第229話 トリック・オア・トリート④


 夕方。

 少し早いけどとりあえず出発した俺はレンタルスペースの近くにあるコンビニに寄っていた。


 料理は女子が作ってくれるという話だったので、なにかお菓子を適当に買っていこうと思ったのだ。


 なにがいいだろうか、と考えながらお菓子コーナーへ行くと意外な人物と遭遇した。


「なにやってるんだ?」


 声で俺に気づいたらしいそいつは、やめられないとまらないかっぱえびせんから視線をこちらへ移した。


「見て分からない? お菓子を選んでるんだよ。志摩こそ、なんでこんなとこにいんの?」


「見て分からないか? お菓子を選びに来たんだよ」


 言うと、秋名梓はなるへそと呟いて視線を前に戻した。俺はとりあえず彼女の隣まで移動する。


 プライベートだからか、学校のときとメガネが違うな。縁が赤色でちょっとおしゃれに見える。

 服装はシャツにパーカー、黒のパンツと俺と微妙に似たような服装をしていた。


 なんというか、ザ・庶民みたいな雰囲気がある。これは秋名のいいところだと思ってる。


「料理は?」


 視線はお菓子に向いたまま気になったことを尋ねる。

 本来ならば今頃、女子はレンタルスペースで晩ご飯の準備をしているはずだ。

 お菓子なんて男子に言えば買ってくるだろうし、わざわざ女子が出向く必要はないだろう。


 しかし、秋名はここにいる。


「陽菜乃とくるみが頑張ってるよ」


「秋名も頑張ればいいじゃん」


 言うと、やれやれと溜息をついて曲げていた腰を伸ばす。そしてこちらを向いてきた。


「あの二人、ちゃんと料理ができるやつだよ。調理実習で少しかじった程度の私はもはや邪魔者だったってわけ」


「あの二人は料理できるんだな」


「平均以上だとは思うよ」


「秋名はできないんだ?」


「勘違いするな。できないことはないけど、あいつらと比べるといなくてもいいってだけ」


 それで、することなくなってお菓子を買いに来たというわけか。俺が秋名の立場だったら同じことしてたかもしれないから何も言えないな。


「志摩はなにがいいと思う?」


「んー」


 あんまりお菓子って食べないんだよな。だから、良し悪しがピンとこない。もちろん、美味しいものは美味しいんだけど、どれがいいかと言われるとどれでもいい。


 けど、どれでもいいはダメだもんなあ。


「チョコレートはあってもいいんじゃないか?」


「そうだねー。あとポテチとか」


 秋名が適当にお菓子をカゴに入れていく。決めてくれるんかい、と心の中でツッコみながら感謝する。


 会計を済ませて、お菓子がいっぱい入った袋を店員さんからもらうと、秋名が感心したように声を漏らした。


「志摩はそういうことできるんだ」


「なんだよ、そういうことって」


「荷物持つとか」


「そりゃ、これくらいはな。女子に荷物持たせて自分が手ぶらってのは格好つかないだろ」


「志摩は私を女子だと認識してくれてるんだなあ」


 ふざけた調子で、秋名がしみじみと呟く。


 俺たちはコンビニを出て、レンタルスペースの方へ向かう。秋名がいるから道案内をしてくれるだろう。ナビを見る手間が省けて助かった。


「女子じゃなかったらなんなんだよ。男子でもないし」


「そういう意味じゃないよ」


 ちらと隣を歩く秋名を見る。

 視線は前を向いたまま、言葉だけを紡いでいた。


「女子扱いしてくれるんだってこと」


 時間帯なのか、場所なのか、周りに人がほとんどいない。これから夜になれば本格的に人が増え始めるのかもしれないな。


「そりゃ、女子だし」


「志摩も成長したねえ」


 くくっと楽しそうに秋名は笑う。

 まあ、秋名は一年前の俺を知ってるからな。そう思っても別におかしいことじゃないけど。


「秋名もそういうこと思うんだな」


「どういう意味?」


「女子扱いされて喜ぶ、みたいな?」


「そりゃ私だって女子だからね。お姫様に憧れるよ。女の子ってのはいつだって白馬に乗った王子様を待ち望んでるんだから」


「待ち望んでるのか?」


「そりゃね」


 時折感じる不思議な感覚。

 言葉は肯定しているはずなのに、どうしてかそこに心がないような。

 顔は笑っているのに瞳が笑っていないという表現に似ている気がした。


 秋名の顔を見てみると、いつもと変わらない。その表情に、嘘はないように感じた。


「もし現れたら?」


「んー? そりゃ高学歴高身長高収入なイケメンだったら喜んでついていくよ?」


「結婚相手に求める条件のやつ!」


 高校生でそんなやついないだろ、とツッコミを入れると秋名はケタケタと上機嫌に笑う。


「高校生なんだから、普通は相手も高校生だろ」


「そんなの分かんないでしょ? 相手は大学生かもしれないし社会人かもしれない、なんなら中学生だってあり得ないとは言い切れないよ?」


 そりゃそうだけど。

 こういうときのって年齢合わせるもんじゃないの?


 秋名がどれほど本気で言ったのかは分からないけれど、普通の概念というのが人によって異なるってことを思い知らされる。


「逆に」


 反撃だとでも言うように、したり顔をこちらに向けてきた秋名が続ける。


「もし女子中学生……それも小学生からようやく一歩大人になったレベルの一年生に告白されたらどうする? 付き合う? もちろん、その子は志摩好みの可愛さだとする。ブラウンのロングヘアでスタイルだってモデルのようだとして」


「いつ俺が好みを言った」


「違うの?」


「……ノーコメント」


 こほん、と流れを切ってから俺は改めて答える。


「もし突然、会ったこともない子からの一目惚れ告白だとしたら、受け入れることはできないと思うよ」


「信じられないから?」


 それは俺の過去のことがあっての考え方を知っているが故の発言だろう。

 もちろんそれもある。

 ゼロではない。


 けど。


「中学一年生を女の子として、恋人になる相手として見たことがないから」


「じゃあ、その子は志摩の幼馴染みだったとしたら? 人となりも把握してるし、どんな子かも知っているという前提なら?」


 ふむ、と一拍置いてから俺は口を開く。


「それでもやっぱり、受け入れることはできないと思うよ。子どもの頃から知ってる相手だったら、なおのことそうは見れないかもしれないから」


 ていうか、と俺はふと思ったことを口にする。


「なんの話してたんだっけ?」


「さあね。くだらない雑談だったと思うよ」

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