第243話 今日の京都の恋模様⑪
一度目は海だったな。
あのときは柚木とグルでまんまと騙されたんだよな。
二度目は文化祭のとき。
あのときはマジで誰だよって人が力を貸してたっけ。去年のクラスメイトだったみたいだけど。
それがあるからもう何でもありなんだよなあ。
しかし。
こいつは今、大きなミスをしている。
背中に胸の感触がない。
陽菜乃の大きさならば目を覆おうとするとどうしてもそこは当たってしまうはずだ。
そうならないような姿勢でいるなら一度見てみたいものだ。
俺にこんなことをしてきそうな奴の中で胸があまり大きくない女子は誰だ……思い出せ、全員の胸部を。いやこれキモいな。
「秋名だな?」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサーだ」
正確に言うならば秋名梓(CV.日向坂陽菜乃)だろうな。
俺が解答を口にするとゆっくりと視界を覆っていた手が離される。久しぶりの光に眩しさを覚える中、俺は正解を確認する。
「……嘘だろ」
「正解は梓ちゃんでしたー」
「え、陽菜乃は!?」
「いないって。ていうか、正解したのになんで陽菜乃の姿を探すのさ?」
「声は陽菜乃だったじゃん。近くで声だけ出してると思ってたから」
「似てたでしょ?」
「マジなら本当に感心する」
「やだ、隆之くんったら梓照れちゃうぅー」
「脳がバグるから止めてくれ」
ぶっちゃけ分からなかった。
いや、今こうしてちゃんと秋名だと認識した上でならばかろうじて判別はできるけど。
「一人でどっか行くの?」
「ちょっと自販機まで」
「お、目的地一緒じゃん」
らしいので、俺たちは並んで歩き始める。目的地一緒でわざわざ別々に行く理由はないし。
「さっきの、なんで分かったの?」
「え、そりゃ……」
おっと危ねえ。
胸の感触が背中に感じなかったから、とかさすがにきもすぎる理由は言えない。
「……なんとなく?」
なので適当に誤魔化しておこうと思ったんだけど、そんな小細工が秋名さんに通じるはずなかった。
「まあ、おおよそ陽菜乃の胸の大きさなら背中に当たるはずなのにそれがなかった。自分にこんなことをしてくる奴の中で胸が小さいのは……って感じだろうけど」
「もう怖いって」
そんな話をしていると自販機に到着した。いろんな自販機が並んでいて、飲み物一つ買うだけでも迷ってしまうな。
「志摩さんの奢りっすか。あざーす」
「なんで俺が奢らないといけないんだよ」
「私のだーれだを見破った理由を陽菜乃に報告しようかな?」
「……なにがいい?」
こんなの脅しじゃねえか。
秋名が選んだファンタグレープと、自分のカフェオレを買って近くにあったベンチに腰掛ける。
ぷしゅ、とプルタブを開けた秋名の缶が鳴いた。俺もそれに続く。お風呂上がりはコーヒー牛乳を一気飲みしたいところだけど、なかったのでカフェオレで我慢しよう。
「どうよ、楽しんでる?」
「まあ。それなりに」
視線は前を向いたまま。
人が通ることもないロビーを見ながら、俺たちは言葉を交わす。
「ていうか、浴衣なんだな?」
「それは志摩もでしょ?」
「俺は樋渡が着ようって言うから」
「私もくるみに言われてだよ。だから、陽菜乃も今は浴衣だよ?」
「だから?」
「おはだけとか見れるかもね? どうどう? うちの部屋とか来ちゃう? 男子からしたら楽園でしょ?」
「その代わりに先生に怒られるからパスで」
「なんだよー、女子部屋への夜這いは修学旅行の楽しみの一つだろー?」
「……言い方」
夜這いではないだろ。
よく聞く話ではあるけど。でもあれだいたいがなんかトラブルに巻き込まれるからなー。
「まあいいけど。このあとレクリエーションあるでしょ?」
「だな」
「さっき別のクラスの女子に聞いたんだけどさ。あ、脱衣所でね。更衣真っ只中の女子と話してたんだけど」
「その補足情報はいらないだろ」
俺のツッコミはスルーして、秋名は続ける。
「なにやら肝試しっぽいことするみたい」
「えー、昼に肝は試したじゃん」
「それは任意だろ」
あれでもうお腹いっぱいだよ。
とは言え、俺がここでどう言おうが決行する未来は変わらないんだから言うだけ無駄か。
「男女二人のペアで回るみたいなんだけど」
「ベタだなー」
「肝試しを回った男女は上手くいくってジンクスがあるらしいよ」
「……ベタだな」
ああいうのは結局、偶然に偶然が重なっているだけに過ぎない。オカルト的な力なんて全然働いてないんだ。
けど。
「そういうのってランダムだろ?」
今はゲン担ぎでもなんでもしておきたいところだ。
「まあね。でも、不正……っていうほどじゃないけど、そういうのも黙認されてるからわりと自由に組めるらしいよ」
「へ、へえ」
「意中の相手がいない人はランダムを楽しんで、意中の相手がいる人はその人とって感じなのかね」
「結構好き放題できるんだな」
「修学旅行だしね」
そう言った秋名がぐびっと、缶に残っていたジュースを一気に飲み干す。
そして、よっと小さく言って立ち上がった。
「回れるといいね。意中の相手と」
にたー、と笑った秋名はゴミを捨てて先に部屋に戻っていってしまった。
*
というわけでそのレクリエーションの時間がやってきた。
浴衣だったのもつかの間、俺たちは部屋着であるジャージに着替えて外に集合していた。
夜は明かりもあまりなく、ざわざわと風に揺られる高い木が妙に不気味だった。
一組から三組までが合同で行われるらしく、集合すると結構な大所帯となっている。
どういう方法で決まったのかは知らないけど、それぞれのクラスの代表者がくじを持って回る。
どうやらくじ引きはクラス毎らしい。まあ、三クラスってなると見つけるのだけで疲れそうだし仕方ないか。
「僕が日向坂とだったら、換えてやるから安心しろ」
「秋名だったらオレにくれよ、樋渡クン」
「分かってるよ」
そんな感じで。
全員がくじを引き終える。
さて。
陽菜乃とペアになれればいいんだけど。
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