、梨子にダメ出しをされたから、どうやって気持ちを伝えるかが纏まってないんだよなあ。



 *



 無事終えたところで陽菜乃もいつもの調子を取り戻した。


「あー、怖かった」


「本当に怖いのダメなんだな」


「怖いのが得意な女の子なんていないよ?」


「いやそんなことないだろ」


 そう言いながら、俺は今しがたゴールしたペアに視線を移す。


「いえーい! ゴール!」


 戻ってきた柚木がはしゃいでいた。

 隣に樋渡がいるところを見るに、どうやら二人で回ったらしい。


「柚木とかめちゃくちゃ得意っぽいぞ」


「くるみちゃんは……うん……」


「他にもいっぱいいるよ。それに、別に怖いのが苦手なのが悪いってわけじゃないし」


 俺が言うと、陽菜乃が不安そうに顔を覗き込んできた。


「む、むしろあれだよ。可愛い、みたいな」


 夜で助かった。

 暗いから表情ハッキリ見えないだろ。


「そ、そっか。それは、よかった?」


 陽菜乃さん照れてますね。

 彼女の顔がハッキリ見えてるから多分俺の顔もハッキリ見られてるな。


「あ、木吉くんだ。梓とペアになれたんだ」


 言われて見てみると、確かに二人でいる。

 秋名って確か俺と同じ五番だったんだよな。その五番は伊吹に渡した。


 またあのイケメンが粋なことをしたのかな。


「この修学旅行中に好きな人に告白する人って結構いるのかもね」


 木吉を見ながら陽菜乃が言う。

 俺もその結構の中に入っているし、なんならその相手が陽菜乃なので、どういう気持ちで聞けばいいのか分からなくなる。


「かもな」


「みんなの思いがちゃんと伝わって、願わくばみんな幸せになればいいのにね」


 まるで流れ星に祈るように。

 誰に言うでもなく口にしたその言葉に、俺はこくりと頷いた。


 けど、俺は知っている。


 本気の思いが必ずしも報われるわけではないことを。


 多分、みんな知っているんだ。


 それでも前に進もうとするのは。


 きっと、その先に幸せがあるって信じてるからなんだろうな。

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