第209話 いつものみんなと、最高の思い出を


 夏休みが終わり、文化祭が終わり、そして中間テストが終わった。


 学校によってはテスト終わりの次の授業でテストを返却する、というような感じもあるらしいけど、うちの学校は一気に返ってくる。


 テスト明けの翌月曜日の一時間目は答案返却の時間になっている。

 自信がない生徒からすれば不安が続かないというメリットがあるけど、同時にダメージを一気に負うとデメリットもある。


 歓喜の叫びを上げる生徒がいた。

 絶望の絶叫を上げる生徒もいた。


 けれど、六時間目にもなればそんなことは過去だと言わんばかりに綺麗さっぱり忘れてしまい、教室の中は大いに盛り上がっていた。


 二学期も半分が終わった。

 このあとに待っているのは二年生の中でも、あるいは高校生という長いようで短い時間の中でさえ、最も大きなイベントとも言われている学校行事だ。


「来月の修学旅行のことをいろいろと決めていく。それに当たって、まずは仕切る生徒を男女一人ずつ決めろ」


 担任がやる気なさげに言う。

 クラス委員がやるのではなく、文化祭でもそうだったけど行事ごとに特別な委員を決めるのは、クラス委員の負担を減らすためだろうか。


 楽しいことだってあるだろうけど。

 もちろん面倒事も多い。


 挙手する生徒はいない。

 どうやら連続で委員になることは極力ダメと言われているようで、柚木はもどかしそうに眉をひそめていた。


 改めて教室を見渡す。

 こういうときは普段はしゃぎまくりの木吉や、カリスマ性の塊である伊吹はだんまりだ。


 伊吹は意外と率先して前には出ない。性格的なことなんだろうけど、どちらかというと縁の下の力持ちみたいなポジションを好んでいるようだ。


 木吉は確実に面倒事が嫌なだけに違いない。役割という枷を嵌められたら好き放題にはしゃげないだろうし。それに、勝手なイメージだけどリーダーっていう柄でもないな。

 良い意味で、賑やかしっていうポジションがしっくりくる。


 そういう意味では、樋渡は実にいい塩梅だ。リーダーシップを持ちつつ、前に出過ぎず、しかし決めるときはしっかり決める。


 こういうのは事前に言っていれば、仲のいいやつ同士が立候補したりしただろうに。


 男女一人ずつということは、否応なく二人の時間が増える。そうなれば、距離だって縮まるだろう。


 自分で言ってて、はあと溜息をつく。


 他人事じゃないって。


 そんなことを思いながら陽菜乃の方を見る。俺には俺のやるべきことがある。それまでにできるだけのことをしなければならない。


 そのとき。


 たまたまこちらを向いた陽菜乃と目が合った。おっかなびっくり振り向いていた陽菜乃だったけど、目が合ったことが分かった途端にしっかりとこちらを向く。


 そして、一秒か二秒程度こっちを見てからにこっと笑顔を見せてくれた。


 なになに、なんだ?


 そう思った次の瞬間だ。


「わたし、やります!」


 陽菜乃が手を挙げてそう言った。

 ああ、今のってもしかして『わたし、やるよ!』みたいなことだったの?


「おー、そうか。女子は日向坂でいいか? あとは男子だぞー。誰かいないかー?」

 

 陽菜乃がやるんなら、俺も……。


 手を挙げようとしたとき、陽菜乃がこちらをちらと見た。

 それだけではなくて。

 秋名も、柚木も、樋渡も、伊吹も、堤さんも、その他ちらほらと、みんなが俺を見た。


 何が言いたいかは分かってる。

 言葉はなくても視線が全てを物語っている。


 言われてないけど、言われなくてもそうしようと思っていたさ。


「あの、俺、やります」


 おずおずと手を挙げる。

 俺以外に挙手する生徒はいなくて、その代わりにパチパチと背中を押すような拍手が起こった。


「それじゃあ、修学旅行委員は日向坂と志摩の二人に決定で」



 *



 というわけで、修学旅行委員に任命された俺と陽菜乃の最初の仕事は班決めを取り仕切ること。


 決める班は二つ。


 宿泊するホテルの部屋での班。

 これは男女別々で六人程度らしい。


 もう一つはグループ行動のときの班。

 これは男女関係なく五人から六人程度。


「えっと、それじゃあ先に班行動の方を決めちゃいたいと思います。今から十分時間を取るので、それまでに決めてください。決まった班は代表者が黒板に名前を書いていって」


 陽菜乃の言葉に、クラスメイトは「はーい」と口を揃えて返事をする。


 男女関係なく、五人から六人か。


「行こ、隆之くん」


 陽菜乃が俺の手を掴んで、そのまま歩き出す。俺もそれについていく。


 一緒の班になろう、なんて一言も言っていないのにな。俺と同じ班になるっていうのは、もう決まってるようだ。


 つい、口角が上がってしまう。


 陽菜乃が向かった先には、すでに集まっている三人がいた。

 秋名と、柚木と、樋渡だ。

 いつからだろう。この五人でいることが当たり前になったのは。


 最初はぎこちなかった。


 友達と呼ぶにはあまりにも距離感が曖昧だった。

 けど、いつしか、みんながそこにいるのは当たり前になった。こんなに嬉しいことはないな。


 俺がみんなでの時間を大切に思っているように。

 みんなもこの時間を大切に思ってくれている。


 だから、俺たちはこうして友達としていられるんだ。


「まあ、話し合うまでもないな」


 樋渡が言う。

 

「うん。こうなるなってわかりきってたよね」


 陽菜乃が続く。

 

「志摩、黒板に名前書いてきなよ」


 秋名がこちらを見る。

 

「隆之くん、みんなの名前書けるよね?」


 柚木が笑う。


「……当たり前だろ」


 他のグループもだいたいメンバーは決まっているようで、やっぱりこの班決めにはそう時間はかからなさそうだ。


 そんな様子を見ながら、俺はいち早く黒板にたどり着く。チョークを手にして、カリカリと名前を書き始めた。


 樋渡優作。

 柚木くるみ。

 秋名梓。

 日向坂陽菜乃。

 志摩隆之。


 その並びを見て、俺はふと入学してすぐのときのことを思い出していた。


 校内研修があった。


 入学して間もなくて、誰とも話せないままその行事を迎えた。

 周りは少なくとも一人二人の友達は作っていて、ぎこちなくても笑い合っている中、俺は一人ぼっちでいた。


 それからも。


 一人でいる時間は続いた。


 これから先も。

 卒業するまでずっと。


 俺は一人なのかな。


 そう思ったこともあった。


「……」


 良かった。


 樋渡に出会えて。


 柚木に出会えて。


 秋名に出会えて。


 陽菜乃に出会えて。


 みんなと迎える修学旅行。

 最高に楽しい、いつまでも記憶に残るような思い出を作ろう。

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