第236話 今日の京都の恋模様④


 大人ならば出張だ旅行だと新幹線に乗る機会は多いのかもしれないけれど、我々子どもにとってはこの景色は滅多に見れるものではない。


 感心するし、感動もする。


 チケットに書かれている座席を探して、見つけて、そこに座る。その当たり前のような行程にさえテンションが上がってしまう。


「お、ここだな」


 隣の席以外はランダムなので、陽菜乃や柚木は別の場所へと行ってしまう。最悪の場合、車両さえ変わってしまう可能性もある。


 ここで陽菜乃と隣がいいと言えないところが俺のダメなところだな。


 荷物を上に置き、俺と樋渡は腰を下ろす。


「日向坂と隣が良かったか?」


 俺の思考を読んだように、座ってすぐ樋渡がそんなことを言った。想定外の言葉に俺は「う、え、なんで?」と動揺してしまう。


「そんな顔してたから」


 くくっとおかしそうに樋渡は笑った。


「どうしようかって話はしてたんだよな、二人がせっせと仕事をしているときにさ」


「そ、そうなのか」


 からかってはくるけれど、秋名も樋渡も、最近は柚木だって、いろいろとサポートしてくれるし背中も押してくれているんだよな。


「けど、初っ端からそんな飛ばす必要はないかって結論に至ったんだよ。お前に取っては大事なイベントだろうし、それは日向坂にとっても同じだろうけど。でも、僕たちにとってもそれは同じなんだわ」


「というと?」


「二人の時間は作ってあげたいけど、僕たちだって志摩や日向坂と修学旅行を楽しみたいってこと」


 そういうことか、と思う。

 それは確かにそうだ。陽菜乃との時間は大切だけど、それと同じくらい俺はみんなとの時間も大切だ。

 そして、それは陽菜乃だってきっとそうで。


「よくもまあそんな恥ずかしいセリフを照れずに言えるな」


「修学旅行だからな」


 そう言って、ニカッと樋渡は笑った。



 *



 隆之くんと樋渡くんが先に席を見つけて座って、わたしたちはさらに先へと進んでいく。

 クラスごとの席ではあるんだろうけど、ちょっとずつちょっとずつズレていって、車両を跨いでしまうクラスもあるみたい。


 そして。


 それがうちのクラスだとはこれまで思ってもいなかった。


「残念?」


 座ってすぐに梓がうふふと楽しそうに笑いながら訊いてくる。こんなときでも変わらないな、と安心してしまう。


 いや、こんなときだからこそテンションが高いのか。


「まあ、そりゃね」


 わたしは本音を吐露する。


「変わってこようか?」


 これは多分本音だろうな。

 けれど、とわたしはかぶりを振った。


「ううん、だいじょうぶ」


「そ?」


 梓は意外そうな顔をした。

 わたしってそんなに隆之くん第一なイメージ持たれてるのかな。別にそんなつもりはないんだけれど。


「うん。隆之くんと一緒にいたい気持ちはあるけど、梓たちとも同じくらい思い出作りたいから」


「嬉しいこと言ってくれるねえ」


 よよよ、と梓は泣きまねをする。

 そのときだ。


「ほんと、そんなことを言ってくれる女の子にこれだけ好かれといて手を出さない志摩はどうなんだろうね」


 くるみちゃんと真奈美ちゃんがやってきて、前の席をくるりと回す。こうして四人で向かい合って座れるのって珍しいからちょっぴり楽しいな。


「ここいい?」


「許可前に回してんじゃん」


「まあねー」


 梓と真奈美ちゃんは結構フランクに話し合うんだな、と思う。こうして話しているところって意外と見なくて。


「やっぱり修学旅行ということもあって、男子も女子も目をギラギラさせてるね?」


 真奈美ちゃんが自分の目を釣り上げながらそんなことを言う。

 それはなんとなくわかる。わたしもそうだけど、なんだか周りを見るときの目がちょっといつもと違うんだよね。


「堤ちゃんはどうなの?」


 梓が訊く。

 流れとしては普通だし、それを訊かれることなんて想定内だったのか表情一つ変えずに真奈美ちゃんは口を開く。


「私? 好きな人はいないけど、告白されたら考えてやってもいいかなー」


「めちゃくちゃ上からだね」


 くるみちゃんがあははと笑いながらツッコんだ。確かに自分に自信がある人の考え方だった。とてもじゃないけどわたしには無理だ。


「告白してくるってことは私に気があるんでしょ? なら選択権は私にあるのよ」


「とりあえず付き合ったり?」


 そう訊いたのは梓だ。


「まあ、そだねー。よっぽどじゃなければいったん付き合ってもいいかもね」


「好きでもないのに?」


「好きになんて、付き合ってからでもなれるもの。だから私はとりあえず付き合うかも。友達は大丈夫だけど恋人にするにはちょっと違うかなってパターンあったりするしさ」


「それはちょっと分かるな」


 くるみちゃんは何かを思い出すようにぽつりと相槌を打った。遠い目をしていて、きっとなにかあったんだなって思わされる。


「でしょ? 友達期間を設けていざ付き合ったら合わなかったってなると、時間の無駄かなって」


「それは確かにそうだけど」


 言ってることは正しいのかもしれないけれど。


「合理的ではあるけど、ちょっとロマンに欠けるよね」


 わたしが思ったことを口にしたのは梓だ。

 彼女がそう思っているというのはちょっと意外だ。長く友達をやっていても知らないことってたくさんあるんだな。


「ロマン、ねー」


「付き合うまでの長々と続くあれこれがあっての方がいざ付き合ったときのカタルシスあるくない?」


「それは夢物語でしょ。現実に追い求めるだけのロマンがあるなら私もそうするけどね」


 合理的だし、リアリストだな。

 確かに漫画のようなことが現実で起こることなんて早々ありはしないし、真奈美ちゃんの考えの方が正しいのかもしれないけど。


 そもそも、正しい間違いなんてものはないか。


「だからね」


 と、真奈美ちゃんが続ける。


「そういうロマンの中にいる陽菜乃ちゃんが羨ましいよ。こういう恋愛もあるんだなって思わされたし、だからこそ最後まで見届けたい。ていうか、楽しみたい」


「最後のが本音だ!?」



 *



「富士山見えるかな」


「どうだろうなー。ポッキーいるか?」


「ああ、さんきゅ」


 窓の外を眺めながら俺たちはそんな会話をする。びゅんびゅんと過ぎていく景色とは逆にここの時間はまったりしていた。

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