第231話 トリック・オア・トリート⑥
「これ全部三人が作ったのか?」
並べられた料理を見て、樋渡を始め伊吹と木吉も感心の声を漏らした。
ピザ、サラダ、カボチャのスープ、他にもいろいろと並んでいる。カボチャ系の料理が目立つのはハロウィンを意識してのことだろう。
男子三人の感想を聞きながら、俺は秋名の方を見る。
「お前作ってないけどなみたいな目で見るなよ」
「見てないよ」
「言っておくけど、皮むきはしたからね」
「誇ることでもないと思うけど」
「あんまり舐めたこと言ってると今この場であんたの気持ち叫ぶぞ。世界の中心で愛叫んだるぞ」
「自分の愛を叫んでくれ」
ごめんなさい、と頭を下げておく。秋名を敵に回すのはいろいろと面倒っぽいしな。
「ウェーイ志摩クン。楽しんでるぅ?」
そんなことを話していると木吉が肩を組んできた。やめろそんな馴れ馴れしく肩を組むな反応に困るだろ。
と思いながら見てみると、チラチラと秋名の方に視線が向いていた。ああ、少しでも絡もうとしているのか。
木吉なりに頑張ってはいるようだ。
「あんたらそんなに仲良かったっけ?」
そんな俺たちを見て、秋名は怪訝な顔をした。ご覧の通りでございますよ。
「オレたちはマブダチだよな? 志摩クン?」
嘘はよくないと思うよ。
「まあ、そだね」
「なんか変な組み合わせだね」
「修学旅行の部屋が同じだから喋るようになったんだよ」
俺が言うと、木吉が「そうそう!」と同意してくる。
「楽しみだよな修学旅行!」
俺の方を見ながら木吉がにこやかに言う。そんな木吉に俺は小声で耳打ちした。
「俺じゃなくて秋名と喋れよ」
「間を取り持ってくれよう。緊張して何喋っていいか分かんね」
「いつもの感じでばか騒ぎすればいいだろ」
「あいつらがいないから無理だよ。それとも志摩クンが代わりをしてくれるのか?」
「それは無理だなあ」
俺が『ウェーイ楽しんでるぅ?』とか言ってる姿を想像すると笑える。いや笑えないな。苦笑いも愛想笑いも起こらなさそう。
「騒がなくても普通に会話できるだろ。なんか、こう、ほら、な?」
「分からん!」
「ごめん!」
俺もこういう立場に立つのが初めてなので立ち回り方が分からない。そもそも陽菜乃とのことでいっぱいいっぱいな俺に人のサポートとか無理だって。
なんでサポート上手な二人があっちで楽しそうに雑談してるんだよそこ変わってくれよ。
「とりあえずコスプレ褒めれば? 褒められて嫌がる女はいないって聞いたことあるぞ」
「マジ?」
「なにこそこそ喋ってるのさ。私一人除け者にされたら寂しいじゃん」
「思ってる?」
「心の底から」
絶対思ってないな。
なんとなーく、適当なこと言ってるなっていうのは分かるようになってきた。
俺もついつい思ってもないことを口にしてしまうときはある。話を逸らしたいときとか何かを誤魔化したいときとか。
あるいは、その場に溶け込もうとするときとか。
「秋名サンのコスプレが可愛いなって話てたんだよ」
ついに木吉が前に出た。
考えなしに突っ込むのは勇気ではなく無謀だと聞く。大丈夫なのか? 大丈夫なんだな?
