第207話 あのランキング③
土日を挟んだ翌週の火曜日。
俺たちがせっせと集計を取った『鳴木高校恋人にしたい生徒ランキング』が大々的に発表されていた。
そのボードが置かれている校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下は朝から人でごった返していた。
こういうところを見ると、この企画ってほんとに需要あるんだなーと思わされる。
頑張って集計した甲斐があったというものだ。
そんな場所に、どうして俺が足を運んでいるのかというと、それは少し前に遡ることになる。
『あ、隆之くん。おはよー』
校門をくぐったところで、徒歩通学の柚木とたまたま顔を合わせた。
『おはよう』
挨拶もそこそこに、たわいない話を交わしていると柚木が渡り廊下の生徒の群れに気づいた。
『なんだろ、あれ』
『さあ』
『ちょっと行ってみよ?』
みたいな感じだ。
ここまでやってきたはいいものの、生徒が多すぎてまだ結果を見るに至っていない。
まあ、俺はだいたい知ってるんだけどね。
「そういえば隆之くん、集計したんだってね?」
「ああ。秋名に手伝わされた」
「どうだったの?」
「それは自分の目で確認するといいよ」
この感じだと、自分がランクインしているとは思ってもないだろうな。
柚木はみんな友達っていう気持ちが強いのか、そこまで自分が人気のある女子だという自覚がないように見える。
そんな彼女がこの結果を見たらどうなるだろうか。
俺はそのリアクションが見たいがために、ここにいる。
ようやく人が散っていって、ボードが見えるようになった。これもう少し高い位置に設置するべきだったのでは?
「おー」
柚木はそんな声を漏らした。
それはどういう感情なんだろう、と思いながら見ていると瞳をきらきら輝かせながらこちらを向いた。
「自分がランクインしてる感想は?」
「まったく同じセリフをお返ししてもいいかな?」
「……」
俺は頭痛が起こったときのようにこめかみを抑える。
彼氏にしたい生徒ランキングの第八位には『二年三組 志摩隆之』の名前があった。
しかも、懇切丁寧に写真まで貼られている。いやあの写真どこで手に入れたんだよ。
「俺の写真なんてどこで」
「僕が提供したのさ」
そのとき、後ろから声がした。
もはや振り向かずとも誰かは分かっていたけど、なに余計なことしてくれてんだよという気持ちを込めて恨めしい視線を送ることにした。
「そんな目で見るなよ、照れるだろ」
「照れるような視線向けてねえよ。なんだよ、写真提供したって」
「先生に頼まれたんだよ。我が親友がこんな舞台に上がるとなれば、そりゃ奇跡の一枚を提供するしかないだろ?」
「個人情報だだ漏れじゃん」
「それで、どうよ。ランクインした感想は?」
「どうなの? ねえねえ隆之くん!」
右から樋渡、左から柚木に詰められる。俺はやれやれという気持ちを盛大に込めて溜息をつく。
「お前らみたいな絡みしてくるやつがいないか、ひたすらに心配だよ」
しかし。
なんで、俺なんかがランクインしたんだよ?
*
教室に向かうまでも、何人かの視線を感じていた。どうにも居心地が悪い。
「これはあれかね、演劇で主役をした影響かね」
「あー、かもね。隆之くんもついに見つかっちゃったんだね」
「なんだよ、見つかっちゃったって」
なおも楽しげに話す二人との温度差は歴然だ。注目されることがこんなにも辛いとは思わなかった。
「隆之くんってよく見たらカッコいいじゃない? でも、あんまりまじまじ見られることがなかったから、見つかってなかったんだよ」
「志摩は雰囲気は地味めだからな。視界に入っても目には留まらないんだよ。でも、演劇だと嫌でも視線が集まるから、みんな気づいちゃったんだよ」
そういえば、文化祭の最中に一年生に声をかけられたことがあった。思い返せば、あれもこれに繋がっていたのか。
「これは時の人になるかもな」
「今年の流行語大賞は志摩隆之だよ」
「お前ら、面白がってないか?」
「そりゃ面白いよ」
「面白いに決まってるよ」
二人以上で攻められたら勝てるはずないんだよな。
俺は諦めてサンドバッグになることを決め、それ以降もちょいちょい『あれが志摩隆之かー』みたいな視線を感じながら教室へ到着する。
「うちのクラスからはなんと四人も選ばれちゃったんだぜー!」
教室に入っても、どうやらこの扱いから解放されることはなさそうだ。今まさに盛り上がっている真っ只中だった。
「男子からは我らが伊吹クンと、なんと英雄の志摩クンが! 女子からは日向坂と柚木が! これはうちのクラス勢い来てるっしょ! ヤベえっしょ!」
クラスの盛り上げ隊、木吉大吾が今日も漏れなく盛り上がっていた。ここで凄いのは木吉の一人相撲にならず、ちゃんとみんなで盛り上がるところだ。
「しばらく我慢すると収まるよ」
うんざりしていた俺に優しく声をかけてくれたのは、我らが伊吹クンだった。
イケメンだしね、そりゃ選ばれるよな。しかも三位だった。落ち着き方がもう三位の風格なんだよな。
「みんなお祭りを終わらせたくないだけなんだよ、きっと。こうして騒いでる間は文化祭が終わらないような気がするじゃない? といっても、中間テストまでなんだけどね」
柚木は柚木で、この空気感もランクインの扱いも受け入れていた。どころか、ここで一緒になって騒ぎに行けるのは間違いなく柚木の魅力だろう。
「まさか志摩に負ける日が来るとはな。去年からは想像つかないぜ」
あはは、と冗談であってくれと言いたくなることを口にしながら笑う樋渡。
話している俺たちのところにやってきたのは秋名だ。
「どう? 有名人になった感想は。演劇様々って感じ?」
「心底勘弁してくれって感じだな。これが有名人ってことなら、二度とごめんだよ」
本当に心の底から思う。
「やっぱ演劇が関係してるのか?」
樋渡の問いに秋名が頷く。
「投票の中には『二年三組の劇に出てた主役の人』みたいな書き方もあったからね。あの演劇が志摩の存在を校内に広めたのは間違いないよ」
「なんだそれ面白いなあ」
「面白くないって」
ケタケタと、他人事だから仕方ないけど他人事のように笑う樋渡に、俺はテンションの低いツッコミを入れる。
そんな俺を見て、秋名はちょいと肩を叩いてきた。そしてそのまま指を別の所に向けて視線誘導をしてきた。
なんだろうと思い、そっちを見るとそこにはむすっとした感じの陽菜乃がいた。
「あそこにも、面白くないって思ってる子がいるよ」
やった。
仲間だ。
そうだよな、陽菜乃もこういう感じで騒がれるの好きじゃないよな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます