第234話 今日の京都の恋模様②


『ねえお母さん』


 昨晩のことだ。

 わたし、日向坂陽菜乃はリビングでテレビをぼーっと眺めていたお母さんに尋ねた。


『ん?』


『お母さんとお父さんって高校生のときに出逢ったんだよね?』


『急にどうしたの?』


 わたしはホットミルクを用意して、お母さんの前に座る。そんなわたしを見て、お母さんもしっかり座り直してくれた。


『んーん。なんとなく気になって』


 ふうん、と短く声を漏らしたお母さんは当時のことを思い出してか懐かしげな顔をした。


『そうよ。先輩後輩で、お父さんが私のこと大好きだったのよ』


『てことは、お父さんから告白してきたの?』


 ええ、とお母さんは頷いた。


『告白までが長かったわね。好きなのバレバレだしはよ告白してこいってずっと思ってたのは今でも忘れないわ』


 お母さんの顔を見ていると、当時は本当にじれったく思っていたんだなって伝わってくる。


『どうしてお母さんから告白しなかったの?』


 だからわたしはそう訊いた。

 そう思うってことは、お母さんとしても付き合うことは問題なかったってことだろうし。

 むしろ、早く告白されて付き合いたかったって言ってるようにも聞こえた。


 すると、お母さんはくすりとおかしそうに笑った。


『そんなの、あっちからしてほしかったからに決まってるでしょ』


『だから待ったの?』


『ええ、そうよ。私はあんたのこと好きよ、だから早く告白してきなさいって態度で示し続けたわ』


『そう、なんだ』


 待つ、か。

 たしかに叶うならば告白してほしいと思うけど、でもいつまでも待ってはいられないしなあ。


 告白するとは決めたけれど。


 それでも、わたしの心は揺れていた。


 本当にそうするべきなのかな。

 どうなのかなって。


 ふと。


 時折。


 わたしの中のわたしが、そうやって自問自答を求めてきて。


 そのたびに、ううんと唸ってしまう。

 

 わたしも待つべきなのかな、どうなんだろう、と頭を悩ませてしまう。

 すると、黙ってしまったわたしの頭の中を読み取ったのか、お母さんは楽しそうに言葉を続けた。


『でも、意地にならずにさっさとこっちから告白しとけばなって思ったこともあるよ。そうすれば、それだけ恋人同士の時間は増えたしね』


『……そっか』


『最近は意気地のない男も増えたから、女の子はいつまでもお姫様ではいられないの。白馬に乗った王子様を待つんじゃなくて、捕まえに行くのも大事よ?』


『そう、かな』


 わたしが自信なさげに言うと、お母さんはええと優しく微笑んでくれた。その笑顔はほっと安心させてくれる。


『だから、その先を望むのなら陽菜乃から行ってもいいの。好きなんだから、なにもおかしくないわ。大事なのはあなたの気持ちよ』


 そっと背中を押すように、お母さんはそう言ってくれた。ちょうど飲んでいたホットミルクがなくなったので、わたしは立ち上がる。


『ありがと、お母さん』


『うん。頑張りなさい』


 なにを、とは言わなかった。

 けれどきっと、全部わかっちゃうんだろうなあ。



 ガタンゴトンと電車に揺られながら、わたしはそんなことを思い出していた。


 電車は次の駅に止まる。

 開いた扉からちょろちょろと人が乗ってくる。顔は知らないけど鳴木の制服を着ている人と、あとはスーツを身にまとった大人の人。


 その中に見知った顔があって、目が合った。


「あ、おすー。電車で会うとは奇遇だね」


 梓だ。

 彼女はごきげんな様子でひらひらと手を振りながらこっちに来て、わたしの隣に座る。


「たしかに。こういうときじゃないと中々会うことないかも」


 わたしも梓も電車通学ではあるけれど、ちょっと時間が違うので普段はあまり会わない。

 学校で会えるし、わざわざ待ち合わせをすることもないし。


 だから、こうして二人並んで電車に乗ってるのは、なんだかすごく新鮮だ。


 ちょうど暇していたので話し相手ができたのはありがたい。もちろん話題は修学旅行についてだ。


 スケジュールの中でどれが楽しみかとか、そういうのを何も考えずに話し合う。


「ねえ、梓」


 タイミングを見計らって、ふと思いついたように訊いてみる。

 

「ん?」


「これはただの好奇心なんだけど」


 と、前置きする。

 梓は不思議そうに首を傾げながらも「うん」と返事をした。


「例えば好きな人がいてね」


「私に?」


「うん、そう。それで、相手ももしかしたら自分のことを好きでいてくれているとして」


 ふんふん、と相槌を打つ。

 なんとなく雰囲気が真面目な話かなって思うと、いつものように茶化してきたりはしない。それが梓のいいところだ。


「梓なら告白する? してくれるのを待つ?」


「んー、どうだろ」


 そう呟いて、あまり見ないぎこちない笑い方をした。けど、次の瞬間にはすぐにいつもの笑顔に戻る。


「きっと、するだろうね」


「そうなの?」


「うん。私、待つのはあんまり得意じゃないと思うし」


 意外だな、と思った。

 どうしても梓と恋愛が結びつかないっていうのがあってイメージしづらいっていうのはあるけど、どちらかというと追いかけるよりは追いかけられる方だと思ってたから。


「陽菜乃は待つタイプかなー?」


 自分の意見はほどほどに、にんまりといつもの笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる。


「うん、どうだろ。たぶん、そうなんだろうけど……待つのも飽きちゃうタイプかも」


 自分でも自分のことが分からなくなる。


 わたしはどうしたいんだろって。


「いいと思うよ。ぶっちゃけ、はよ付き合えって思ってるしね」


「そ、そんなこと思ってるの?」


「思ってるよ。あれをいつまでも見せられる私たちの身にもなってほしいね」


「……それは、なんというか、ごめん?」


 申し訳ない、というのはちょっと違うけど謝ってみたら、梓はぷくくと吹き出す。


「大丈夫だよ。きっと、ていうか絶対、上手くいくから。勇気出して告っちゃいな。それでチャラにしたげる」


 ぱちり、とウインクを見せた梓。

 そうだよね。

 絶対だいじょうぶだよね。


 ガタンゴトンと、電車は揺れる。

 家を出た時点でもう修学旅行は始まっているけれど、それでも何となく始まりのカウントダウンをされているような気分になる。


 怖いな。

 緊張するな。

 どきどきするな。


 けど、やっぱり。


 楽しみだな。

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