第221話 意外な相談②
帰りの支度を終えた伊吹と木吉と合流して俺たちは学校を出た。俺の他にも木吉が自転車通学だったので、一人ずつ後ろに乗せて少し離れたところにあるファミレスに向かうことにした。
俺の後ろに樋渡、木吉の後ろに伊吹が乗る。
「そういや」
ふと思ったことを口にする。
「あの二人はいないんだな?」
吉岡と大原の姿がないことを疑問に思う。
伊吹、木吉と合わせて四人でいることが多いグループなので今回もいるものだと思っていた。
「ああ、まあな」
そう答えたのは伊吹だ。
前でせっせと自転車を漕いでいる木吉にいつもの元気というか、うるささがないのが気になった。
木吉も伊吹と同じくサッカー部だ。俺と違って二人乗りでひいひい言うような体ではないはずだけど。
「それも含めて、到着したら話すよ」
ここでは言えないことなのか?
あるいは、こんな自転車に乗りながら話すことでもないのかな。
自転車を漕ぐこと十五分。見えてきたのは緑の看板に赤い文字のイタリアンファミリーレストラン、みんな大好きサイゼである。
自転車を置いて店内に入る。
時刻は五時過ぎ。さすがにこんな時間から混んでいることはなく、すんなりと席に案内してもらった。
鳴木の生徒もいるけど、他の学校の生徒もいるようだ。店内の客のほとんどが学生なのは放課後ならではの光景だろうか。
「とりあえず注文するか」
「晩飯って時間じゃないな」
伊吹、木吉。俺、樋渡が隣り合わせて座る。伊吹に続いて、樋渡が呟きながらメニューを開く。
「つまめるもの幾つか頼むか?」
「そうだな。それでいいか?」
伊吹と樋渡でサクサクと話を進めていく。俺は何でもいいと樋渡に頷く。
こういうところを見ても、やっぱり二人はリーダーの素質があると思う。
適当に食べ物を頼み、それと一緒にドリンクバーを注文したので、各々が好き勝手にジュースを持ってきたところで話は始まった。
「さあ、話せよ」
伊吹が隣でもじもじしている木吉に言う。もじもじすんなよ気色悪いな。いつものテンションはどうしたんだ。
「やっぱこういうの照れるっつーか、緊張するじゃん? 心の準備ってやつが必要だと思うわけよ」
「ここに来るまでに時間あったろ。ていうか、ここまでお膳立てしたんだから、言ってくれないと困るぞ」
伊吹に言われて、木吉はうううと弱々しく唸る。いつもの彼らしくない実にヘタレな態度だな。
ヘタレという意味でなら俺も対して変わらないので急に親近感が湧く。
「実は二人にさ、相談? ていうのがあるっつーか」
ついに覚悟を決めたように話し出す木吉。
俺と樋渡に相談、ということに心当たりがなくてクエスチョンマークを浮かべる。
一体なんなんだろうか。
「なんだよ?」
樋渡が話の続きを促す。
「秋名、いるじゃん?」
「秋名?」
木吉の口から思いもよらぬ名前が出てきて俺は思わずオウム返しする。木吉と秋名の間になにか繋がりがあっただろうか。
……クラスメイトという繋がりがあるか。
「オレさ、秋名のこといいなって思ってて」
「「え゛!?」」
俺と樋渡のリアクションが重なった。
これは別に秋名のどこがいいの!? という驚きではなくて、何となく秋名と恋愛が結び付かなくて驚いただけだ。
「そんなに驚くことか?」
伊吹に言われて、俺は慌てて訂正する。
「いや、なんか意外だったというか」
別に秋名は悪いやつじゃない。むしろ、すごい良いやつだ。
俺はこれまで何度も彼女に助けられてきた。友達も多いし、みんなから愛されているだろう。
むしろ、どうして彼氏がいないのかと思うくらいだ。
これまで一度だってそういう話を聞いたことがない。
いや、だからか。
秋名からあまりにも恋愛の気配がしなかったから、結びつかなかったんだ。
「それで、僕たちに訊きたいことっていうのは?」
話が逸れたので樋渡が戻す。
「秋名って彼氏とかいるのかなって」
訊かれて、俺と樋渡は顔を見合わせる。
いないはず。
