第222話 ある日のランチタイム
伊吹と木吉から相談を受けた翌日のこと。
昼休みに秋名は部室に行って部員たちとランチタイムを行う日がある。今日がちょうどその日だったようで、俺たちは陽菜乃と柚木を呼び出した。
といっても普通に弁当食べようぜっていうだけなんだけど。
直接秋名に訊く前に、まずは周りから攻めていこうと考えたのだ。
陽菜乃は高校生になってから秋名とは特別仲がいいし、柚木は秋名と同じ中学だ。
俺たちが知らない情報を持っている可能性は大いに有り得る。
「珍しいね。隆之くんから誘ってくるの」
「まあ、たまにはな」
いつもは何も言わずに集まることが多い。あるいは陽菜乃や柚木の方から誘ってくることがほとんどなので、確かに俺から誘うのは不自然だったか。
けど、柚木はそれ以上訊いてくることはなく、「そうなんだー」くらいの相槌で終わる。助かった。
机を二つくっつけて、イスは周りの空席のものを使う。俺の隣には陽菜乃、樋渡の隣には柚木が座って弁当を広げた。
今日は外に出てる生徒が多く、教室の中にはあまり人がいない。だから周りはいつもより静かだった。
賑やかな伊吹のグループがいないと教室内はぐっと静かになるんだよな。
「それで?」
切り出したのは柚木だ。
「それで、とは?」
俺はそれに疑問を返す。
するとなぜかやれやれみたいなリアクションをされてしまう。
「あの隆之くんが、なんの理由もなく気まぐれであたしたちをランチに誘うわけないでしょ。ね?」
と、柚木は前に座る陽菜乃に同意を求める。それに対して陽菜乃は「うん」と即答だった。
ここは大人しく樋渡に誘ってもらうべきだったか。いや、俺よりマシではあるけど結局疑われて終わりだったろうな。
それに。
どう切り出すべきか悩んでいたこちらとしては、これはありがたいパスだ。
「ちょっと訊きたいことがあって」
「あたしたちに?」
柚木の確認に俺はこくりと頷く。
こういうことは珍しいので、柚木は怪訝な表情を見せた。陽菜乃がどういう顔をしているのかは見えない。
樋渡は俺に任せたのスタンスっぽいので、仕方なく話を進める。
「秋名ってさ、彼氏とかいるのかな?」
カラカラカラン、とお箸が落ちる。
何事かと音の方を見ると、陽菜乃が引きつった笑いを見せたまま固まっていた。
「なんで、隆之くんが、梓の、彼氏を、知りたがるの、かな?」
「変な喋り方になってるぞ」
思わずツッコまずにはいられなかった。
「けど、あたしも同意見。どうしてそんなことを訊くの?」
ですよね、と二人のリアクションに納得する。
あまりにも突然の話題だ。これまで気にもしていなかったことを突拍子もなく訊けばそうなる。
こうなると、昨日のことを話さないわけにはいかない。木吉には申し訳ないけど、他言無用を前提に俺は二人に説明する。
「はえー、大吾くんがねー」
「それはそれは」
女子二人は恋バナの出現に目をキラキラさせた。この話題に対してのマイナス感情はなさそうで良かった。
「それで、どうなんだ?」
俺が訊くと、二人は顔を合わせる。
「わたしは聞いたことないよ」
「あたしも」
やはり、意見は俺たちと一致した。
もしこれで実は彼氏いましたという展開になるとめちゃくちゃ隠すのが上手いってことだな。
「梓の恋バナかぁ。相談することはあっても、されたことってないなー」
「日向坂は相談するんだな」
樋渡がそのことに触れると、陽菜乃はケホケホとわざとらしく咳払いをして「言葉の綾だよ」と誤魔化した。
「中学のときも、ここまで仲が良かったわけじゃないけどそういう気配はなかったと思う」
やはり、これまでも今も、秋名に恋愛の気配はまるでない。誰かのことに触れることはあっても、自分のことは触れさせないことを徹底しているようにさえ思える。
まあ、本人はそこまで気にしてないだろうけど。
「一度だけ、そういう話になったときに訊いたことはあるんだ」
陽菜乃が恐る恐るといった調子でそう言った。
「梓は好きな子いないの? って」
「そしたら、なんて?」
「……なんていうか、いつもより大げさに笑って『いないよ』って。その反応が変に頭に残ってて、それからは訊かないようにしてるんだ」
「梓ってあんまり自分のこと話さないもんね」
うん、と柚木の言葉に陽菜乃が頷く。
俺だけじゃなくて、秋名は誰に対してもそういうラインを引いているのか。
そうなると、こういう話をするのも嫌がられるかもしれないな。
「けど、大吾くんが梓をねえ。どう思う?」
「んー、どうなんだろ」
陽菜乃が微妙な笑いを見せた。
そのリアクション、もう答え言ってるようなもんなのでは?
「木吉も悪いやつじゃないし、でしゃばり過ぎない程度にサポートしてやろうとは思ってるんだけど」
樋渡がごく、とお茶を飲んでからそう言った。
「あたしたちにできることは限られてるけど、力になれることがあるかもしれないから、なにかあったら言ってよ」
それに柚木が答える。
「助かるよ」
二人を見ながら、少し考える。
きっと秋名に直接訊いても怪しまれるし、聞いた感じだと多分教えてくれない。適当にはぐらかされて終わるだろう。
変に確認して警戒されても困るし、ここは止まっておくべきなのかもしれない。
それにきっと。
現状、得た情報から判断するに恋人はいないと見ていいだろうし。
そのことだけあとで報告するか。
「お箸洗ってこないと」
これまでずっと弁当を食べずにいた陽菜乃が思い出したように言う。そしてお箸を持って教室を出ていってしまう。
そのタイミングで、こほんと咳払いをしたのは柚木だ。
「隆之くんは人の色恋沙汰を手助けしてる場合じゃないのでは?」
話題の矛先が自分に向いて、思わずうっと唸ってしまう。そう言われると返す言葉はないからだ。
「修学旅行に告白するんだよな?」
「それどこ情報?」
「秋名が言ってたよ。志摩は修学旅行で告白できなかったら、僕たちの前で公開告白してくれるって」
「話が大きくなってやがる」
「ちょっとちょっと、隆之くんに振られたあたしの前で告白するのは傷口に塩塗るみたいじゃない?」
「別に俺は言ってないんだよ。あとやっぱりそのからかいツッコみづらいからやめてくれない?」
俺が言うと、柚木はケタケタと笑ってくれる。
これが無理をしている笑いなのかは俺には分からない。けど、柚木は柚木で前を向いてくれている。前に進んでいる。
俺だけいつまでも立ち止まっているわけにはいかないよな。
あの日、背中を押してくれた柚木に申し訳ない。
「……ちゃんとしないととは思ってる。秋名が言ってることは事実無根の話だけど、でも俺も」
「なんの話?」
ちょうどそのとき、お箸を洗い終えた陽菜乃が戻ってきた。危ないな、あと少しで聞かれたらマズいことを言ってしまうところだった。
「いや、えっと」
「もうすぐ修学旅行だから恋バナが多いのかなって話してたんだ」
俺が言い淀んでいると、柚木が上手い具合に話を逸らしてくれた。さすがだよ、ほんとに。
「……そうかもね」
柚木のその言葉に、陽菜乃はなにか思うところがあるように呟いた。
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