第213話 休日の二人(デート)①


 寝れるか。


 あのあと、結局早々に布団には入ったものの今日のことを考えれば考えるほど頭は冴えていき、ほとんど寝れなかった。


 考えないようにしても、数秒したら何か考えてしまう。無になるってめちゃくちゃ難しいんだなって実感した瞬間だった。


 集合は昼だけど、八時には目が覚めてしまった。二度寝する気にはならなかったので、俺はもう起きることにした。


 顔を洗ってスッキリしてから自室に戻り、むうと唸る。


 服、どうしようか。

 大前提としておしゃれな服は持っていない。タンスの奥を探ればさすがにこれはどうなんだろうというような服は出てきそうだが。


 高校生になってからは無難な服だけを買うようにしている。俺みたいなおしゃれ音痴はそうするしかない。


 別にいつもならばそれで構わないと思っているんだけど、今日は満を持してのデートだ。


『隆之くん、デートなのにいつもと変わらないね。ていうか、いつも同じ服着てる?』


 とか言われたら本気で凹むな。

 事実だからどうしようもないけど、ほんとにごめんってなる。


 今から買いに行くか?

 いやいや、結局俺のセンスで買えば似たようなものになってしまうのは必然だ。


 諦めよう。

 背伸びしてもなにもいいことなんてない。等身大の俺を見てもらえばいいや。


 ということでいつも通りに無地の白シャツに黒のスキニー。上からジャケットを羽織るけど、今すぐ出発はしないので今は羽織らない。


 こういうときってカバンを持ち歩くべきなんだろうか。ぶっちゃけスマホと財布だけだからカバンはなくてもいいんだけど。


「……分からん」


 とりあえずなんか飯食いに行こう。

 そう思いリビングに向かうと、梨子がトーストをかじっていた。珍しいな。


「どっか行くのか?」


「行かないけど。なんで?」


「いや、早起きだから」


 そう言うと、梨子はむすっとした表情を作る。


「最近はこれくらいの時間に起きてます。朝から勉強してるんですー」


「そうなんだ」


 なんだかんだしっかり勉強してるんだな、と感心した。だとするならば、昨日のようにたまには労ってもいいかもしれないな。


「お兄こそ、早起きだけど?」


「出掛けるんだよ」


「陽菜乃さんだ?」


 トーストを食べようと、キッチンでせっせと準備していた俺は動揺して動きを止めてしまう。


「なんで分かった?」


 なんだよこいつ超能力者かなにかか?


「言ってみただけ。陽菜乃さんなんだね」


 騙された。

 妹にしてやられた俺は見えないように悔しがった。トーストの準備を終えてリビングに戻ったときにはいつもどおりのお兄になる。


「悪いか?」


「別に。なに、デート?」


 不機嫌な様子の梨子はそんなことを訊いてくる。別にそんなんじゃないと言えばそれまでだけど、別に隠すことでもないんだよな。


「まあ、そんなとこ」


 短く答えると、梨子は「ふうん」と感情が読めない返事をしてきた。どこかつまらなさそうに聞こえた。

 とりあえずそこには触れずにトーストが焼き上がるまでにコーヒーを入れることにした。


「どこ行くの?」


 粉を入れてお湯を注いでいると梨子がさらなる質問をぶつけてきた。


「映画だけど」


「無難だね」


「褒めてる? 貶してる?」


「ギリギリ褒めてる」


 ギリギリなのか。

 俺はガクリと肩を落とす。コーヒーの入ったカップをテーブルに置いてトーストの様子を見に行く。


「それからは?」


「ん?」


「映画観てから。デートなんだから、それで終わりじゃないでしょ?」


「あー」


 確かに。

 忘れてた。

 すっかり頭から抜けていた。いつもそこまで考えないし、今回は緊張でそれどころじゃなかった。


「まあ、その辺ぶらぶら……みたいな」


「アウト」


 ですよね。


「そういうときにスマートにエスコートできないと、幻滅されるんだよ? お兄、ちょっとデート舐めてない?」


「別に舐めてないけど」


「こっち来て」


 ちょいちょいと手招きされ、前のイスを指差す梨子に従う。ちょうど焼き上がったトーストは持っていくことにした。


「今日の予定、言ってみ?」


「昼の十二時に集合して、映画観て……みたいな」


「お昼は?」


「ん?」


「お昼ご飯! ランチ!」


「ああ、えっと、どうするんだろうね?」


「正座しろばかお兄!」


「さーせん」


 上手くできるかどうかの不安に襲われるあまり、その内容について一切考えていなかった。

 俺は愚かだ。梨子の言うとおり、ばかお兄だ。


「映画ってどこで観るの? まさかイオンじゃないよね?」


「なんか陽菜乃が街の方に出ようって言ってたからそっち」


「陽菜乃さんの方はちゃんと考えてるじゃん。本来なら、それをお兄がしなきゃなんだよ?」


「うす」


「あと、映画のチケットは先に買っておくの」


「なんで」


「そっちの方がスムーズだから!」


「でも席選びとか、こだわりあるかもしれないじゃん」


「だいたいわかるでしょ!」


 梨子の勢いは止まらない。

 俺は発言を受けるたびに段々と肩身が狭くなって縮こまっていく。


「それで?」


「はい?」


「お昼は?」


「陽菜乃は食べてくるかもしれないけど」


「食べてこないかもしれないでしょ。常にあらゆるパターンを想定しておかないと、お兄みたいなダメダメな人はすぐ愛想尽かされるよ!」


「肝に銘じておきます」


 それからも、梨子のデート講座は続いた。



 *



 時間は十一時四十五分。

 集合時間の十五分前。陽菜乃はまだ到着していないようで、俺は柱に背中を預けて待つことにした。


 梨子からいろいろと説教を受けてある程度の計画を立てることに成功した。


 きっと大丈夫。


 スマートにエスコートして、できる男であることをアピールしてみせるぜ。


「……お」


 改札を眺めていると、奥からこちらに歩いてきている陽菜乃の姿を見つけた。


 

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