第237話 今日の京都の恋模様⑤


 京都。

 それは日本の古き良き景色や風習といった様々な歴史と和を楽しめる場所だ。金閣寺や清水寺など、文化財が多く残る地域でもあり外国人から凄まじい人気を集めている。


 こともあり。


「人多いなー」


 京都駅に到着し、新幹線を降りた俺たちはそのままぞろぞろと改札を出たのだけれど、そこで思わずそんな声を漏らしてしまうくらいには人で溢れていた。


「ほんとだね。それも、外国人の方が多い?」


 クラスごとに集まり、点呼をするのが修学旅行委員の仕事なのでそれを実行した俺たちは先生のところへ報告に向かうがてらの雑談をしていた。


「人気だとは聞いていたけど、まさかここまでとは」


「なんか、他の学校の人もいるね」


「あー、あれも修学旅行生かな?」


「かもね。どこに行っても人が多いことは覚悟しておいた方がいいかも」


 人混みかあ。

 できることなら避けたいんだけど、修学旅行でまで窮屈な思いはしたくないからな。

 けれど、そんなこと言ったところで要望が叶うわけでもあるまい。ここは諦めて受け入れるのが吉か。


「点呼終わりました。全員います」


「ああ、ご苦労。それじゃあバスに移動するから全員に伝えてくれ」


 それはあんたの仕事じゃないのか、という言葉を飲み込み俺はざわざわと雑談を続けるクラスメイトに伝えることにした。


 さすが治安の良い我がクラス、雑談してても話は聞いてくれてるし、そうなったらキビキビと動いてくれる。


 流れ的にみんなのところに戻るタイミングを逃したので、俺と陽菜乃はクラスメイトの列の最善を歩く。


「これから行くのって映画村だったっけ」


「そうだよー。よくおぼえてたねー。えらいねー」


「その急な子供扱いなに!?」


 俺がツッコミを入れると陽菜乃はくすくすと楽しそうに笑った。どうやら彼女なりのボケらしい。本当にテンション高いぜ。


「陽菜乃は行ったことあるのか?」


 確か、京都に来たことがあるとは言っていた気がする。俺はもちろんないのだが、どうなんだろう。


「んーん。わたしも初めてだよ。なんかあれなんだよね、すごい昔の町並みがあったりするんだって?」


「とは書いてたよな」


 映画村、というだけあって映画っぽい景色があったりするのだろうか。なんかあんまり想像できないな。


「バスはこのまま入ってけ。前から順に座っていくんだぞ」


 バスに到着した俺たちは先生にそう案内される。それに対して意見する生徒はいなくて、そのまま流れでバスに入っていった。


 もちろん、最前を歩いていた俺たちはバスに乗車し一番前の席に座ることになる。


 大きい荷物はこの時点でバスの下の荷物を入れる場所なのかは知らんけどそこのスペースに預けることになったので随分身軽だ。


 それでも人によってはリュックだったりと少し大きめのカバンを持っている。陽菜乃なんかもそうだ。


「隆之くん、奥行く?」


「どっちでもいいけど」


「じゃあ奥に行ってもいいよ。京都の景色を楽しませてあげよう」


「外の景色、だいぶ都会だけどな」


 まあいいか、と思い俺は奥の席に座る。俺はちょっと大きめなショルダーバッグなので、わざわざ上に乗せるほどでもなかったからそのまま膝に荷物を置く。


 ちら、と横を見る。

 何気なく、悪気なく、ただ何となく見てみただけなのだが。


「……」


 リュックを上に乗せるためにグッと背伸びをして両手を上にあげる陽菜乃の胸部が非常に強調されていて視線が困りました。


 感想文かな?


「どうしたの? 顔赤いよ?」


「ああいや、なんでも」


 ケホケホとわざとらしく咳をして誤魔化した。いくら陽菜乃でも胸見てましたとか言われたら普通に引くだろうし。計画前に好感度を下げる行動はご法度だ。


「そう?」


 そして、隣に腰掛ける。

 これくらいの距離は以前にもあったし、なんなら歩いているときと大して変わらないはずなんだけど。


 バスの座席ってなんかいつもより近く感じるんだよな。


 ぞろぞろとクラスメイトが入ってくる。多分、意識はしてないんだろうけど入ってすぐのところに座っている俺たちの方をみんな見ていく。


 途中、通過していった秋名、柚木、樋渡、堤さん、さらに他数名はにたーと笑ってきた。

 なに考えてるのかはだいたい予想できた。


 そんな感じでクラスメイト全員が乗り込んだところで、バスは映画村へと出発する。


 窓から見える町並みは普通に都会で、もちろんうちの近くに比べると栄えているので見慣れているとまではいかないんだけど、それでも俺たちが京都に求める風景ではなかった。


 そりゃ場所によってはそうだろうけど。そもそも新幹線止まってるし、その時点で人が集まるわけだし、そうなると栄えるのも無理はない。


 しかし。


 バスが進んでいくと、徐々に緑が増えていく。自然、というよりはなんというかこう、和というか古というか、そういう意味では緑という表現は違うか。


 とにかく、いわゆる京都らしい風景が流れ始めた。


 他のクラスメイトも外の景色を楽しんでいるようで、俺もぼーっと京都の風景を眺めていたのだが。


「わたしも見ていい?」


 グイッと陽菜乃が身を乗り出し、窓から外を見ようとした。つまりどういうことかというと近い近い近い!


 外を見ているせいか気づいてないけど、顔はもう目と鼻の先にある。ちょっと動かしたら触れるくらいに。

 体も当たってるし。

 柔らかいしいいにおいするし。


 ああダメだ。

 これ良くない流れだ。

 心頭滅却しよう。心頭滅却すれば下心もまた良し。なんだそれ。


「ねえ見て隆之く……ん……」


 なにかを見つけテンションが上がった陽菜乃が躊躇なくこちらを振り返ってきた。

 そこでようやく現在の状況を察したらしい陽菜乃は固まり、顔を赤くする。


「……あれ、すごいよ」


 無理やり話を続けたっぽいけど、俺の心臓ももう限界である。


「とりあえず座り直したら?」


「う、うん。そうするね。ごめんね」


「……別に謝ることはないけど」


 それから。

 俺たちは外を眺めることを止めて二人でどうでもいい話をして到着を待つことにした。

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