第218話 休日の二人(デート)⑥


 ゲームセンターの中をいろいろと見て回る。

 一階はクレーンゲームのコーナーになっていて、主に有名どころのグッズが揃えられていた。


 二階に上がると半分はクレーンゲームで、もう半分がコインゲームだ。

 クレーンゲームは一階と違い、少しマニアックな作品を取り扱っているらしい。残念ながら、ほとんど知らなかった。


 三階に上がるとどうやらアーケードゲームなんかがあるらしいけど、さすがにそこまで行ってもプレイすることはないだろうということで三階には上がらなかった。


 なんか、殺伐とした空気をひしひしと感じたし。


「だいたい見たし、そろそろ出ようか?」


「まだメインディッシュが終わってないよ?」


「メインディッシュとは」


「言わないでもわかるでしょ。ほら、わからないならわたしの頭の中を覗き込んでみてよ」


「そんなエスパーみたいなことできないけど」


「やってみなきゃわからないでしょ。目と目をじっと合わせて見つめ合っていると伝わるかもしれないよ。やってみる?」


「いや、大丈夫」


「メインディッシュがなにかわかった?」


「プリクラね」


「せいかーい」


 ぱちぱち、と手を叩きながら可愛らしく賞賛してくれる。

 ここに入る前にあんな話をしたんだから分かるでしょ、とは思うけど、そんな話をしていなくてももしかしたら分かったかもしれない。


 だって。


「もう行く気満々じゃん」


 目の前にはプリクラコーナーがあるし、陽菜乃の体はそちらを向いていた。


「え、そうかな?」


「顔が隠せてないよ」


 にたーと笑っている。

 これはきっとなにを言っても諦めないだろうな。あんまりそうは見えないけど意外と頑固だったりするもんなあ。


 ここでああだこうだ言い合ってる間に横を通り過ぎていく人に見られて恥ずかしいし。


 さっきからくすくす笑われている。

 

「仕方ない」


 覚悟を決めた俺はプリクラコーナーへと足を踏み入れる。中には機械がいくつもあって、どういうわけか化粧室みたいなコーナーがある。


「どれがいい?」


「違いが分からない」


 プリクラなんてどれも同じだし、選択する意味なんてないだろうに。俺が言うと、陽菜乃は幾つか見比べて「あれにしよっか」と指差した。


 相変わらず未知の空間というか、アウェイ感がすごくて今すぐ帰りたい気持ちに駆られる。


「ここはわたしが払うね」


 チャリンチャリン、とお金を投入しながら陽菜乃が言う。別に払うことはなんとも思ってなかったけどそう言うなら素直に従っておこう。


 お金の投入が終わるとテンション高い機械音が『はっじまっるよー!』と話しかけてくる。


 やっぱりこのテンションが苦手だ。


 すう。


 はあ。


 と、心を落ち着かせる。

 こうしていつまでもうだうだ考えてるところはマイナスポイントだ。覚悟も決めたし、ここはもう開き直ろう。


 かかってこいプリクラァ!



 *



 カコン、と撮影を終えた写真が出てきてそれを手に取る。

 俺がプリクラというものを利用したのは人生で二回目。あのときは俺と陽菜乃、それに加えてななちゃんが写っていた。


 けど。


 ここには俺と陽菜乃しかいない。

 プリクラというものは撮影後に編集ができるもので、最近は本当になんでもできる。

 もはや別人にさえなれる。

 とある一枚の俺はめちゃくちゃ可愛くなってるし。いや、可愛くはないか。


 陽菜乃はプリクラをキレイに切り取り、その片方を俺に渡してくる。


「スマホとかに貼ってもいいよ」


「いや恥ずかしいって」


 編集は陽菜乃に任せっぱなしだったので改めて見ると恥ずかしいこと描いてたりする。

 こんなものを人に見られるであろうスマホに貼るのはさすがに厳しい。絶対からかわれる。主に秋名や樋渡から。最近は柚木もあっち側に回ってて厄介極まりない。


 ……彼女なりの、応援なのかもしれないけど。


「恥ずかしくないって思える日が来たら貼ってね。それまではわたしも置いておくから」


「……そんな日が来たらね」


 プリクラを恥ずかしくないと思う日はこの先も来なさそうだけど。ていうか、女の子ってとにかくハートとか好きだよなあ。


「そろそろ出ようか」


 ゲームセンターを出たときには午後六時に差し掛かろうとしていた。日は沈み始めており、段々と世界は闇に包まれようとしている。


 時間としてはいいくらいかな。


 結局、映画のあとに喫茶店は行かなかったな。まあ、その前にご飯を食べたりしたから仕方ないけど。


「もうこの時間でも結構暗いよね」


「秋だなって思える瞬間だと思う」


「ほんとうにね」


 そんな話をしながら俺たちはどちらからでもなく歩き出す。

 この時間になっても道行く人の数は減っていない。むしろ、さらに増えているような気さえする。


 夜から晩御飯だけでも、という人たちもいるのだろう。そこからさらにカラオケやボウリングで盛り上がったりするのかも。


 晩御飯、か。


「なんか、楽しい時間ってあっという間に過ぎてくね。ついさっき、隆之くんと待ち合わせしてたような気がするのに」


 その気持ちは分かる。

 けど、あのときはまだ空が明るくて周りには子供もいた。けど今は日は沈んで、周りは大人が多くなっている。

 時間の経過を嫌でも実感させられる。


「……」


 まるでこの時間を惜しむように。

 惜しんでくれているように、陽菜乃は優しく微笑んだ。

 だとしたら。

 それは俺と同じ気持ちだよ。


 俺も、今日という日が終わることを惜しんでる。このまま時間が過ぎなければって願ってる。


 けれど。


 足は前に進んでいて、電車の駅は確実に近づいていく。


 もしも。

 この時間を終わらせないように俺が取れる選択肢があるとしたら、彼女に言うべき言葉は一つだけだ。


 その場しのぎかもしれなくて。

 悪あがきのようなものでしかなくて。


 でもやっぱり、あと少しだけ。


「隆之くん?」


 気づけば足を止めていた。

 

 待ってるだけじゃダメだって知ってるから。

 いつも陽菜乃に甘えてばかりだ。彼女が口にすることを受け入れて、自分は傷つかないように口を噤んでいた。


 これまではそれで良くても。

 これからはそれじゃいけないから。


 願いは口にして。

 思いは言葉にして。


 相手に届けないと伝わらない。


「もし大丈夫なら、晩御飯を食べて帰らない?」

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