第208話 あのランキング④
はしゃぐクラスメイトを放っておいて、俺はむすっとしている陽菜乃のところへと向かった。
陽菜乃は目立つ。
その可愛さ故に男子からの視線は否応なく集めるし、気さくだから女子の友達も普通に多い。
けれど、目立つことはあまり好んでいないはずだ。そんな彼女にとってはこの状況はあまり良いとは思えない。
むすっとするのも無理はない。
去年に引き続き、今年もなんだからそりゃそうなるよ。
「お互い、大変だな」
励ますように声をかけると、表情そのままにじろりと視線だけがこちらを向く。
あれ、なんか雰囲気いつもと違わない?
「どうしたの?」
「んーん。なんでもないよ。隆之くんはどう?」
表情だけでなく、声色もどこか不機嫌に感じる。俺に非はないはずだけど、なんかしたかなと不安になるオーラが滲み出ていた。
「早く収まってくれないかって心の底から願ってるよ。こういうのは、あんまり慣れてないから」
「そう、だね」
「陽菜乃はどう? こうやって注目されるのはあんまり好きじゃないだろ?」
頬杖をつきながら、陽菜乃はふんと鼻を鳴らす。
「去年もあったし、好きじゃないけど仕方ないかなって思うよ。少ししたら収まるしね」
柚木と同じようなことを言っている。やっぱり一度経験していると言うことも違うな。
「じゃあなんで不機嫌なのかな?」
むふふ、と楽しげに割り込んできたのは秋名だ。この表情は陽菜乃をからかう気満々のときのやつである。
「別に。不機嫌じゃないけど」
「他の人は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないよ。陽菜乃が不機嫌なことくらい、すぐに見抜けるんだから」
「じゃあ不機嫌な理由だってわざわざ言わなくても見抜けるでしょ」
「見抜けるよ。とっくに見抜いちゃってるよ。合ってるか確認してほしいから言ってもいい?」
「だめ」
「どうして?」
「たぶん合ってるから」
「分からないじゃん」
「わかるよ。梓がそういう顔のときはだいたい察してるときでしょ」
陽菜乃も随分分かってきたな。
そりゃ親友だもんな。秋名の考えていることくらいお見通しだろう。
しかし、なんで不機嫌なんだろう。
俺としては目の前で正解発表というか、答え合わせをしてくれた方が助かったんだけど。
「志摩が答え知りたいって顔してるけど?」
「エスパーかなにかか?」
「分かりやすいんだよ、志摩は」
俺、どっちかっていうとポーカーフェイスな方だと思うんだけどな。最近は表情に出やすくなっているのだろうか。
「秋名の言ってることは本当だけどな。この騒ぎが原因じゃないんなら、なんで不機嫌なんだ?」
残念ながら、俺にはまだ陽菜乃の感情を読み取るスキルはないので頭の中も察することは難しい。
「……」
陽菜乃はバツが悪そうに口を噤みながらぐぐぐと視線を逸らす。秋名がそれを楽しそうに眺めていた。
「さあ、言ったげなよ」
「……はあ」
諦めたように陽菜乃は溜息をつく。そして立ち上がり、俺の腕を掴んだ。
かと思えば、そのまま俺を引っ張って廊下まで出ていく。
さすがに空気を読んだのか、秋名はついてこなかった。
「えっと」
「あのね」
窓の前までやってきて、陽菜乃は足を止める。
腕は掴んだまま。
小さな声を発しながら、俺の顔を見上げてくる。
「隆之くん、あのランキングでいろんな子に投票されたでしょ?」
「まあ、そうだね。不本意ながら八位になってしまったよ」
これは本当に不本意だ。
なんだかんだで人気者になれてラッキー、という考えは微塵もない。ちやほやされるといっても、クラスの人たちに認められたくらいがちょうど良かった。
「それでね、その、なんていうかね」
どうにも今日の陽菜乃は歯切れが悪い。なにか言いづらいことなのだろうか。
「隆之くんがみんなに認められるのは嬉しいことのはずなんだけど、なんかちょっと複雑な気持ちというか」
「複雑?」
「……ごめんね。わけ分かんないよね」
あはは、と陽菜乃は誤魔化すように笑った。
「なんか、遠くへ行っちゃうような気がして」
「俺が?」
訊くと、陽菜乃はこくりと頷く。
例えば、高校に入学した当初、まだ誰の何も知らないくらいのときに勇気を振り絞って話しかけて、仲良くなった友達がいたとする。
知っていけば、自分とは趣味が違っていて、あとから仲良くなった友達のほうが話が合って、気づけば最初の友達とは距離が空いてしまうような。
この文化祭をきっかけに、俺の周りに新しい変化があったのは確かだ。
クラスメイトとの距離は縮まり、いろんな人が話しかけてくれるようになった。
だから。
俺が陽菜乃じゃない誰かのところへ行くことを不安に思っている、とか?
