第220話 意外な相談①
「班長は誰にする?」
伊吹がそう言い出し、皆が悩む。
俺の机の周りには樋渡、伊吹、木吉、吉岡、大原の五人が集まっていた。
吉岡、東浦というのは伊吹の周りにいる取り巻きだ。木吉と合わせて、文化祭に伊吹を怪我をさせた張本人でもある。
「伊吹クンでいいんじゃないの?」
軽い調子で言う木吉の言葉に伊吹は難しい顔をした。確かに伊吹にはリーダー的カリスマ性もあるし、文句はないけど。
「いや、ちょっとしんどいな。樋渡でいいだろ」
「そのしんどい役割なすりつけてくるなよ」
樋渡も、なんだかんだ上手くやると思うけど。
そもそも。
どうしてこの六人が集まっているのかというと、その日のホームルームは来たる修学旅行に向けていろいろ決めていこうという時間だった。
そして、ホテルの部屋の班を決めるところから始まった。
部屋の人数は五人から六人。
俺と樋渡がどうしようかと考えていたところ、伊吹の方から声をかけてきたのだ。
断る理由がなくて受け入れたところ、次なる問題として班長をどうするかという話し合いが始まった。
「けど、伊吹か樋渡が妥当だろ」
「それな!」
俺が言うと木吉が乗ってくる。
気づけば普通に話すようになったな、と思う。
文化祭というイベントは偉大だったということか。きっと俺以外にも、文化祭をきっかけに仲良くなった生徒はいるんだろうな。
ちらと陽菜乃の方を見る。
秋名に柚木、堤さんに不破さん、それから雨野さんの六人が集まっている。
見事に全員知っている人だ。
やるな、俺。
「話し合っても決まらないし、ここは公平にじゃんけんにするか」
そう提案したのは樋渡だ。
「そうだね。それがいい」
それに最初に乗ったのは伊吹である。それだけ班長が嫌ということなのだろう。
もちろん面倒事というのはある。
けどまあ、それに加えて木吉や残りの二人を扱うのがしんどかったりするんだと思う。
テンション上がって調子乗ると手がつけられないしな。周りが見えなくなるのも面倒だ。その結果、文化祭の悲劇のようなことだって起こったわけだし。
「俺は修学旅行委員があるからパスで」
手を挙げながらそう言うと、樋渡と伊吹がぐぬぬと表情を歪めた。
別にこのときのために修学旅行委員になったわけではないけど、正攻法で不戦勝になれたのは大きいな。
「仕方ねえ。残りのメンバーでじゃんけんだ。行くぞッ」
樋渡の音頭で五人が一斉に自分の手を繰り出す。五人もいれば何度かはあいこになると予想していたけど、まさか一発で決まるとは。
樋渡はグー。
それ以外は示し合わせたようにパー。
「お前ら、仕組んだなッ!?」
「偶然だって」
どうどう、と樋渡をなだめる伊吹の口元には笑みが浮かんでいた。
あれは本当に仕組んでいたって感じじゃなくて、心底ほっとして口元がゆるんでるって感じだな。
ともあれ。
勝負は勝負。
まして樋渡は言い出しっぺなので大人しく負けを受け入れるしかない。
悔しそうに黒板に名前を書きにいった。ドンマイだな。けど、きっと上手くやってのけるに違いない。
それが樋渡優作という男だ。
「志摩、樋渡。ちょっといいか?」
黒板に班長印をつけに行き、戻ってきた樋渡と俺に伊吹がちょいちょいと手招きする。
俺たちはどうしたんだろうと視線を交わしてから伊吹の方に寄る。木吉他二名はわちゃわちゃと騒いでいた。
「なんだよ、改まって」
「今日の放課後、時間あるか?」
珍しい伊吹からのお誘いに俺と樋渡は顔を見合わせる。俺は基本的に暇を持て余している民なので問題ないけど樋渡はアルバイトとかあるからな。
「俺は大丈夫だけど」
と言い、樋渡の方を見る。
「今日なら僕も行けそうだけど。逆にそっちは部活は大丈夫なのか?」
「いや、今日は顧問の都合で休みなんだよ」
「そういうことなら問題ないな。晩飯でも食いに行くのか?」
「そうだな。せっかくだし。ちょっと話したいことがあるんだよ」
重苦しい言い方ではなく、あくまでも軽い調子で伊吹が言う。彼から俺たちにというのは実に珍しい。
結果として修学旅行で同じ部屋になったし、文化祭の時期からちょいちょい関わることがあったけど、放課後にというのは初めてだな。
「なんか深刻な話か?」
「いや、大したことじゃない……って言うのも違うんだけど、俺じゃなくて木吉の話なんだよ。あいつからしたら大したことかもな」
木吉大吾。
いつまでもどこまでも、良くも悪くも、クラスのムードメーカーである。年中お祭り男の彼は悩みがあるようには見えないけれど。
あんな感じでも悩みとかあるんだな。
*
「隆之くん、帰ろ?」
放課後。
ざわざわと帰り支度を始めるクラスメイトの中をするりと抜けてきて陽菜乃がやってくる。
最近はお互いに特になにもなければ一緒に帰ることが多い。とはいえ、陽菜乃は電車で俺は自転車なので駅までの少しの時間なのだけれど。
「ごめん。実は今日、約束ができて」
「約束? 隆之くんが?」
「そんな眉をひそめて言うことか?」
いや、珍しいんだけどさ。
「誰と?」
「樋渡とか伊吹とか」
難しい顔をしていた陽菜乃がさらに難しい顔をする。どうして伊吹と? となるのは分かるが。
ふぅん、と小さく言った陽菜乃は神妙な顔つきをしながらさらに続ける。
「樋渡くんや伊吹くんっていうなら、まあいっか。そういうことなら今日は一人で帰るね」
最後にはにこりと笑ってくれた。
「ごめん」
「んーん。それじゃあ、また明日ね」
ふりふり、と手を振って陽菜乃は教室を出ていってしまう。ずっとタイミングを見計らっていたのか、入れ違いで樋渡がやって来た。
「日向坂の許可は得たか?」
「別に許可制じゃないんだが?」
ツッコミを入れると樋渡は楽しそうにケタケタと笑った。
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