第228話 トリック・オア・トリート③
その人は陽菜乃によく似ていた。
正確に言うならば、陽菜乃がその人によく似ているというべきなのかもしれない。
陽菜乃と同じでブラウンの髪色をしていて、長い陽菜乃に比べると短く切ってはいるけれど。
顔のパーツが似ていて、親子なんだとすぐに分かる。
高身長でスラッとしたスタイルはモデルのようだ。少し大きめの白い服の上からエプロンをつけているところが主婦って感じがした。
陽菜乃がこのまま成長すると、こうなるんだろうなと思わされる。
トリック・オア・トリートと子どもに言われて、陽菜乃のお母さんは持ってきたお菓子を子どもたちに配り始める。
これは事前に言ってほしかった。
心の準備をしておきたかったし、いろいろと考えておきたかった。
家族に悪い印象を持たれるのはこれからのことを考えると良くない。その上で第一印象というのは最も重要だ。
礼儀正しく元気に明るく。
今挨拶するべきか?
でもイベント中だぞ。子どもたちもびっくりだろ。
あとで改めて?
それはそれでわけ分からんだろ。今はまだ付き合ってるわけでもないのにわざわざ挨拶しに行くのはどうなんだ?
けど、ななちゃんがイベントに参加している時点でこの展開は予想できたことだ。
俺の考えが至らなかった。
考えろ、隆之。
どうするべきだ。
そうこうしている間に日向坂母がお菓子を配り終えてしまう。子どもたちがお礼を言って、陽菜乃のところへ戻っていく。
そのとき。
日向坂母と目が合った。
どうしていいか分からなくて、俺はとりあえずぺこりと頭を下げることにした。
すると、日向坂母はにこりと笑ってちょいちょいと手招きしてきた。
俺は陽菜乃の方を一瞥する。彼女は子どもたちの相手をしているようでこっちの様子には気づいていない。
まだ出発はしなさそうだし、そもそも手招きに応じないわけにはいかないし。
というわけで、俺は日向坂母のところへ向かう。
「あの」
「あなたがシマくんね?」
俺の名前を口にした日向坂母はにんまりと嬉しそうに笑った。
陽菜乃が俺のことを話していたから名前を知られていたのか。
「はい。志摩隆之といいます」
緊張したまま、とりあえず名前を言ってぺこりと頭を下げる。
「私は陽菜乃の母の晴乃。親しみを込めて晴乃さんと呼んでね」
「は、はあ」
それにしても、と晴乃さんは興味津々に俺をあちらこちらから眺め始める。なんだか品定めされてるようで緊張する。いや、元々緊張してたけど。
「ななも良く懐いてるみたいで」
「ありがたいことに」
「あの子、結構人見知りするんだけどねー」
「そうなんですか?」
そうは見えないけど、と思ったけど俺が知っているのは俺以外なら梨子くらいなのであまり例がない。
けど、俺や梨子には人見知りをしていたようには見えなかったけど。
「あなたにしなかったのはどうしてかしら」
それも嬉しそうに言う。
にやにやと笑う姿は陽菜乃とは少し違うように見える。陽菜乃はこういう笑い方はしないからかな。
「結構カッコいいわね。陽菜乃って面食いだったんだ」
ついには顔をじっと見られる。
美人な人なので普通に照れる。俺は思わず顔を逸らしてしまう。
そのときだ。
ダダダダダダ!
「お母さん!」
陽菜乃がやって来た。
顔は真っ赤で相当焦っているように見える。自分の親が友達と二人で話していれば焦りもするか。何言われるか分からないしな。
「なによー?」
「用事終わったんだから早く家に戻ってよ!」
「えー、私ももっと志摩くんとお話したいのにー」
「いいからー!」
「ほら陽菜乃の子どもたち放っておいたらダメでしょ」
「お母さんを放っておくのもダメだからっ!」
グイグイと晴乃さんを家の中に戻そうとひたすらに押し続ける陽菜乃。満足いくまで楽しんだらしい晴乃さんはようやく家に戻ることにしたようだ。
「それじゃあね、志摩くん。今度はうちに遊びにいらっしゃい」
「あ、はい。ぜひ」
ぺこりともう一度お辞儀をする。
晴乃さんは最後の仕上げに陽菜乃に押されてバタンとドアを閉められていた。
……愉快な人だったな。
「なんか変なこと言われなかった?」
「多分」
「……隆之くんの気持ちがちょっとわかったよ」
「というと?」
「わたしと梨子ちゃんが初めて会ったときのね」
「あー」
梨子が余計なことを言わないか、ひたすらに心配していたときか。確かにあのときとシチュエーションは似ていたかな。
「お母さんのこと、変だって思った?」
「いや、優しくて綺麗な人だと思ったよ。陽菜乃のお母さんだなって感じがした」
「……それなら良かった」
母親を悪く言われて良く思う人なんていない。もし仮に本当に変な人だとしても肯定はできないだろう。
けど晴乃さんに対しての印象に嘘はない。
「隆之くんが良いなら、うちに遊びに来てくれてもいいんだよ。ななも喜ぶだろうし?」
「次の機会にぜひ」
それがいつになるかは分からないけど。
*
すべての家を回り終え、子どもたちの手にある袋にはいっぱいのお菓子が入っていた。満足げな笑顔が溢れている。
一人ひとりを家に送り届けてこのイベントは終わりとなる。家が近所なのでそうしてもさして時間はかからない。
皆を送り届けたところで俺も帰ることにした。集合は夕方だから、まだ時間もある。
お腹も空いたしな。
「それじゃあ隆之くん、またあとでね」
「うん」
聞くところによると、女子三人は少し早めに集合して晩ご飯を作ってくれるそうだ。
そういう意味でも一度ここで解散はしておくべきだろう。
「おにーちゃん」
とてとて、とななちゃんが俺の足に抱きついてきた。
「どうしたの?」
「とりっくおあとりーと?」
にぱーと笑いながらななちゃんが言う。俺はあまりの可愛さに思わず片膝をついてしまう。
そんなんトリック一択ですやん。
イタズラされまくりてえ、と思いながらもそんなことを言えば陽菜乃に冷たい目で見られそうなのでグッと飲み込む。
「はい、お菓子」
一応用意しておいて良かった。
俺は持ってきていたお菓子をななちゃんに渡す。きらきらした瞳でお菓子を見て、それを大事そうに抱きかかえた。
ちょっとおふざけしてみようかな。
「ななちゃん。トリック・オア・トリート」
まさか自分が言われるとは思っていなかったななちゃんはハッとして自分のお菓子を守るように後ろに持っていった。
「おかしはだめ。いたずらー」
はああああああああああああ!?!????!?
え、これは……。
「……」
「……」
一応陽菜乃の方を見る。
あとでめちゃくちゃ怒ってきそうな顔してたので、ななちゃんへのイタズラは諦めることにした。
そんな俺に、ななちゃんはチョコボールを一つだけくれた。優し。
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