自惚れが過ぎるか?
いや。
鈍感になるな。
敏感になれ。
これまでの俺と陽菜乃の距離感を思い出せ。
俺は彼女との時間を大切に思ってきたし、今も思っている。これからもそうでありたいと願っている。
陽菜乃はどうなんだろう。
良く思わない相手とここまでずっと一緒にはいないだろ。
放課後、一緒に帰ったりはしないだろ。
休みの日に二人で出掛けたりはしないはずだ。
榎坂との一件があって、俺は異性に対して臆病になった。
俺なんかという気持ちがより一層大きくなった。
そう考えると、あのときの俺は無鉄砲だったな。
だって、俺は榎坂に好かれていることに対して疑うことすらしなかったのだから。
告白すればオッケーがもらえて、薔薇色の未来が待ち望んでいると本気で思っていたのだから。
バカだった。
けど。
もしかしたら、それくらいバカでないといけないのかもしれないな。
自分の考えには鈍感で。
相手の考えには敏感に。
頭では理解していても、言葉にするのは難しい。
けど、俺の言葉一つで陽菜乃が安心してくれるなら。
「俺はどこにも行かないよ」
そう遠くない未来。
この気持ちを言葉にして届ける予行練習のように。
俺は言葉を紡ぐ。
「陽菜乃が望んでくれるなら、どこにも行かない」
「隆之くん……」
*
「なんであれで付き合ってないんだ?」
教室のドアからひっそりと顔を出した優作くんが素朴な疑問を口にする。
それはあたしも激しく同意だけど。
じれったいと思う。
あたしが告白したあの日、隆之くんは自分の気持ちと向き合って、それを自覚するように言葉にしてくれた。
だから、あたしはきっぱり諦めることができた。
あたしが隆之くんと付き合う未来と同じくらいに、陽菜乃ちゃんと隆之くんが結ばれる未来も望んでいたから。
望んでいた、とはちょっと違うのかな。
「志摩がヘタレだから」
「同感」
梓がシンプルな答えを出したので、あたしはそれに乗っかる。それくらいを言う権利はあたしにもあるよね。
あとは言葉にするだけなのに。
けど、それが一番難しいことなのかも。
怖いもんね。
なにかが壊れてしまうのが。
九十九パーセント成功が約束されたことでも、いざ勇気を振り絞ろうとすると残りの一パーセントが力いっぱい邪魔してくる。
その最後の一歩を踏み出せば、楽しい未来が待っているのに。
つい、そこで尻込みしちゃう。
「なんとかしてやろうかしらね」
真奈美ちゃんがじれったそうに言う。
「あの男、ほんとにチンコついてんのか?」
春菜ちゃんが恥ずかしげもなく下ネタを披露する。
「二人には二人のペースがあるんだよ」
伊吹くんがみんなを諭すように言う。
だから、あたしもそれに続く。
「もうちょっとだけ待ってあげようよ。きっと、もうすぐだから」
あとちょっと。
あと一歩。
一握りの勇気があれば。
見えてくるはずだから。
「なになに、みんなして何見てんのー?」
そのとき。
木吉くんがこちらに向かってやって来る。到着する間際、置いていたカバンに足を引っ掛け、こっちに倒れてくる。
みんなでこっそり外の様子を眺めていたあたしたちは、大きな音を立ててみんなで倒れてしまう。
そうなればもちろん、廊下にいた隆之くんと陽菜乃ちゃんに気づかれるわけで。
「……なにしてんだ?」
どうやら盗み聞きしていたことはバレていないっぽいけど、すごく不審な目で見られてしまった。
「……」
困ったように笑う陽菜乃ちゃんは、もしかしたら気づいていたかもしれないけれど。
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