第227話 トリック・オア・トリート②


 柚木が面白いものを見つけた。

 街の方に出ると、コスプレ衣装の貸出をしているレンタルスペースというものがあるらしい。

 ハロウィンということもあり人気が高く、予約するのも困難だったそうだけど、なんとか一部屋確保したらしい。


 十月三十一日。

 ハロウィン当日。


 衣装も貸出があるということで用意するものが特になくなり、なにをするでもなく当日を迎えた。


 そんな俺は朝から自転車を漕いである場所に向かっていた。


 昨晩。


『もしもし?』


『隆之くん? いま、電話だいじょうぶ?』


 陽菜乃から電話があった。

 メッセージのやり取りはするけど、電話は用事がないとかかってこない。なので、着信があるということは何かしら伝えたいことがあるんだと勝手に思ってる。


『大丈夫だけど。どうかした?』


『あのね、この前話した近所の子たちが集まるハロウィンイベントの話覚えてる?』


『ああ。ななちゃんが可愛いコスプレするイベントだよね』


『可愛いコスプレをするかどうかは確定してないけどね。そのイベントの付き添いをわたしがすることになって』


『そりゃまたどうして』


『保護者の人たちはみんな忙しいんだよきっと。あと、その人たちの家にも訪問することがあるんだと思う』


『なるほど。それで?』


『一人だと大変かもしれなくて、良かったら隆之くんもどうかなって』


『行く!』


『かつてない即答だ!?』


 という感じのやり取りを陽菜乃としたのだ。今日の予定は夜なので、それまでは特に予定もなかったからちょうどいい。


 言われた場所は公園だった。恐らく陽菜乃の家の近所なのだろう。スマホで道案内を設定してそこへたどり着く。


 公園には既に子どもたちが集まっていた。ひいふうみい、と数えてみると十人いる。結構な数が集まっているな。


 これは何のイベントなんだろう。

 幼稚園とか保育園とかその辺のものなのか、ご近所同士の集まりなのか、子ども会的なものなのか。

 まあ、なんでもいいけどさ。


 自転車のスタンドを立てるガコンという音で既に公園にいた陽菜乃がこちらに気づく。


 フリルのついたベージュのブラウスに黒のパンツスタイルの陽菜乃はいつもより少し大人っぽく見えた。


 なにより、髪がポニーテールに纏められているのが新鮮だ。何となく、子供の相手をする保育園の先生っぽい。


「自転車なんだけどね、あそこの駐輪場に停めてきてくれるかな。話はしてるから」


「分かった」


 言われたとおりに自転車を止めて再び公園に戻る。

 子供は全部で十人。みんな小学生になる前くらいの年齢だろう。あちらこちらに本能の赴くがまま好き放題動き回る彼ら彼女らの相手をするのは確かに骨が折れそうだ。


 覚悟を決めながら、俺はみんなが集まっているところへ向かう。


 そんな俺を見つけて、逆にあっちからこちらへ走ってくる人影が一つ。


「おにーちゃーん!」


 なーなちゃーん! と俺も心の中でそれに応じながら走る。タックルしてきたななちゃんを受け止め、テンション上がってそのまま持ち上げてしまう。


 するとななちゃんは「きゃー」と可愛らしく悲鳴を上げた。そのまま陽菜乃のところまで向かう。


「みんな、今日一日お世話になる隆之お兄ちゃんだよ。挨拶して」


 陽菜乃がそう言うと、子供たちは「よろしくおねがいします」と声を揃えて言った。指導の行き届いた子たちだこと。


 もちろん、これからハロウィンのイベントで回るのだからみんなコスプレしている。


 そんな中、ななちゃんはというと魔女のコスプレだ。あの帽子を被って、黒いマントを羽織っている。可愛い。


 こんな姿でトリック・オア・トリートと二択を迫られたら、迷わずトリックを選んでしまうまである。そしてその後に思う存分トリートしちゃう。


「それで、これからどうする感じ?」


