第224話 悩めよ少年少女②


 そんな日に限って、なかなか上手く噛み合わない。まるで神様が邪魔をしているようだ。


 昼休みこそ、と思ったけれどその時間でさえ普段なら起こらないすれ違いが起こる。

 俺は先生に呼ばれ、教室に戻ってきたら陽菜乃はどこかへ行っていたみたいな。


 隙間時間に手っ取り早く済ませるような内容でもないような気がして、結局一日ゆっくり話せないまま今に至る。


 けど、放課後がある。

 さすがに放課後なら邪魔は入らないだろう。そう思い、一緒に帰ろうと誘いに行こうとしたときのこと。


「あー、そうだ。言い忘れてたんだが、これから修学旅行委員の打ち合わせがあるから委員の二人は参加するようにな」


 ふざけんなよ、という一言が担任の口からこぼれ出て、俺は思わずその場に倒れ込みそうになる。


 なんで今日に限って。

 あとそういうのは事前に言っといてくれ。部活とかバイトとかあったらどうするんだ。俺が放課後特に予定のない暇人だからよかったものの。


「災難だね。行こっか、隆之くん」


「……そうだね」


 まあ。


 委員が終わってから話せばいいだけのことだ。幸い、修学旅行委員は俺と陽菜乃の二人なのだから。


 そんなわけで二人でミーティングが行われるという会議室へと向かう。会議室なんて、こういう機会でないと入ることがないので少しだけワクワクするな。


「修学旅行委員ってホームルームに仕切るだけじゃないんだね」


「あれはどっちかっていうと担任の怠慢なような気もするけど」


 別に俺たちが仕切る必要は特にないように思う。あるいは、なにも考えていないように見えて意外と二手三手先を考えている人なのかもしれないけど。


 会議室に到着すると、既にほとんどの生徒が集まっていた。当然ながら、知らない顔ばかりだ。

 中には見覚えのある生徒もいたけど。


 うちの学校は一学年七クラスある。それぞれのクラスから男女一名ずつ集められているので、そこそこの人数だった。


 コの字に並べられた机にイスが設置されていて、点々と生徒が座っている。

 こういう机の配置も会議室って感じがするな。

 などと思いながら、俺は陽菜乃と空いている席に座る。


 さすが陽菜乃、顔が広いようで俺が知らない生徒と小さく手を振り合っていた。


 そうこうしているうちに教師が入ってくる。英語担当の成瀬先生と、日本史担当の栃原先生だ。

 成瀬先生も栃原先生も、校内では常にスーツを着用するタイプの教師で、今日もそれは変わらない。


「今日は集まってくれてありがとう。オレと成瀬先生が修学旅行の担当になったからよろしくな」


 栃原が言うと、成瀬先生は綺麗なお辞儀をする。動き一つひとつが洗練されているというか丁寧だ。パッと見ただけでそれが分かる。

 若い先生で男子生徒からは人気があるらしい。というのも、よく廊下で話しかけられているのを目にするのだ。

 まあ、それは女子からも変わらないか。つまり生徒から人気の先生だ。


 亜麻色のセミロングにスレンダーな体型。控えめに見えてしっかり出るところは出ている理想の大人って感じ。


「隆之くん」


「ん?」


「なにをそんなにじっと見てるのかな?」


 ひそひそ、と陽菜乃が声を殺しながら尋ねてくるが、殺気は殺せてないぜ。


「前をね」


「誰を見てるのかな?」


「栃原……」


「……」


「……先生の隣にいる成瀬先生を見てたけど別に変な意味はないよ」


「ほんとうに?」


「優しい先生が担当になってくれて良かったなと思ってるだけ」


「ならいいけど」


 あまり話していると注意される、陽菜乃もそれは分かっているのだろう、それだけ言うと再び前に視線を向けた。


 軽い挨拶を終えると、栃原先生がそれぞれのクラスになにかを配る。配られたそれを見ると、どうやら修学旅行のしおりのようだった。


「こういうの見ると、もうすぐなんだって思うな」


「たしかに。ちょっとワクワクしてくるね」


 とはいえ、まだ完全版ではないのかところどころが不十分に見える。特にそれが分かるのが表紙だ。こういうのってなんかイラスト描いてたりするイメージだけど、これには何も描かれてない。


「今日はスケジュールの確認と、修学旅行委員が行う仕事の確認をしていくぞ」


 それから、小一時間のミーティングが続いた。自分で立候補はしたけど、これって結構大変なことだよなきっと。



 *



 ようやくミーティングから解放された。他のクラスの生徒たちもぐぐっと体を伸ばしてからマイペースに動き始める。


 隣にいる陽菜乃もさすがに疲れたのか、他の生徒に習って体を伸ばしていた。

 その動きをすると胸元が強調されて視線が行き場を失うのでやめてほしい。


 さて。


 ここからが本番だ。


「帰るか」


「そうだね」


 会議室にまだ生徒は残っている中、俺たちは早々に部屋を出た。時間が時間なので校内にはほとんど生徒がいない。

 部活に励む生徒はグラウンドか体育館、あるいは部室にいるからだろう。


「……」


 別に難しいことはない。

 ただ休日に出掛けようと言うように、何ならば放課後に帰ろうと誘うくらいの気軽さで。


『一緒に回ろう』


 と、たった一言だけ言えばそれでいい。


「「あの」」


 うじうじ考えていても始まらない。

 ええいままよ、と俺は最初の一言を口にしたところで陽菜乃と声が被った。


 陽菜乃は陽菜乃で声が被ったことに驚いたようだ。目を丸くしている。多分俺も同じような顔してるだろうな。


 そして、どちらからでもなく笑い出す。


「あはは、なんか変なの。隆之くんからどうぞ」


 おかげで緊張がほぐれた。

 震える様子もない。今ならば、いつも通りに話せそうだ。


「修学旅行の三日目の自由行動、あるだろ?」


「う、うん」


 陽菜乃は一瞬びくりと体を揺らして驚いたような顔をした。そのリアクションが気になったけど、俺は勢いに任せてそのまま続ける。


「陽菜乃と一緒に回りたいんだ。どうかな」


 言ってから。


 バクバクドクドク。

 ドクドクバクバク。


 と、心臓が急激に激しく音を鳴らし始めた。やっぱり緊張はしていたのか、ごくり、と俺は生唾を飲み込んだ。


「それは、ってこと?」


「うん。俺と陽菜乃のってこと」


 

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