「ほんとに? 志摩なんか全然褒めてくれないけど、木吉はちゃんと褒めてくれるんだね」
「俺だって褒めたろ。秋名らしくて良いって」
「ゾンビが私らしいってどういう意味なんだよ!」
「いやいやセクシーだし、その、可愛いし? ここにいる誰よりもイイと思うよ!」
木吉がさらに続ける。
秋名はそれを聞いて「そうかねー?」と言いながらもポーズを決めたりし始める。
それに木吉が「最高! 日本一!」みたいな感じで応じる。ようやくいつもの調子を取り戻したらしい。
いつもの木吉ならば、秋名と上手く噛み合わないとは思えないし、これなら大丈夫だろう。
俺はすすすと音もなく移動し、二人から離れる。樋渡と伊吹が柚木と話していて、ちょうど陽菜乃がジュースを注いでるところだったから彼女のところへ行くことにした。
「隆之くんもジュースいる?」
俺が近づくとすぐにその存在に気づいてくれて、その上俺のコップのジュースがなくなっていることまで把握した。
「あ、ありがとう」
陽菜乃がオレンジジュースを注いでくれる。入れ終わった陽菜乃はペットボトルを置いて、秋名たちのところをちらと見た。
「どう? あの二人は」
「いい感じなんじゃないかな。知らんけど」
「なにそれ無責任」
言いながら陽菜乃はくすくすと笑う。
結局、俺にできることなんてほとんどなにもないのだ。そういう場所を設けることはできても、そこから頑張るのは本人なんだから。
それは俺も同じだし。
俺には俺のやるべきことがある。
「もう恥ずかしくないのか?」
ほか二人に比べると露出も高い陽菜乃の黒猫コスプレ。あんまり見ないようにしていたけど、改めて見るとやっぱり肌色が多い。
「あー、まあ、慣れちゃったかも。気にしても仕方ないしね」
それは開き直りじゃありませんか?
「隆之くんも良く似合ってるよ」
「そう? よく分からんけど。ていうか、ハロウィンパーティーっていってもコスプレして飲み食いしてるだけだな」
「あはは、たしかにね」
楽しければそれでいいんだろうけど。
みんな楽しそうだし、俺も楽しいし、ならこれでいいのかな。
そんなことを考えながら周りを見ていると、陽菜乃が「あ!」と声を漏らした。
「写真撮ろうよ」
「ああ、記念撮影。せっかくコスプレしてるしな。みんなにも言ってこようか」
と、歩き出した俺の手を陽菜乃が掴む。
「それもいいけど、二人で撮ろうよ」
「あ、お、そうだな。それも、良いかもな」
陽菜乃の顔が赤くなっている。俺の顔も赤くなっているかもしれない。表情と声色から彼女の緊張が伝わってきた。
「でもどうやって? 誰かに撮ってもらうか?」
「インカメあるしだいじょうぶだよ」
陽菜乃がシュッシュとスマホをいじる。
「こうやって隆之くんと写真撮ることってあんまりなかったよね?」
「確かに。俺があんまりそういうところに考え至らないからかな」
別に写真が嫌いなわけじゃない。
特に好きというわけでもないけど。
でも友達がいない歴が長かったせいか、写真を撮るという行動がそもそも選択肢に現れないのだ。
「嫌じゃない?」
「それは全然」
「そう?」
と言って、準備ができた陽菜乃は腕を伸ばす。そして、カメラに映るように俺との距離を詰めてきた。
いいにおいする。
柔らかい。
近い。
心臓の音バレてないかな。
可愛い。
頭の中に様々な考えが駆け巡る。煩悩退散煩悩退散。心よ落ち着けとにかく収まれ。
「それじゃあ、撮るよ?」
「あ、うす」
パシャリ。
撮った写真を陽菜乃が確認する。
「隆之くん、半目だよ」
「……陽菜乃は笑顔がぎこちない」
「それは隆之くんも人のこと言えないよ」
二人とも緊張しているのがひしひしと伝わってくる。俺はその上さらに半目なので二対一で俺の負けだ。なんの勝負だ。
「なんかおかしいね」
「そうだな」
ただ写真を撮るだけ。
それなのにどうしてこんなに緊張してるんだ、とおかしくなって笑い出す。
「もう一回撮ろっか」
そうして、もう一度シャッターを切る。
さっき笑って緊張がほぐれたようで、今度は二人とも自然な表情で写ることができた。
*
「なんかあれだね、見てて恥ずかしくなるね」
「あっちもこっちも楽しそうに青春してるな」
「二人はそういうのないのか?」
「それを言うなら伊吹くんもでしょ? イケメンだしモテるんだから、彼女とかいないの不思議でしかないよ」
「それは言えるな。なんで彼女作らないんだ? 告白とかされてるだろ?」
「あはは、今はまあ、いいかなって」
そういうの、か。
どうなんだろう。
楽しそうに笑う二人を見ながら、自分と向き合うように、そんなことを思った。
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