第210話 デートってなんだろう①
「お兄、起きて!」
休日。
一週間を終えて思う存分惰眠を貪ろうという土曜日。ゆさゆさどころではない激しい揺れで俺は目を覚ました。
「ああ?」
ぼやっとする視界で捉えたのは妙に上機嫌な梨子の顔だ。そのまま近くに置いてあるスマホを手にして時間を確認する。
「……まだ八時じゃん」
休日の八時は平日で言うところの早朝五時くらいの気持ちだぞ。まだ寝れるじゃん、みたいな気分になるちょっと得した時間だ。
「そうだよ。それが?」
「なんで俺は起こされてんの?」
言うと、梨子は「はあ?」と眉をひそめた。あれ、俺なにかダメなこと言いました?
「覚えてないの?」
「なんだっけ?」
「先週、言ったじゃん」
「なんだっけ?」
先週、か。
文化祭も終わってたしこれといって何か考え事をしていたこともなかったはずだけど。
「映画! 昨日から公開だから観に行こって言ったでしょ!」
「映画? 言ったっけ……」
ようやく頭が起きてきたので、先週のことを思い出してみる。
映画。
映画ねえ。
*
深夜一時。
その日はなんとなく寝付けなくて、リビングでテレビを観ていた。
ようやくうとうとしてきたタイミングで、ちょっと気になるバラエティ番組が始まったのでこれ観終わったら寝ようと決めた。
「ねえ、お兄」
「んー?」
その日は珍しく夜ふかししていた。
結構早めに眠たくなるタイプだけど、なぜかたまーにこうして寝付けない日があるらしい。
「この映画観たいんだけど」
「なんだこれ。アニメじゃん珍しい」
「これ好きなの」
ほーん、と梨子が見せてきたスマホを受け取って画面を見る。
おしゃれな雰囲気のアニメ作品。可愛い女の子が主人公っぽい。小さい生き物はネコだろうか。
「何年か前に『キミの天気は。』って流行ったでしょ。あの人の作品なの」
「ああ」
なぜかアニメ映画であることには変わらないのに、なぜかこれは許すみたいな風潮のある監督の作品か。
あれが流行ってから、こういうの増えたなーみたいな印象。
「観に行けばいいんじゃない?」
「一人で映画とか行けるわけないじゃん。ばかなの?」
「え、なんで?」
「恥ずかしい」
「映画一人で行くの恥ずかしい族なのか、お前。別に始まればどうせ周り暗くなるんだし、誰もあいつ一人じゃんとか思ってないから大丈夫だよ」
「うるさい! だから付き合って!」
「ええー」
別に興味ないんだけどなあ。
「私、毎日勉強がんばってるんだからたまには労って!」
「勉強頑張ってるって言えば俺が納得すると思ってない?」
「思ってる」
「たち悪いな」
まあいいか。
どうせ暇だし。
それで梨子が勉強を頑張ると言うのなら、仕方なく付き合ってやろう。
「わかったよ。多分忘れてるから、また言ってくれ」
「さすがお兄♪」
*
「なんか、そういえばそんな話をしたような気がしないでもないような気がする」
「もうわけ分かんない。ていうか、したの! 私は覚えてるから!」
「分かったよ。映画に付き合えばいいんだな。それはいいけど、なんでこんな早朝に起こされないといけないんだ」
「お昼は早朝じゃないんだけど」
え、何言ってんの? みたいな顔で梨子はこっちを見てくる。土日の八時は十分に早朝なんだよ。
「映画観るだけなら昼からでもいいだろ」
「せっかくだから買い物とかしたいし」
「にしても昼からでもいいじゃん」
「うるさい。いいから早く準備して! あ、適当な服着ないでよ。一緒に歩くの恥ずかしいから」
「辛辣……」
言いたいことを言い終え、梨子は部屋を出ていく。自分が寝てるときに勝手に部屋に入ったらめちゃくちゃ怒るくせに自分は平気でするんだよなあ。
本当に理不尽だ。
仕方ないから起きますか、とベッドから出た俺は服を着替える。適当な服もなにも、俺は大抵同じような服しか着ない。
特別おしゃれではない代わりに、特別ダサくもない。誰が着ても同じ印象を受けるような可もなく不可もない服しかそもそも持ってない。
ということで、本日もまた白シャツ黒パンツに、ジャケットを羽織る。せいぜい羽織るものが変わるくらいか。
洗面所へ向かい顔を洗ってスッキリした俺はリビングへと向かう。案の定、両親は仕事へ出ていた。
あの人たちいつ休んでるんだろう。
「朝飯でも食うか」
「えー」
「こんな時間に起きたんだしいいだろ。寝起きで映画なんか観れないって」
むう、と梨子が唸る。
俺はスマホで近くのイオンモールにある映画館の上映スケジュールを確認する。
梨子が観たいと言っている『つばきの橋渡り』は八時五十分の次の上映が九時五十五分だった。
上映開始してすぐだから、とにかく回数が多いな。
「この九時五十五分のやつでいいだろ」
「……そのあと買い物付き合ってくれる?」
「ああ」
「映画館でポップコーン買ってくれる?」
「まあ、それくらいなら」
「お昼ご飯も?」
「それは自分で払えよ」
「けち」
言いながら、梨子は立ち上がる。どこへ行くのかと思えばキッチンへ向かった。
「朝ご飯作ってあげましょう」
「急にどうした」
いつもそんなこと絶対しないじゃん。
「気分がいいから」
「自分でやるからいいよ。そもそもお前料理できないじゃん」
「できるわぼけ! いいから座ってて!」
こうなるともう絶対に止まらないので、俺は仕方なく座って待つことにした。
待つこと十分。
キッチンからは「わわっ」とか「きゃっ」みたいな小さな悲鳴が時折聞こえてきたけど全部気のせいということにした。
「お待たせ」
こんがり焼けたトーストが運ばれてきた。
ふふん、とどや顔だけどトーストは入れてセットするだけだから普通は焦げないんだよ。
「これは?」
「スクランブルエッグ」
「スクランブルエッグ?」
焦げた何かしらでしかないんだが。
まあ、あの感じからしてまともなものが出てくるとは思ってなかったけど、まさかここまであからさまな料理が出てくるとは。
ベタ過ぎて笑えるわ。
「いただきます」
なんでもいいや。
焦げていようと、たまごはたまご。ハムとマヨネーズを一緒に食えば味なんてなんとでもなる。
「……」
苦いな。
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