第225話 悩めよ少年少女③


 どうしてこういう日に限って、上手い具合に噛み合わないんだろうって思ってた。


 授業と授業の合間も。

 昼休みだってそうだし。

 まさか放課後にまで予定が入るとは。


 とにかくちゃんと言わないと。


 たった一言なのだ。


 放課後に行われた修学旅行委員のミーティングが終わって、ふたり並んで廊下を歩く。


 周りには誰もいない。

 このまま言えないまま終わるわけにはいかない。


 もしかしたら焦っていたのかも。

 気づけばわたしは、考えなしに声を出していた。


「「あの」」


 そのとき、隆之くんと声が被ったことがおかしくて、ついつい笑ってしまう。


 妙に緊迫した表情をしているな、と彼の顔を見て思った。


 考えもまとまってなかったし、とりあえず隆之くんの話を先に聞こうと譲ったんだけど。


 まさか。


 言おうとしていたことを、先に言われるとは思ってなくてほんとうに驚いた。


 こくり、と変に喉が鳴ってしまった。


 一瞬、声も出なかった。


 驚いたせいじゃなくて。


 たぶん、嬉しくて。


「それは、ふたりでってこと?」


「うん。俺と陽菜乃のふたりでってこと」


 間髪入れずに彼は答えた。

 とくん、とくんと、心臓が高鳴った。


 うわあ。

 気を抜くと口元がゆるんじゃう。


 わたしは今の顔が見られたくなくて、さっとうつむいてしまう。


 だって、たぶん、すごくだらしない顔をしてると思うから。


 でも答えないと。

 早く言わないと。


 ぺちぺち、と頬を叩いてから顔を上げる。自分にできる最大限の笑顔を作って。


「うん。回ろっ!」


 声が自然と弾んだ。

 自分で言うのもなんだけど、子供の頃にお母さんにパフェを買ってもらったときのようだった。


 そういうと、ちょっと安っぽいかな。


 でも、とにかく、すごく嬉しいや。


「陽菜乃はなにを言おうとしたんだ?」


「もうだいじょうぶ」


 そう言うと、隆之くんは「なんでだよ」といつもの調子でツッコんでくる。


 どうして、と言われても……。


 まあ、別にいいか。


 好きって言葉を口にはしなくても。

 いろんな言葉に乗せて好きって気持ちを伝えてきた。


 それは、これまでと変わらないもん。


 伝えたうえで。

 伝わったうえで。


 最後にその言葉を彼に伝えればいいもんね。


「わたしも、同じこと言おうとしてたから。隆之くんと、ふたりで回りたかったんだ」


「……そ、そうなんだ」


 こうやって直接的に気持ちをぶつけると、隆之くんは大抵困ったような声を漏らす。


 けど、それはネガティブな意味じゃなくて、照れてるんだなっていうのがちゃんと分かる。そういうところがすごく可愛いと思う。


 可愛いし、格好いいし、優しいし。

 もう無敵だよね。


「楽しみだね、修学旅行」


「……本当にな」


 三日目は隆之くんとふたりで。


 だったら、そのときに気持ちを伝えればいいのかな?


 いや、でも、せっかくだしその前に伝えてしまう?

 そしたら、三日目は恋人として回れるし……いや、まだ成功するとは決まってないけど。


 もういっそのこと、初日にしてしまうとか? もし万が一にもダメだったときが気まずいか。


 んー。


 これはどうしたものだろう。



 *



 やったぞ。

 オッケーをもらえた。


 俺はまるで、告白を受け入れてもらえたような喜びに体を震わせていた。

 山頂でやまびこに向かって叫ぶように、今この場で窓を開けて「やったぞー!」なんて言ってやりたい気持ちが込み上げてくるけど、その瞬間に冷められても困るのでぐっと抑える。


「三日目って完全に自由行動なんだよな」


「そうだね。集合時間に間に合うようにすれば、わりと自由だったはず」


「どこに行くかも考えないといけないな。陽菜乃がこの前言ってた神社も回れそうなら行こう」


「いいの?」


 なんだっけか。

 たしか、伏見稲荷大社だ。


「京都っぽさもあるし、行きたいなら行くべきだろ」


「やった。じゃあ、隆之くんの行きたいところも行こうね?」


「行きたいところ、か。今のところは特になにも思いつかないんだよな」


「それは考えてないからでしょ?」


「一応、ちょっとは調べたりしたんだけど」


 静かな廊下。

 響くのは俺と陽菜乃の声だけだ。

 まるでクリスマスのプレゼントのことを話し合う子どものように、弾んだ声が繋がっていく。


 昇降口に到着して、靴を履き替える。


「あ、じゃあ本屋行こうよ。観光の本とか置いてるんじゃない?」


「行ってみるか」


 一日目のクラス行動は決まったルートを移動する。

 二日目はいくつか用意されているルートの中から選んで班行動をする。

 そして三日目は何もかもを自分たちで決めて行動する。


 一日を充実したものに出来るかどうかは本人たち次第だ。


 告白をするにしても、プラスの状態で実行に移したい。

 グダグダな一日になった最後にそんなことをしたら断られる可能性が高まる恐れもあるしな。


 そう考えると、この三日目のスケジュールは重要だぞ。よく考えないといけない。


 というか。


 ちょっと待てよ。


 告白っていつすればいいんだろう。


 三日目の最後? 

 二日目とか、一日目か? いやそれだと他の人の目がある。絶対覗いてくるやつが若干名いるし。

 それとも夜に呼び出して……とか? 万が一にも断られたらそのあとが大変だな。


 やっぱり三日目か?

 でも、もしその前に告白をして、オッケーを貰えたならば、三日目は恋人として過ごすことになる。


 恋人と過ごす修学旅行。


 ……悪くない。むしろ、良いまである。


 んー。


 悩むな。


 これはどうしたものか。



 *


 ――いつ、告白すればいいんだろう。


 

 *

 


 ――いつ、告白すればいいんだろう。


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