 ななちゃんが最初に飛びついてきたのを見たからか、他の子たちも俺の体に飛びついてくる。

 俺はそれに耐えながら陽菜乃に尋ねた。


「とりあえず順番に家を回っていくことになるかな」


 陽菜乃は数枚の紙を持っていて、それを順に確認していく。そこに今日のスケジュールが載っているんだろう。


「それじゃあ、行こっか」


「みんなー、出発するぞー。離れてくれー」


 子どもって本当に全然言うこと聞いてくれないよな。まあそういうところも可愛いからいいんだけどさ。



 *



 流れとしてはインターホンを押して、出てきたところで子どもたちがトリック・オア・トリートと呪文を唱える。

 そして、予め用意していたお菓子を子どもたちに配るというもの。


 訪問することは事前に伝えてあるのでもはや八百長というか、やらせなんだけど、今どきこういうイベントも珍しいだろうし続いていけばいいなと思う。


「ねーねー」


 次の家に向かってる最中、鼻水を垂らした男の子が俺の足をつついた。


「どうした?」


「おにーさんと、おねーさんは、こいびとなの?」


「はッ!?」

「へッ!?」


 子どもってのは何でそういうことを臆面もなくぶっ込んでこれるんだよ。恐ろしいな子ども。


「あー、それきになるー」

「らぶらぶなのー?」


 女の子がそれに食いついた。

 子どものくせに恋バナに興味を持つとは、最近の子はマセてるな。


「恋人じゃなくて、友達だよ」


「かのじょじゃないのー?」

「ただのともだちかー」


 つまんなーい、と言い出す子どもにどうしたものかと頭を悩ませていると、陽菜乃が立ち止まって子どもたちに視線を合わせる。


「友達だけどね、みんなよりちょっぴり特別なお友達なの」


 小さな声で言ってから、陽菜乃はにひっと笑った。それを聞いた子どもたちはキャーと楽しそうに声を上げる。


 この子ら本当に子どもか?

 今の子たちってこんなに恋愛に興味津々なの?


 そんなことを思ってると、ななちゃんが俺の足をつたって登ろうとしてきたので持ち上げておんぶしてあげる。


 するとななちゃんは俺の耳元に顔を近づけた。


「おにーちゃんは、おねーちゃんのことすきすき?」


 俺はやっぱりビクリとしてしまう。

 言っていることに間違いはないんだけど、それを言葉にされるとどうしても緊張するな。


 けど、まあ。


 相手は子どもだ。構えることもない。


「うん。そうだよ」


 優しく言うと、ななちゃんは嬉しそうにニコーっと笑った。


「おねーちゃんもね、おにーちゃんのことすきすきだよ」


「……だと嬉しいね」


 気づけば陽菜乃と子どもたちが歩き出していたので、俺たちもそれに追いつく。

 追いついたところでななちゃんを降ろした。ちょっと不満げだったけど、さすがにこの場でななちゃんだけを特別扱いはできないからな。


 不満げな顔が陽菜乃に似てる。

 その面影を感じると、彼女の幼い頃はきっとこんなんだったんだろうなと想像できた。


「次はこのおうちです」


 先ほどから住宅街エリアに突入し、いくつかの家を回っていた。次もその並びにある一軒家で、ガレージには車が停まっていた。


 インターホンが少し高いところにあって、子ども一人では押せないので俺が一人を持ち上げる。


 なんとなく隣にあった表札に視線がいって、俺は思わず「えッ」と声を上げてしまった。


 そのとき、ピンポーンと子どもがインターホンを押した。


 俺が陽菜乃の方を振り返ると、彼女は困ったように笑っていた。


 表札には『日向坂』と書いてある。


 つまり、ここは陽菜乃の家で。


「はーい」


 扉を開けて出てきた女性は、陽菜乃のお母さんということだ。


 心の準備ができてないよー。

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