第214話 休日の二人(デート)②


 改札から出た陽菜乃は周りをきょろきょろと見渡す。俺の姿を探しているのは明白なので、アピールしようとしたのだけれど、その前に彼女が俺に気づく。


 日曜日のこの場所は当然ながら人が多い。あっちこっちに人がいるのに、よくその中から俺を見つけられたものだと感心する。


「やっぱり先に来てた」


 俺のところへてててと駆け寄ってきた陽菜乃は、むうと少しご機嫌ななめな感じで言う。


 え、早めに来て責められることってあるの?


「ダメだった?」


「んーん。いつも隆之くん、先に到着するから今日こそはわたしが待ってやろうって思ってたの」


「そりゃ悪かったよ。いや別に悪くないだろ」


「まあね」


 俺が自分で言って自分でツッコんでみせると陽菜乃はくすくすと小さく笑った。


 しかし、と改めて到着した陽菜乃を見る。


 今日の陽菜乃はいつもと違うように思えた。いつも可愛いことに違いはないけど、いつにも増してというかなんというか。

 輝いている? みたいな。


 大きなリボンの付いた白のインナーに上から白のニットカーディガンを羽織っており、下はベージュのミニスカートにブーツ。キャメル色の小さなカバンを手にしている。


 なにがいつもと違うのか少し考えてみた。多分、スカートに違和感を覚えたんだ。あんまりミニスカートって見なかったなと思う。

 それに、耳元にきらりと光るものが見えた。ピヤスかイヤリングかは分からないけど、そういう装飾もなんだか珍しい。


「どうかした?」


 俺がまじまじと見ていたからか、陽菜乃はこちらの顔を覗き込んでくる。

 あなたのファッションを吟味しておりました、とは言えずに俺は視線を逸らしてしまう。


 そのとき。


『いい? まずは女の子の洋服を褒めること! デート中に褒められて嫌がる女の子はいないから! これマストだからね!』


 梨子の言葉を思い出す。


 褒める、か。

 とはいえな、俺みたいな男に「その服おしゃれだね」とか言われても「お前はおしゃれの何を知ってんだよ」とか思われないだろうか。


『女の子はね、一生懸命可愛い服を選んでるんだよ。その服かわいいねって言ってもらえるだけでも嬉しいの!』


 梨子もそう言っていたし、ここは頑張ってみますか。


「いや、その、服がね」


「服?」


 きょとん、としてから陽菜乃はハッとして自分の服を確認する。


「な、なにか変かな!? 普段はあんまり着ない服だから、その、もしかして似合ってない!?」


 わたわたする陽菜乃に俺は慌てて訂正を入れる。そうじゃないよ、と言うと落ち着いてくれた。


「服が似合ってて。その、か、かか、か、か」


「か?」


「か、可愛かったから、見てしまってただけ、でした。はい」


 なに言ってんだ俺は。

 俺におしゃれの知識と頭の回転の速さと自信と度胸があれば、あらゆる言葉を用いて褒めちぎるところだけど、これが限界だった。


 ごめんよ梨子、お兄はヘタレだった。


「あ、ありがと」


 陽菜乃はぽしょりと呟いて俯いてしまった。よく見ると、顔が赤くなっているような気がする。

 あれは、照れてるのか?

 ということは、褒められて喜んでくれている?


「うれしい」


 顔を上げた陽菜乃は白い歯を見せて、にっと笑った。



 *



 さて。


 かくしてデートが始まった。

 今日の目標は失敗せず、楽しい一日を過ごしてもらうことだ。

 そのために梨子から説教はくらった。おかげで、ある程度のイメージはできている。


「お昼って食べた?」


 さて移動しようかのタイミングで俺はお昼についての確認をする。ここの陽菜乃の返事によって、ここからのルートが変わる。


 映画のチケットは梨子のアドバイス通りに買っている。お昼を食べていない場合のことを考えて、十四時くらいのものを購入した。


「どうしようかなって思ったんだけど、食べてないんだよね」


「じゃあ、映画の前に軽くなにか食べようか」


「うん。そうしよ」


 そうして俺たちは歩き出す。

 問題はどこでご飯を食べるかということなんだけど。


 ここで梨子との会話がフラッシュバックする。


『もちろん分かってると思うけど、ファーストフード店とかナシだから。ハンバーガーとか牛丼とか、そんなとこ連れてかれたら引くよ』


『どうして?』


『そういうものだから。仮に百歩譲って、そういうのを気にしない女の子だとしても、そういうところよりおしゃれな喫茶店とかの方が嬉しいものだよ』


『なるほど』


『イタリアンとかでもいいね。とにかく、なんかちゃんと考えてくれた感じが大事なの。わかった?』


『おけ』


 とのことだったか。

 ここに来るまでの間に少しは調べてみた。結局、ここっていうのは決まらなかったんだけど、ある程度の候補は用意できた。


「なにか食べたいものある?」


「んー、なにかな」


 いつもの如く、陽菜乃は唸りながら考える。


「隆之くんはなにかある?」


「今のところ、何にでも対応できると思うけど。決めたほうがいい?」


 またしても梨子の言葉が蘇る。


『なんでもいいよは甘えだから。相手に合わせれる俺カッケーとかないから。最終判断は委ねるにしても候補上げるとか、とにかくそういうところ気をつけなよ』


 ということで、確認してみた。


「じゃあ、何個か食べたいもの言ってみようよ」


「そうしようか」


 とりあえず思いついたものを上げる。


 ハンバーグ。

 ラーメン。

 寿司。

 イタリアン。

 うどん。


 五つほど上げたところで最終ジャッジに入る。


「じゃあ今の中からせーので言おうね。決まった?」


「いつでもどうぞ」


 これで合わなかったらどうするんだろう。結局譲り合いとか始まってしまうのではないだろうか、とか考えてしまう。


 けれども。


 結論から言うと、そんな心配は不要だった。


 なぜなら。


「「ハンバーグ!」」


 答えが一致したからだ。

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