第230話 トリック・オア・トリート⑤
全員が集まったのは、俺がレンタルスペースに到着してからおよそ三十分後のことだった。
「すげえな」
そう声を漏らしたのは樋渡だけど、それに関しては俺も同意見だった。
レンタルスペースというものを利用したことがなかった俺は、なんとなくふわっとした想像しかしていなくて、それは部屋というよりはガレージのようなものだと勝手に思っていた。
けど、実際は逆で、本当に部屋だった。部屋のようなスペースとかではなくそれ以上でもそれ以下でもない部屋だった。
テレビがあって、テーブルがあって、ソファがあって、キッチンには調理器具も一式揃っていて、遊び道具の他にはシャワーやトイレも備えられている。
まるでホテルの一室を借りているようなものだった。
「とりあえずコスプレ見に行こっか」
そう提案したのは、そもそもの言い出しっぺである柚木だ。
ハロウィンパーティーという名目上、コスプレなしではただのパーティーになってしまう。
別にダメではないし、むしろそっちの方が助かるんだけど。
コスプレ衣装は別の部屋に用意されているらしく、俺たちは早速そちらに移動することにした。
マンションの一角をこういう形で提供しているので、他にも部屋はある。そのうちの二室が期間限定で衣装レンタルの部屋になっているんだとか。
他にも部屋の利用者がいて、そこに行くときにコスプレをした女子三名とすれ違った。
結構本格的なコスプレだったな。
部屋の中に入ると、ハンガーラックに様々な衣装が掛けられていた。
狼男やゾンビ、ドラキュラといった定番のコスプレからアニメキャラクターのものやマニアックなものもあった。
「ハロウィンだし、やっぱり狼男とかかな」
「けど、これ上半身裸なんだけど」
「……じゃあ伊吹か木吉だろ」
「なんで!?」
樋渡の提案に当たり前のように驚いたのは伊吹だ。俺でも同じリアクションをしただろう。
「いや、上半身裸なら部活で鍛えてるやつがしたほうがいいだろ。下っ腹出てる狼男とか嫌じゃね?」
「出てないだろ君たちは」
「いや、僕は着痩せするタイプだから」
「俺も」
「嘘つけ」
「伊吹クン。オレ、さすがに秋名の前で狼男はちょっと……」
こうして伊吹のコスプレが狼男に決まった。
「オレはこれにしようかな」
木吉が手にしたのはミイラの衣装だ。といっても、包帯でぐるぐる巻いていくだけっぽいけど。
狼男がダメでミイラが大丈夫な理由が分からない。
「カッコいいと思われたいならドラキュラとかのがいいんじゃないのか?」
俺が言うと、木吉は諦めたような乾いた笑いを吐いた。
「そういうのは樋渡クンとか、志摩クンのポジションでしょ。オレはそういう二枚目ってキャラじゃないから」
そういう自覚はあるのか、と思っていると言うが早いか木吉は着替え始めた。
「どうする?」
「ドラキュラは志摩にやるよ。僕はこの魔法使いってのでいいや」
「どっちでもいいけど」
黒い衣装ってところはほとんど一緒だし、帽子があるかないかと、マントかローブかくらいの違いしかない。
早々に衣装が決まった俺たちはさっさと着替えて部屋へと戻ることにした。
「……狼男」
伊吹は最後まで乗り気ではなかった。
そのわりには、覚悟を決めて着替えていたけど。
*
部屋に戻ってしばらくすると扉が開いて女子たちが戻ってきた。どきどきわくわくしていた俺たちは彼女たちが姿を見せたとき、声を漏らすことさえ忘れてしまった。
「おー、男子もいい感じじゃん」
秋名が感心したように言った。
彼女のコスプレはナース服だった。わりと短め丈なナース服に頭に乗せたナースキャップ。ナースはハロウィンコスプレなのかと思ったけど、肌が青白くなっているので、ゾンビがテーマなのだろう。
ゾンビって女子のするコスプレじゃない気もするけど。それを手に取る辺りが秋名らしい。
「優作くん、お揃いだね」
そう言った柚木は魔女だった。
樋渡がしている魔法使いよりは露出度が高めな気がする。黒のローブの下に着ているノースリーブの服とミニスカートはカボチャを意識してか橙色だった。
「よく似合ってるな」
「そうかな?」
そんな二人の後ろで恥ずかしそうに体を小さくしていた陽菜乃が、秋名の手によって前に押し出される。
「……」
言葉を失った。
胸元と腰回りだけ黒い毛皮のような服を着ていて、手と足も似たような素材のものが装着されている。
なにより、頭の上に乗っている猫耳とおしりのところから伸びる尻尾で、彼女のコスプレがなになのかは明らかだった。
「ほら、陽菜乃。さっきの言って?」
「練習したでしょ? じゃんけんも見事に負けたでしょ?」
秋名と柚木にそう言われて、陽菜乃は朱色に染まった顔をさらに真っ赤に染め上げた。
着替えながら何をしていたんだ。
「……にゃ、にゃあ」
瞬間。
台風でも起こったかと錯覚するような暴風に襲われたような気がした。
それだけ、その光景は衝撃だった。
心の奥底から、何か得体の知れない感覚が込み上げてくる。気を抜けば彼女に手を伸ばしそうになるような、そんな感覚だ。
俺はその感覚をグッと抑えて、深呼吸をした。なんとか気持ちを鎮めることに成功したらしい。なんだったんだ、今のは……。
「やっぱり恥ずかしいよっ」
わー、と秋名と柚木の後ろに隠れてしまう陽菜乃。そんな彼女を見た樋渡と伊吹が俺の肩に手を置く。
「なにかコメントないのか?」
「一言あげるのが、マナーだと思うよ」
そんなこと言われても、と思いながら陽菜乃の方を見る。
恥ずかしそうに、けれどどこか縋るような潤んだ瞳がこちらを向いていた。
こういうときに、気の利いた言葉が吐ければ苦労はないよ。
「可愛いと思う。似合ってるし」
限界だった。
けれど、陽菜乃が「ありがと」と小さく言って、ようやく出てきてくれたので良かった。
でも、直視はできないなあ。
こういうときは秋名を見て安心しよう。
「なに? 私にも一言くれるの?」
「秋名らしくて、いいと思うよ」
「腐ってるって言いたいのか?」
「さすがにそこまで酷いことは言わないよ」
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