第240話 今日の京都の恋模様⑧
さすがに本格的だな。
本当に映画の中に入り込んだような感覚に陥る。それくらいにリアリティのあるものだった。
おかげで、大奥かな? ていうくらいに歩くスピードが遅くなってしまう。
陽菜乃は手を繋ぐだけでは飽き足らず、俺の服まで掴み出した。しっかり震えていて、とにかく怖がっているんだということが伝わってくる。
断ればよかったのになぁ。
「大丈夫?」
「……だいじょうぶに見える?」
「見えない」
「そっか」
もう怖さのあまり普段のような会話さえままなっていない。それくらい怖いのに俺とお化け屋敷に入りたいが為に我慢していたと思うと、愛おしく思う。
守ってあげたい。
俺は強くそう思った。
「……」
人が死んでいた。
壁にもたれかかってぐったりしている。鎧武者というか武士というか、そんな感じだ。薄暗いしそもそもあんまり見たくないので詳細までは分からない。
これ、絶対動くよなあ。
腹括っとけばちょっとはマシかな。
ていうか、動くことが分かっていたら怖くないよな。だって予想通りなんだもん。
動かないであろうものが突然動くことに恐怖を感じるのであって、動くだろうというものが動いたところで、ですよねってだけだ。
うん。
余裕だ。
が。
次の瞬間だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
予想通りもたれかかっていた人がガタガタと動き出した。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「きゃああああああああああ!!!」
予想通りでも、怖いものは怖かった。
普通に声出たし、陽菜乃を連れて走り出した。陽菜乃も危機的状況に陥ったからか普段以上の反応の良さを見せた。
そして何とか逃げ切る。
そんな俺たちの前に現れたのは一枚の障子だ。周囲を見渡してもここ以外に道はない。
え、これ開けるの?
「これ開けるっぽいんだけど」
「……」
陽菜乃はもう我慢が限界モードらしく、俺の言葉も耳に入っていない様子だ。
自分以上に怯えている人を見ると、意外と冷静になれるもんだな。もちろん怖いは怖いんだけど、ちょっとだけ気持ちは落ち着いていた。
「開けるよ」
「……」
返事はなかった。
けど微かにこくりと顔が動いたような気がしたし、そうでなくても開けなくてはならないので障子を開く。
これ絶対なにかあるよな。
開いた瞬間に飛びかかってきたりしなければいいんだけど、と思いながらゆっくりと開いていき次の部屋を見てみる。
しかし、なにも起こらない。
ほっと、胸をなでおろした。
そのときだった。
「き」
「き?」
瞬間。
それはあまりにも刹那的な出来事だった。
か細い声が耳に届いたかと思えば、リモコンで音量設定間違えたかなってくらいに大きな悲鳴が鼓膜を刺激した。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!?!!?!?!?」
聞いたことない声量だった。
そして、彼女を抑えていたリミッターが壊れたのか、突然走り出す。俺はそれに反応しついて行く。というかぶっちゃけ引っ張られた。
手はしっかりと握られたままだから。
もしかしたら何かが起こったのかもしれない。でも俺はそれに気づかなかった。
恐怖の渦中にいた彼女の感覚は最大限までに研ぎ澄まされていて、だからこそ微かな音にも気づいたのかも。
なんてことを考えていたら、いつの間にか出口に辿り着いていた。
外の光が見えたとき、俺は心底ほっとした。
まるでリレーでゴールテープを切るように陽菜乃は出口から飛び出した。俺はそれにただ引っ張られていただけ。
そんな状態で出てきた俺と陽菜乃を見て、柚木と樋渡はめちゃくちゃ笑っていた。
*
それからいろいろと回って、俺たちはバスでホテルに移動していた。
どういうわけか、俺の隣には秋名が座っていた。
「なんで俺の隣?」
「なんだよ、私じゃ不服なわけ?」
「そんなこと言ってないけど」
陽菜乃も、柚木も、樋渡も、今回のバス移動は皆それぞれ他の人たちと座っている模様。
そうなると、隣に座ってくれた秋名に感謝すべきか?
「秋名って怖いのダメだったりする?」
「どして?」
「お化け屋敷に行くときに逃げたから」
そう言えば、秋名のことだから適当なことを返してくるんだろうということは分かっていた。
「まあ、得意か苦手かでいうなら苦手だね」
だから、そんな言葉が返ってきたことが意外でならなかったのだ。
「なんだよ?」
「いや、素直に認めたから」
あるいは、これが嘘という可能性だってあるけど。秋名梓という人間は本当によく分からない。
「別にダメってほどじゃないよ? ただ、別に好んで入りたくもないだけ。苦手度合いでいうなら陽菜乃の方がダメなんじゃない? 一人であの子の面倒見るのは大変だったでしょ?」
「……まあ、それは」
大変だったけども。
「ていうか、なんで俺と陽菜乃が二人で入ったこと知ってるんだよ?」
まさか見てたのか?
だとしたら何ともたちの悪い話だ。
「そんなの想像つくよ」
秋名はいとも簡単にそう言った。
すべてのことを見透かされているような不思議な感覚に襲われて、俺は話題を変えることにした。
「俺たちがお化け屋敷に行ってる間、一人でいたのか?」
「いや、そのつもりだったんだけどね。伊吹くんたちに会って、ちょっと喋ってたんだ」
ふうん、と頷く。
伊吹たちってことは、そこに木吉もいたんだろうな。修学旅行中に偶然遭遇とはラッキーだったな。
「伊吹と仲良かったっけ?」
「別に普通くらいかな。話すときは話すくらいの、クラスメイトだよ」
そういえば伊吹も似たようなこと言ってたな。
友達ではなくて、あくまでもクラスメイト。二人の距離感に対する考えは一致しているようだ。
「じゃあ、木吉とかは?」
「……木吉くんねえ」
うーん、と秋名は唸る。
伊吹のときとは違うリアクションに違和感を覚えた。それはどっちの意味の思考なんだろう。上手く訊ける自信がないのでこれ以上は踏み込めないけど。
「まあ、うるさいよね」
「それは同意だけど」
「けど、いい人なんだろうね」
「それも、同意だけど」
別に悪い印象は持っていないようだし、これならば告白すればワンチャンくらいあるのかな。
ワンチャン、か。
木吉はワンチャンくらいの可能性しかなくても前に進もうとしてるんだな。
凄いな。
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