第212話 デートってなんだろう③


 結局一日振り回された。

 お昼のあともあっちこっちと店に入っていく梨子にひたすらついて行く俺。

 夕方に帰宅したときにはヘロヘロだった。もはや学校の日よりも疲れたまである。休日ってなんだっけ。


 ということで俺は早々に風呂を済ませて、ベッドにダイブした。ポカポカした体とふかふかの布団のせいで睡魔が襲ってくる。

 多分、目を瞑ればすぐに夢の世界にご案内してもらえるだろう。


 が。


 俺にはやることがあるので目をカッと開き、近くにあったスマホを手にする。


「……電話の方がいいかな。いやでも、なんかしてたら悪いな」


 うんうん唸ること三分。カップ麺にお湯を注いでいたら危うく完成してしまうところだった。


 ようやく決めた俺はラインに文字を打ち込んで躊躇う前に送信した。


「……デートってなんなんだろ」


 文化祭の終わり。

 俺は陽菜乃にデートをしようと言った。告白という大きなイベントの前に踏むべきステップだと思ったから。


 あれからタイミングを見計らって結局今になるまで行動できていなかったので、俺はちょうどいいやと思い誘うことにしたのだ。


 しかしだ。


 デートといっても、それは実に曖昧ではなかろうか。


 イメージとしては男女が二人で出掛けることを指しているように思う。

 けれど、だとするならば、俺と陽菜乃はすでに何度か二人で出掛けている。その定義に則るならば俺と陽菜乃はデート経験済みということになるけど。


 あれがデートだったのかと言われると、果たしてどうなんだろうか。


 お互いにそういうふうには考えていなかったはずだ。少なくとも俺は意識しないようにしていた。


 なら、デートだと思えばデートなのか?


 それがしっくり来るか。


「お兄、ご飯だって」


「ああ」


 言われて起き上がる。

 それを見て部屋から出て行こうとした梨子の背中に俺は問いかけた。


「なあ、梨子」


「なに?」


「デートってなんだと思う?」


「急にどしたの。中学生みたいなこと考えるじゃん」


「うるさい。いいから答えろ」


 ゆっくりと立ち上がり、梨子に落ち着きながら言うと、面倒くさそうな顔をしつつもううんと唸った梨子が口を開いた。


「デートだって思えばデートなんじゃない? 私は二人でご飯に行ってももただのご飯としか思わないよ。デートしよって言われて、初めてデートなんだって思うし。要は気持ちの問題でしょ」


「え、なに、お前デートとか誘われるの? お兄ちゃん、梨子にはまだそういうの早いと思うんだけど」


「うるさいなあ」


「今は受験に集中するべきだと思うんだけど!」


「ああもううるさい! ものの例えの話!」


 言って、梨子は先に部屋を出ていってしまう。残された俺はふむと考えた。


 だったら。


 やっぱり。


 俺と陽菜乃にとっては、これが初デートになるのかもしれないな。



 *



 晩御飯を食べ終え、自室に戻ると俺のスマホがぴこぴこ緑ランプの点滅を繰り返していた。


 普通にメールの着信を知らせている可能性もあるけど、三十分前に送った陽菜乃へのメッセージに対する返事が来ているかもと胸を躍らせる。


 返事一つあるだけで、跳ねるように嬉しいのだから人間というのは単純な生き物だ。


 そんなことを思いながらスマホを確認する。


『電話してもいい?』


 陽菜乃からの返事はシンプルにその一言だけだった。時間を見ると俺が送った二分後には返事をしてくれていたようだ。


『大丈夫』


 遅くはなったけど、今からならもうなにもないのでいつ電話があっても大丈夫だ。俺は最近ようやく使い慣れてきたスタンプと一緒にその返事を送った。


 五秒と経たないうちに既読がついて、そこからすぐに陽菜乃からの着信があった。


 俺はすうはあと深呼吸して一度心を落ち着かせてから応じる。


「もしもし?」


『あ、隆之くん? なにか忙しかった?』


「いや、晩御飯食べてただけで忙しかったとかは全然」


『そっか。あの、それでね、さっき送ってくれたラインのことなんだけど』


「ああ。別にいつでもいいんだけど、どうかなと思って」


『いつでもいいの?』


「ああ」


『明日とかどうかな? 楽しみすぎて来週とかだと我慢できないや』


 ふふ、と楽しそうな笑みがこぼれていた。もちろん予定なんてないので俺としては何の問題もない。


「俺は大丈夫。予定ないし」


『ほんとに? じゃあ明日行こっ!』


 陽菜乃が気になっていた映画を一緒に観に行かないか、と俺はさっき彼女にメッセージを送った。


 これがきっかけになればいいと思って。

 これをきっかけにしようと心に決めて。


『でも、隆之くんこういう映画観るの?』


「一人だとあんまり観ないけど、誰かと一緒なら全然観れると思う」


『ほんとに?』


「陽菜乃が観たいって言ってる映画を観てみたいんだよ。だから、全然気にしなくていいよ」


『……そっか。わかった』


 ちょっと言い過ぎただろうか、と思いながらも変に別の言葉で誤魔化そうとすると気を遣わせてしまうかもしれなかった。


 できるだけ直球の方が陽菜乃も納得してくれただろう。


 なにせ、彼女の言う通り映画自体は一人なら絶対に観なさそうな内容だ。

 もちろん、今日の映画のように観てみれば面白かったというパターンは十分にあり得るが。


『明日の、すごく楽しみだよ。楽しみすぎて眠れないかも』


 わざわざ強調するように、陽菜乃はその言葉を使った。

 もしかしたら同じようなことを考えていたのかもしれないな。


 言葉にするとすごくドキドキしてしまう。

 言葉にするだけで、これまでとは違うような気がして緊張が倍くらいに感じる。


 でも、それも不思議と悪くない。


「明日のに遅れないように、今日は早く寝ることにするよ」


 だから俺とその言葉を返した。

 ちゃんと同じ気持ちだよと、そう伝えるように。


『わたしもそうするね』


 弾む声からは眠気なんて毛ほども感じないけど、彼女は眠ることができるのだろうか。

 まあ、それは俺も同じだけど。


「おやすみ、陽菜乃」


「おやすみなさい、隆之くん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る