第235話 今日の京都の恋模様③
電車を乗り継ぎ、新幹線の駅が近づくにつれて、同じ制服の生徒を見かけるようになる。
集合場所には既に多くの生徒が集まっていて、迷うことはなかった。俺と柚木も自分たちのクラスを探して合流できた。
ワイワイガヤガヤ。
時間はまだ朝だというのに修学旅行ということで皆テンションが高い。もちろん俺だって、態度には出ないけど気持ちは既に高揚していた。
「なんか、いよいよ始まるって感じがするね」
「確かに」
「よお」
すると、先に到着していたらしい樋渡が軽く手を挙げてやってきた。
「おはよ、優作くん」
「おはよう、くるみ。志摩も」
「おっす」
いつも通り、挨拶を済ます。
軽い雑談でも始まるのかと思いきや、樋渡が「そういや、先生が志摩を探してたぞ」と告げてくる。
開幕早々、なんだその不穏なセリフは。
「別に怒ってるとかじゃないから安心しろ。修学旅行委員としての仕事とかじゃないか?」
俺の思考を読んだ樋渡がフォローを入れる。
「そういうことか」
「荷物は見とくから置いてていいぞ」
「サンキュ」
お言葉に甘えて大きい荷物は任せることにして俺は先生のところへと向かう。
その道中、伊吹や木吉、堤さんや雨野さんを見かける。こうして知ってる顔が多いと何故か安心するな。
集団を見渡せるようにか、前の方にいた先生を見つけてそちらへ向かう。
「あの、俺に用事があるって聞いたんですけど」
「ああ、そうだ。これをな」
そういって、先生は何かの束を渡してきた。何だろうと見てみると当たり前だけど新幹線のチケットだった。
「クラスの連中に配ってきてくれ」
嘘だろ。
そういう感情を精一杯表情に表して先生を見る。
「これ、修学旅行委員の仕事ですか?」
あなたの仕事なのでは? と遠回しに言ってみたけど、先生は「そうだが?」と当たり前のように言ってくる。
か、勝てねえ。
「隆之くん、おはよ!」
そのとき。
ぽん、と肩を叩いて挨拶してきた彼女を振り返る。
もちろんそこにいたのは陽菜乃だ。
学校指定の制服を着ているのでいつもと変わらないように見えるけど、髪が二つ括りで降ろされている。
普段は見ることのない新鮮な髪型にどきっとしてしまう。
「それ、配るんだよね?」
「そうみたい」
「どうしよっか。とりあえず点呼を取ってく?」
それがいいか。
一応、点呼用にクラス名簿はもらっている。陽菜乃と二人でぐるりと回りながら確認していくと、うちのクラスは全員集まっていることが分かった。
こういうときにテキパキと動き、誰にでも遠慮も躊躇いもなく話しかけられるのは陽菜乃の凄いところだ。
「みんな、ちょっと聞いてー」
そしてさらに、クラスメイトに呼びかける。本当に凄いな。
「これから新幹線のチケットを渡すので二人一組になってください」
陽菜乃の指示でクラスメイトはぞろぞろと動き始める。グループ全員で一緒にできればいいんだろうけど、そのせいで席がズレていったりすると面倒だ。
なので二人一組で二枚を渡すというやり方にした。
小学生のように素直に言うことを聞いてくれたクラスメイトにチケットを配っていく。
「志摩は僕とでいいよな?」
「ああ」
ということで樋渡には俺のを含めた二枚を渡す。
「陽菜乃は私でいいよね?」
「うん。よろしく」
陽菜乃の分は秋名が預かってくれるようだ。
そうなると、柚木はどうするんだろうと思ったけど、そこはさすが柚木さんといったところで何の問題もなかった。
「柚木は堤さんとか」
「いえーす。よろしくー」
「いえーい」
二人は肩を組んでわざとらしくはしゃいでいた。柚木が誰とでも合わせられるっていうのはあるんだろうけど、それでもこの二人は波長合いそうだな。
そんな感じで全員に配り終えたところでようやく修学旅行委員としてのひと仕事を終えた。
「戻ろっか」
「そうだね」
歩き出した陽菜乃に追いついて隣を歩く。
「あれだな、その、なんだ」
「ん?」
言おうとすると恥ずかしくて言葉にならない。けど、ちゃんと思ったことは伝えたい。
「髪、似合ってるな」
ちら、と陽菜乃の反応を確認するとUの文字にも負けないくらいに口角が上がって瞳がきらきらしていた。
「ありがと!」
そして、ぱんと背中を叩かれた。
陽菜乃にしては珍しいリアクションに驚いてしまう。
どうやら彼女も、修学旅行というイベントにめっぽうテンションが上がっているようだ。
俺もだけれど。
「隆之くんもその髪似合ってるよ!」
「いつも通りなんだけど」
何ひとつアレンジは加えていない。
毎朝セットするとかもないし。せいぜい寝癖を直す程度だ。
「うん。知ってる」
「テンション高い?」
「かも」
くふふ、と口元を抑えて陽菜乃は笑った。これは本当にテンション高いですね。
そんな調子の陽菜乃と共にみんなが待つ場所へと戻る。席のペアの都合もあって、樋渡秋名柚木に加えて堤さんも一緒にいた。
少し離れたところでは伊吹のグループがウェイウェイはしゃいでいた。もちろん、伊吹は傍観で木吉を筆頭に残りの二人がだ。
「そろそろ移動するぞー」
周りへの迷惑を配慮し、移動は主にクラスごとである。先生の合図で俺たちは二列になって歩き始めた。
「駅弁とか食ってみたいよな」
「買う時間ないし、そもそも食べるような時間でもないだろ」
「紐引っ張って見たかったなー」
樋渡は諦めるように言った。
俺もあまり新幹線に乗る機会はないから気持ちは分かるけど、今回は残念ながら見送るしかない。
ホームに移動し、やがて到着した新幹線に俺たちは乗り込んだ。電車とは違う車内に思わず「おー」と感心の声を漏らしてしまう。
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