第241話 今日の京都の恋模様⑨


 ホテルに到着すると暫しの間自由時間が設けられた。いろいろと見て回って疲れた体にはナイスタイミングな休息だ。


「あれ、なんか人少なくない?」


 修学旅行委員の集まりを終えて、みんなより遅く部屋にやってきた俺はそんなことを思った。


 樋渡はスマホを触っていて。

 伊吹はお茶を淹れていて。

 木吉はなんかはしゃいでる。


 吉岡と大原がいない。


「修学旅行といえばっていうイベントを実行するための下見に行ったぞ」


 寝転がっていた樋渡は、よっと小さく言いながら体を起こす。

 ちょうどそのときに伊吹が人数分のお茶を淹れ終えて、テーブルにコップを置いた。


「なにそれ」


「覗きだよ」


「ダメじゃん」


「まあ、バレたらな」


「犯罪者の思考じゃん」


 ずずず、とお茶を飲みながら言う樋渡はどこまでも落ち着いていて、テンションに起伏がない。


「そういうのも楽しみの一つなんだよきっと。心配しないでも、どうせ上手くいかねえよ」


「そりゃそうか」


 こんないい感じのホテルが、そんな隙を残しているはずないしな。


 改めて部屋を見渡す。

 広い和室の中央にはテーブルがあって、その周りには人数分の座布団がある。

 テレビの他には押入れがある程度で、ものがないが故に部屋が広く感じる。

 障子を挟んだ先には広縁がある。あのイスとテーブルがあって将棋とか指したくなる空間。あそこなんでこんなに魅力的なんだろ。


 シンプルイズベスト。

 これぞ修学旅行の部屋って感じだ。


「そうでもないみたいだよ」


 俺と樋渡の会話を聞いていた伊吹がそんなことを言う。どういうことだ、と樋渡が返した。


「修学旅行のそのイベントは毎年恒例らしくて、先輩からいろいろと聞いていたから」


「恒例ならそれこそ対策されてるのでは?」


「対策されてないから恒例なんじゃないか?」


「……だったら止めたほうがよくない?」


 それはなんか良くない気がする。

 普通に考えれば止めるのが正解だよな。


「志摩的には日向坂の裸を他の男子には見せたくないんだよな」


 からかうように樋渡が言ってくる。


「いや別にそういうわけじゃないけど。倫理的にダメだろ」


「オレは秋名の裸を他の誰にも見せたくないぜ?」


 広縁の方でウェイウェイしていた木吉がいつの間にか戻ってきて、そして高らかにそんなことを言った。


「志摩クンも素直にそうだって認めなよ」


「いや、まあ……」


 そりゃ。

 良くはないけど。


「止めに行こうぜ!」


「え、あ」


 腕を引っ張られ、俺は無理矢理に木吉に連れて行かれた。樋渡と伊吹が「いってらー」と他人事のように言って見送ってくれた。

 せめて一緒に来いよ。


 というか。


 引っ張られながら思う。


 どちらかというと覗きイベントとか率先して参加しそうなキャラなだけにこの行動は意外だった。


 恋というのは人をここまで変えるんだな。


 廊下を進み、外に出て、なんかよく分からない道をぐるりと回っていく。


「場所知ってんの?」


「二人に教えられたからな」


「そうなんだ」


 あっちこっちに進んでいくと、話し声が聞こえてきた。

 そちらへ向かうと男子生徒がひいふうみい……数えるのも面倒だけど十何人くらいかがたむろしていた。


 みんな覗きの実行犯ってことかな。


「おお、木吉。やっぱり気が変わったのか?」


 木吉を見つけた吉岡が言う。

 さっき声かけたときには断ってたんだろうな。どうせならそのときに止めればよかったのに、と思う。


「覗きなんてバカな真似はやめろ!」


 吉岡の言葉はスルーし、大きな声で木吉がそう言った。


「オレと志摩クンが阻止しに来た!」


 木吉の発言に対し、男子連中はざわつき始める。中には「なんで志摩?」「あいつ日向坂独り占めする気だよ」「リア充死ね」みたいな声があった。

 さらに「木吉どうした?」「頭打ったか?」「後で一人で見に来る気じゃ?」という声も聞こえてきた。


 いずれにしてもロクなこと言われてない。


「志摩クンも何か言ったれ!」


 俺を巻き込むの止めてくれぇ。

 男子連中が俺を見る。というか、睨んできてる。言いたいことあるなら言えやみたいな目をしていた。


「覗きとかはあんまり良くないと思うし、やめといた方がいいんじゃないかな。そんなことせずに、堂々と拝めるように頑張ればいいじゃん」


 すると。


「うるせえ!」

「お前は日向坂いるからいいだろうよ!」

「こちとら相手いないんだよ!」

「童貞卒業してえー」


 みたいな感じでめちゃくちゃ非難の声を浴びせられた。俺別に悪くないだろなんでこっちが悪みたいな空気になってんの?


「中々諦めてくれないね。どうする?」


「どうするって言われてもな。数で負けてるし」


「もういっそのこと一緒に覗いちゃうとか」


「いやダメだろ。ミイラ取りがミイラになる典型的なやつじゃん」


 別に説得されたりはしてないけど。


 あれ。


 ていうか。


「柚木!?」


「やっほー。ナイスノリツッコミだね、隆之くん」


 グッド、と柚木が親指を立てる。

 ぱちりとウインクを決めた顔は相変わらず可愛らしい。突然の女子の登場に男子連中も困惑する。


「なんでここに?」


「ここから女子のお風呂を覗くのが毎年恒例なんでしょ?」


「らしいけど」


「それをここで阻止するのも、毎年恒例なんだよ」


 すると、ぞろぞろと別の女子も姿を見せ始めた。そこにいた陽菜乃と目が合った。『隆之くん、なんで……』みたいな顔してる。


「ちょっと待って、俺は別に覗きをしようとしたわけじゃないぞ?」


 慌てて訂正をする。

 しかし陽菜乃の表情は変わらない。

 

「い、いいんだよ。男の子だもんね。わたしはそういうのに理解のある女の子だからだいじょうぶだよ。引いたりしない」


「絶賛引いてる顔してるのに!?」


「おい志摩! 一人だけ善人面するのはやめろ!」

「俺達は一蓮托生、死ぬときも一緒だと誓っただろうが!」

「自分だけ助かろうとするのは愚かだぞ!」


「さっきまでの敵意どこ行った!?」


 わーわーと男子連中が騒ぐ。

 自分たちはどうあっても終わりだからせめて一人でも道連れを、みたいな考え方してやがる。


「柚木は知ってるだろ?」


「うん。一部始終見てたからね」


「だったら真実を伝えてくれ」


 任せて、と柚木は頼もしく親指を立てて陽菜乃の方を向き直る。


「隆之くん! めっちゃ鼻の下伸ばしてましたぁ!」


「柚木ィィィいいいいいいい!!!!」


 その後、誤解を解くのが大変だった。冗談だよという柚木の言葉で終止符が打たれた。


 ちなみに。


 俺と木吉を除く、その場にいた男子連中は漏れなくペナルティを与えられるそうだ。


 どうやら、そこまでが恒例行事なんだとか。


 つまり男子は女子に、してやられたということだ。

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