第216話 休日の二人(デート)④
昼食を食べ終え、店を出たところで時間は午後一時半。映画の上映まではもう少しだけあるけど、どこかに行くにはギリギリだ。
「とりあえず映画館に向かおうか」
「そうだね」
ランチメニューだったからか、ハンバーグを含めて全体的に少し小さめだったおかげで苦しいということもない。ちょうどいい具合で終えることができた。
映画館は一度行ってるので場所は分かってる。ここからのルートも問題なく思い浮かんでいるので迷う心配もないだろう。
道中、またしても梨子の言葉がフラッシュバックする。
『これはさすがに分かってると思うけど、ちゃんと陽菜乃さんに歩幅合わせるんだよ? 先々歩いたりするの論外だから』
『それくらいは分かってる。お兄を舐めないでくれ』
『舐めないでほしいなら、それなりの結果を残して』
『辛辣……』
『あと、車道側を歩くのも紳士の嗜みだから』
「……」
やっちまったなぁ。
陽菜乃が車道側歩いてる。もしかしたらさっきも歩かせていたのかも。なんとか場所を変えられないだろうか。
むう、と考える。
「どうしたの?」
俺が真剣に悩んでいたからか、陽菜乃が心配そうに顔を覗き込んできた。
「なんか難しい顔してるよ?」
「あ、いや、なんでも」
誤魔化す。
しかし、陽菜乃は納得してくれなくて、むうっと眉をひそめた。
「なにか気になることがあるなら言って? わたしにできることなら力になるから。それとも、なにか不満とか?」
「そうじゃないんだけど」
こういうときにそれっぽい言い訳思いつくような頭があればいいんだけど、残念ながらなにも思いつかない。
しかし、いつまでも黙ってるわけにもいかない。
「じゃあ、なに?」
俺は諦めることにした。
正直に言えば、笑われるくらいで済むだろう。
「その、車道側を……歩かせてるなあと思って」
「へ?」
「なんとかしてさり気なく場所を変わる方法はないか考えてた」
ああ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
俺は羞恥心に襲われ、陽菜乃の顔を見てられずに俯く。思いっきり笑ってくれた方がまだ救われるかもしれない。
しかし。
笑い声はいつまで経っても聞こえてこなくて。
ててて、とステップを踏むような弾んだ足音がした。
「これでいい?」
顔を上げると、陽菜乃がさっきとは逆の方に移動していた。
「あ、はい」
俺が答えると、陽菜乃はにっこりと笑う。
「不器用でもいいんだよ。しっかり考えてくれてることが嬉しいの。だから、一人で悩まないで?」
「……ありがとう」
そうだった。
俺なんて、格好つけても格好つかない不器用な男なんだ。それでも見栄張って格好つけたいときはあるけれど、陽菜乃は等身大の俺を受け入れてくれている。
見栄は張っても、無理はしなくていいんだな。
「じゃあ、行こっか」
*
映画館に到着した頃にはすっかりいい時間だった。
「日曜日だから結構人いるね」
陽菜乃の言うとおり、チケット売り場はそこそこ列ができていた。
都会の映画館なのでスクリーンがいくつもあるし、あれだけ人がいてもそれぞれ観るものは違うからめちゃくちゃ混んでるってことはなさそうだけど。
ていうか、そうであってほしい。
「じゃあ並ぼっか」
と、陽菜乃がチケット売り場の方へ向かおうとしたので俺はそれを止める。すると陽菜乃はどうしたの? という顔でこちらを見る。
「チケットは買ってる」
俺は財布の中に大事に入れておいたチケットを出して陽菜乃に見せる。すると彼女は驚いたように目を見開いて口もぽかんと開いてしまう。
「今日の隆之くん、なんか変だ」
「変!?」
あわあわしている陽菜乃の言葉に俺が思わず反応してしまう。すると、彼女はすぐにハッとして我に返る。
「あ、ちがうちがう。なんかいつもと違うから驚いちゃって。今日はどうしたの?」
変と言えば変なんだけどな。
これまでとは気持ちが違うから。少しでも良いところを見せようと必死なだけなんだけど、さすがにそれは言えない。
ので。
「まあ、デート……だから」
口にすると恥ずかしい。
俺は赤くなっているであろう顔を隠そうと俯く。
陽菜乃の方からなにも言ってこないので、気になってすぐに顔を上げたけど。
陽菜乃は陽菜乃で、口元をもにょもにょさせながら顔を赤くしていた。照れてくれてる?
「あ、ありがとね。いろいろ考えてくれて。全部嬉しいよ、ほんとに」
「喜んでくれてるなら良かったよ。間違えてないか、ずっと心配だったし」
梨子の言ってることは間違ってないと思う。だから、こうして出来る限り実践しているわけだし。
どちらかというと、俺がそれを上手くできているか不安だった。
けれど、陽菜乃にはちゃんと気持ちは伝わっていたらしい。彼女はチケットを持った俺の手をきゅっと握った。
「相手のことを思ってしたことが、間違いなんてことはきっとないよ。わたしはそう思うな」
「……その言葉は心の底から嬉しいけど、映画館の真ん中ですることじゃないなこれ」
「……たしかに」
はにかむように笑って陽菜乃はぱっと手を放す。少し惜しいような気持ちを押し殺して、俺たちは劇場に向かおうとした。
「あ、お金」
「いいよ。これくらい」
はした金、とは言えないけれどこれは見栄だ。やっぱりデートなんだから、少しくらい格好つけたいものなのだ。
「じゃあ、ジュース買お? それはわたしが買うから!」
「……じゃあ」
陽菜乃は陽菜乃で自分が納得したいんだろうな。簡単には奢らせてくれないなあ、と思いながら彼女について行く。
それならそれでいいんだけど。
「ポップコーンも買っとく?」
「さっきハンバーグ食べたけど?」
「映画館といえばポップコーンだよ」
「じゃあ、まあいいけど」
「隆之くんは好きな味ある?」
「どっちでも。陽菜乃の好きなやつでいいよ」
「じゃあ、食後だしキャラメル味にしようかな?」
「どうぞ」
そんなわけでポップコーンとドリンクを持って、俺たちは劇場へ向かう。
俺は両手が塞がっているので陽菜乃にチケットを任せる。受付でそれを提示して、さらに進む。
中に入ると人はぱらぱらいる程度だった。公開から少し経ってるからか、そもそもそこまで人気ないのかは俺には分からない。
人がいないことは素直にラッキーだけど。
真ん中辺りの席を選んだけど、隣には人がいなかった。
「いい席だね。隆之くんが買っててくれたおかげかな」
「……どうだろ」
この感じなら買ってなくてもここを取れたような気はするけど、多分褒めてくれてるんだろうな。
少しの間、予告編を眺めていると劇場内が暗くなる。この感じも映画館ならではで好きだったりする。
映画泥棒の映像と上映中の注意事項を流れたあと、ようやく本編が始まった。
顔は前に向けたまま、視線だけでちらと隣の陽菜乃を見る。
真剣にスクリーンを眺めていたので俺も前を向こうとしたとき、たまたまこちらをちらと見てきた陽菜乃と目が合った。
目が合ったので視線だけで見てるのもおかしいと思い、一応お互いに顔を向ける。
映画が始まっているので言葉はない。
陽菜乃は恥ずかしそうに笑ってから、集中しようかとでも言うように前を向いた。
だから俺も、とりあえず映画に集中することにした。
……映画館って結構隣との距離近いんだなあ。
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