そういう話をしたことがないし、聞いたこともないから。
「いない、と思うけど」
「うん。僕も聞いたことはない。ただ、実は……みたいなパターンはゼロとは言い切れないかな」
それなんだよな。
秋名は自分の話をあまりしない。だからというわけではないけど、俺もあいつのことを訊くこともない。
もしかすると、訊かれたくないことだってあるかもしれないから。知らず知らず地雷を踏むなんてごめんだ。
「そこをリサーチしてくれね?」
「自分で訊けばいいんじゃないか?」
樋渡が至極最もな意見を述べる。
が、それに対して木吉は視線を逸らして気まずそうに口角を引きつらせる。
「恥ずかしいじゃん?」
「そんなことも直接訊けないような間柄の告白が上手くいくとは思えないけど」
「それはそうなんだけどッ! そこをなんとかッ! な? な!?」
ぐぐぐと前のめりになってお願いしてくる木吉。圧力が凄い。この勢いが出せるなら、いつもの調子で「秋名って彼氏とかいんの? いねーなら、オレ立候補しちゃおっかなー?」とか言えばいいのに。俺の中の木吉のイメージ、チャラいなあ。
しかし。
好きな人を前にすると尻込みしてしまう気持ちも分かる。
「どうするよ?」
「まあ、訊くくらいならいいんじゃないか」
「そうだな」
「サンキュー! 心の友よ!」
「助かるよ。俺からも礼を言う」
「なんで伊吹が礼を言うんだよ」
「木吉は友達だし。けど、俺には難しい役割だからさ」
そうだろうか、と思う。
伊吹と秋名は普通に話しているし、仲もいいように見えるけど。
そんなことを思っていると、考えを見透かしたのか伊吹が付け加えた。
「確かに話はするけど、それはあくまでもクラスメイトの範疇でだよ。俺と秋名は仲のいいクラスメイトではあるけど、友達ではないから」
難しい話だな。
友達というのはどこからが友達なのか、という問題が関わってくる。
伊吹がそう思っているのであれば、それはきっとそうなんだろう。
「まあ、僕らにも話してくれるかは分からないけどね。一番最適なのは日向坂とかくるみとかだろ」
「そこを巻き込んででも、ぜひ!」
「無茶苦茶言うなー」
樋渡がかったるそうに言うが、しかし樋渡の言うとおり陽菜乃や柚木に訊くのも一つの手かもしれない。
「今回のメインはそういう話?」
「そういうこと。もうすぐ修学旅行だろ? そういうのには持って来いのイベントだって話をしててさ」
「ああ。やっぱ意識してるやつ多いのかね」
ズズズとストローでジュースを飲みながら言った樋渡は俺の方を見た。俺はすっと視線を逸らす。
「オレの告白イベの成功のためには二人の協力は不可避ってワケ! そこんとこ、よろしゃすます!」
「……できる範囲でな。踏み込みすぎてこっちの関係に問題が起こるのはゴメンだからな」
「しゃッす! 志摩クンは?」
「俺も、樋渡と概ね同意見だ」
「しゃァッす!」
なんというか、面倒なことに巻き込まれているような気もするけれど、俺も陽菜乃との関係について悩むことはこれまで何度もあったし、今でもある。
そのとき、助けてくれたのは友達だ。みんながいなければ、俺はここまでこれなかったかもしれない。
俺の力が必要だと言ってくれるのなら、できるだけのことはしてみるか。
「ところでさ」
思い出したように樋渡が言う。
「なんであの二人は呼んでないんだ?」
吉岡と大原。
俺もすっかり忘れていた。
訊くと、あーと少し気まずそうな声を漏らした後に木吉が口を開く。
「あいつらには言ってないから。バレたくもないんだよな」
「どうして?」
友達なのに。
俺は思わず訊いてしまった。
すると木吉は、やっぱり気まずそうに、そして恥ずかしそうにぼそりと口にした。
「あいつら、絶対いじってくるから」
ああね。
その光景が想像できて納得してしまった。
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