第239話 今日の京都の恋模様⑦
「よし、じゃあ二人ずつ入ろうか」
ぱんと手を叩きながら柚木がそんなことを言う。
「いやいや、別に二組に別れる必要はないだろ。他にもお客さんはいるんだからまとめて入ったほうがお店の方に迷惑がかからない。だからここは四人まとめて入るべきだ」
「……いつもより早口だ」
ぽそりと呟く陽菜乃の発言は置いておいて俺は柚木の説得に努める。
「それにせっかくの修学旅行なんだからみんなで思い出を作るのも大事だろ。だからだな」
「隆之くん、怖いんだー?」
「志摩きゅん、かっこわるーい」
そんな俺に柚木と樋渡がくすくすとわざとらしく嘲笑チックな笑いを見せてきた。
分かっている。
これが安っぽい挑発であることは。
クレバーになれ、志摩隆之。一時の感情に流されてここで『よっしゃやったらァ』なんて言おうものなら後で絶対に後悔する。
「いや、怖いとかじゃないけどね。ただ、やっぱり回転率とかを考えてね」
「でも、ほら」
次々と思いつく言い訳を投げる俺に、柚木はお化け屋敷前にやってきたとあるグループを指差す。
「よっしゃ行くか!」
「せっかく男女合わせて六人いるし、ここは別れて行くべきっしょ」
「さんせーい」
「お化け屋敷といえば男女ペアだよねー」
なに言ってくれてんだよ。
そんな憎しみを抱きながら柚木の方を向き直ると、ほらね? みたいな顔してくる。
「いや、あいつらは六人グループだから」
「関係ないでしょ……」
ぐぬぬ、と唸る。
そろそろ言い訳も弾切れだ。なにか別の切り口から攻めなければ。そもそも二対一では分が悪い。ここはこちらにも味方が欲しいところだ。
「陽菜乃はどう思う? みんなで行きたいよな?」
ということで、陽菜乃をこちらに引き入れる大作戦だ。
陽菜乃が怖いものが苦手、みたいな話は別に聞かないけど、なんか得意ではなさそう(願望)ではあるし。
「わたしは、ここくらいは別れてもいいと思うよ。また一緒に行動するわけだしね」
「え」
まさかの裏切り。
陽菜乃は崖で落下しそうな人間を蹴り落とすような人間だったというのか嘘だろ。
「というわけだよ、志摩。観念しな」
「そうだよ隆之くん。けど、まあ怖いっていうなら考えるけど」
引くに引けない。
怖いわけではない、と一度否定してしまっているから。ここで改めてその言葉を口にしたら『さっき怖くないって言ってたのに(笑)』みたいな感じになる。
仕方ない。
覚悟を決めるか。
「いや、全然大丈夫だけど。あくまでもお店側に配慮した提案をしただけだから」
それに。
史上最恐のお化け屋敷だとか言うけれど、所詮はただのアトラクションだ。
結局入ってしまえば、終わってしまえば名前負けしてたなーみたいな感想を漏らして終わりだろう。
「それじゃあ、あたしと優作くんは先に行くね。隆之くんは陽菜乃ちゃんと後でどうぞ」
「一応聞くけど、お前らは怖くないのか?」
「怖いように」
「見えるかい?」
きらっきらな笑顔で決めた二人はルンルンと上機嫌に行ってしまう。
まあ、ですよね。
「俺たちも行くか」
「そうだね」
二人に続いて俺たちも中に入る。
特に難しいルールなんかはなくて、ただ決められたルートを通って出口に向かうだけだった。
置いてあるものや人には触れないとも言われたけど、どこにでもあるルールだから言われるまでもなかった。
ただ一つだけ。
絶対に引き返さない。
というルールだけは念入りに説明された。途中にリタイアエリアみたいなものはなく、一度入ったならば必ず出口まで進まなければならない。
それがなんというか、こちらの恐怖心を煽ってくる。そんなに怖いのかな? と思わされるけど今更引き返せない。
「大丈夫か?」
「うん。隆之くんは?」
「だだだ大丈夫」
「大丈夫じゃない!?」
そんなわけでスタートだ。
既に先に出発した柚木と樋渡の姿は見えない。まあ、これは当たり前だよな。
「結構暗いね」
「そうだな」
薄暗いというには暗く、真っ暗というには明るい、そんな感じだ。目が慣れてきたら見えてくるけど、そうでない状態だと微かに見える程度で両側の壁を頼りに進む必要があった。
……もう怖え。
「進もうか」
「うん」
戦慄迷宮というお化け屋敷がある。
どこの遊園地だったかは忘れたけれど、テレビなんかでもよく見る、それこそめちゃくちゃ怖いと噂のお化け屋敷だ。
体験したことはないけれど、あそこはリタイアが可能なんだとか。至るところにリタイアの扉が用意されているらしい。
それだけリタイアを望む人が多いのだろう。所要時間も結構長尺だと聞く。
比べて、ここはそこまで長いわけではないらしい。
リタイア不可というのは、リタイアを望む人が少ないからなのか。
あるいは……。
逃がすものか、的なことなのか。
「隆之くん」
薄暗い部屋の中で、陽菜乃が弱々しく俺の名前を呼ぶ。
「どうした?」
「手を、つなごうか?」
「な、なんで」
内装は和をイメージしたものになっていて、どこもかしこもおどろおどろしい。
実際に映画なんかで活躍する人たちが手掛けているらしいので、いろんなものが本格的だ。
まだ一度も人は出てきていないけど、それがなくても普通に怖い。
「べ、べつに怖いとかじゃないんだからねっ。隆之くんが怖そうだから、安心させてあげようと思ってるだけなんだから!」
「急なテンプレツンデレ」
目が慣れてきて、陽菜乃の表情くらいなら見えるようになってきたけど、明らかに怖がってますね。
「本音は?」
「怖いから手をつないでほしいです」
「さっき大丈夫みたいなリアクションだったじゃん。怖いならみんなで入ればよかったじゃん!」
入るまでは澄ました顔をしていた。
あれは怖いの大丈夫顔だった。俺も騙されるくらいには完璧な演技だったぞ。
「隆之くんと二人で回りたかったの」
「えー」
なにそれ返す言葉なくなるー。
そんなこと言われたらこれ以上なにも言えないじゃん。しかも先導しないといけない感じだし。
陽菜乃が怖くないならあの手この手で前を歩いてもらおうと思っていたのに全部ボツだよ。
「隆之くんがお化けに動じることなく突き進んでいく格好いい姿が見たかったの」
「その期待には応えられそうにないよ」
お化けには動じるし。
突き進むどころか腰引けまくりだろうし。
格好悪い姿しかお届けできない。
「けど、まあ、陽菜乃がそうな以上は仕方ないな」
俺は陽菜乃に手を差し出す。
陽菜乃はそれを嬉しそうに握ってくる。
「格好いい姿は見せられないだろうけど、男は見せるよ。悲鳴を上げても引かないでくれよ」
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