第217話 休日の二人(デート)⑤
映画の内容は『人の幸せにするために地上にやってきた天使に人間が恋をする』というものだった。
こういう類の映画をあまり見ないので、この内容が王道なのかとかは分からないけれど、普通に面白いものだった。
天使は自分が天使であることは言ってなくて、人間の男にひたすらアプローチをされる。
最初は拒絶していたけど、徐々に気持ちは変わっていって、いつの間にか男に惹かれていた。
互いの気持ちを通わせた二人だけど、天使には地上人とは恋をしてはいけないという決まりがあった。
そのルールを破った天使には罰が与えられる。男は天使を守るために必死に足掻いたけど、最後には天使は天界へと連れ戻される。
バッドエンドなのかな、と思ったけど最終的には天使の力を失ったその女の子が地上にやってきて、男と再会して物語は終わった。
複雑な設定はなく、するりと入ってくる物語に段々と引き込まれていく。
後半になるにつれて手に汗握る展開があり、クライマックスには目頭が熱くなってしまった。
映画が終わり、劇場内の明かりがふわりと灯る。この静かに明るくなる感じが映画館って感じがするのだけれど、俺だけだろうか。
「すごい良かっ……た」
隣に座る陽菜乃の方を向くと、彼女はぐすと鼻をすすっていた。涙を流したあとなのか、こちらを見た陽菜乃の目は赤かった。
「ごめんね、ちょっと感動しちゃって」
すうはあ、と深呼吸をして心を落ち着けている。ゾロゾロと客が出口に向かっているところなので、無理に急ぐ必要もないだろう。
「出口落ち着くまでまだ時間あるし、ちょっとゆっくりしとこうか」
「……ごめんね」
ずび、と鼻を鳴らしながら陽菜乃が言った。
しかし、と俺は空っぽになったポップコーンのカップを覗く。見事になくなってるな。俺、ほとんど食べてないんだけど。
さすが、日向坂陽菜乃。
「そろそろ行こっか」
「もういいの?」
「うん、だいじょうぶ。ありがと」
陽菜乃がよいしょと立ち上がったので、俺もそれに続く。ジュースが少しだけ残っていたので、それを全部飲み干してしまう。
「それ、中身もうないなら貰うけど」
「あ、ありがと」
陽菜乃は既に飲み終わっていたようで、俺が言うとすぐにドリンクのゴミを渡してきた。
劇場の出口にはもう人はいなくて、俺たちはすんなり外に出ることができた。
すぐそこにあったゴミ箱にポップコーンとドリンクのゴミを捨てて、劇場の外へ向かう。
さて。
本日の目的である映画が終わってしまった。
そうなった以上、ここで解散という選択肢だってもしかしたらあるのかもしれないけれど。
できることなら……。
「このあとなんだけど」
「このあとってね」
二人の声がぶつかった。
それがおかしくて、すぐにくすりと笑いだしてしまう。
「このあとなんだけど、もうちょっとどこかに行ければって思うんだけど」
「わたしもね、一緒のこと思ってた。同じこと考えてたんだね」
一応、梨子に映画館のあとは喫茶店なんかに入るなどと言われていたのである程度は調べたけど、さっきご飯も食べたしポップコーンも食べたしでちょっと時間を置きたい気もする。
けど。
そうなると、どこに行くべきか。
なにか買い物を、とか考えたけど買いたいもの特にないし。それを相手に委ねるのは違うような気もする。
一人だと適当に時間を潰すことは容易いけど、これが誰かと一緒となると急に難易度上がるな。
「それじゃあどうしよっか」
んー、と陽菜乃は唸った。
どうやら彼女もこれといった候補は思い浮かんでいないらしい。
きっと、ここでスマートにエスコートできる男が格好良いのだろうけど、俺にはそれは難しい。
デートの経験なんてないし、どころか友達と遊ぶことすらあまりない。だから、こういうときの引き出しがとにかくないのだ。
「隆之くん、なにか見たいものとかある?」
「……いや、どうだろ」
ない。
と、答えるのは簡単だけど、それは多分良くないと思う。なにか一つくらい候補を上げないと。
別にどこでもいい。
本屋か?
いや悪くないけど楽しませるトークを繰り広げれる自信がない。そもそも見たいものもない。
家電量販店はとにかく暇つぶしに最適だと聞いたことがある。けど、買いもしないのにうろうろ見て回るのはどうなんだろう。
カラオケ?
ボウリング?
ぐるぐると思考を巡らせた結果、俺の口からポロリとこぼれ出た言葉は。
「ゲームセンター、とか?」
「あー、いいね。ちょうどあそこにあるし」
歩いていると、前にゲームセンターの看板が見えてきた。三階ある建物すべてがゲームセンターのようだ。さすが都会は一つ一つのスケールが大きい。
「隆之くんとも来たことあるよね?」
「ここ?」
「んーん。ゲームセンター」
「ああー」
そういえば、あったな。
あれはまだ俺と陽菜乃が出会って間もない頃、ななちゃんがきっかけを作ってくれてイオンモールに行ったときだったっけ。
クレーンゲームをしたり、あとは、そう……。
「そういえばあのとき、プリクラ撮ったんだっけ」
「撮ったね」
あれは恥ずかしかった。
あんなの男が撮るもんじゃないよ。
「今日も撮る?」
「いや、大丈夫」
俺が即答すると、陽菜乃がええーとつまらなさそうに呟いた。ノリが悪いとでも言いたいのだろうか、上等ですよそれでも俺はあれをしたくない。
あのキャピキャピしたノリが、やっぱりどうにも苦手なのだ。
「あのときはななもいたけど、今日は二人だよ? 記念になると思うんだけど」
「記念と言われても。特別な日でもあるまいし」
「特別だよ」
歩きながら話していると、ゲームセンターの前に到着する。中からは騒がしいガシャガシャした音が響いていた。
入口の前で陽菜乃は立ち止まり、そして何があるわけでもない上を見上げながらそう言った。
そして、今度はこちらを見る。
「隆之くんとの初デートだよ? これを特別と言わずに、なにを特別と言うのかな?」
恥ずかしそうにはにかんだ陽菜乃を見て、俺はぐしぐしと頭を掻く。
「他にもっとあると思うけどね。誕生日とか、そういうの」
けど、と俺はそのまま続けた。
「今日が特別なのは確かだけど」
「それじゃあ記念に一枚いっときますか?」
「……いやあ」
それとこれとは話が違うんだよなあ。
なんてことを思いながら、俺たちはゲームセンターに足を踏み入れた。
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