第206話 あのランキング②
――好き。
その言葉は、本来ならば彼女に一番最初に届けたい、届けるべきものだ。
いつだったか、俺はそれを言い訳のようにクラスメイトに言ったことがあった。
別にそれを間違いだとは思ってないし、今でもそうであると考えている。
けど、柚木に思いを告げられたときに彼女にはきちんと言葉にした。
そのことを話すときに、樋渡にも伝えることになった。
あいつらは特別だから。
俺にとって大事な存在だから。
俺の気持ちによってもしかしたら迷惑をかけるかもしれないから。
だからちゃんと話した。
そういえば、秋名とはこういう話をする機会がなかったな。
一番近くで見ていてくれたのに。
多分、これからも一番近くで見ていてくれるはずだから。
誤魔化したりせず、正直に言葉にしよう。
そう思った。
「好きだよ。俺は日向坂陽菜乃が好きだ」
これが俺なりの誠意と感謝だ。
まっすぐ目を見てそう言うと、秋名は口角を緩めて俯いた。
「私に告白してどうすんのさ」
そして、ぷふっと吹き出すように笑った。
「べ、別に告白とかじゃない!」
「聞いてるこっちが照れちゃうような、熱くてまっすぐな告白だったよ」
どうやら本当に照れているようで、珍しく動揺しているように見えた。
「それをさ、あの子に伝えてあげたらいいじゃん。難しこととか考えずにさ」
照れ隠しなのか、顔はグラウンドの方に向けたまま視線だけをこちらに移す。
「しないの? 告白」
言われて、俺はぐぬぬと唸る。
告白はしたいと思ってる。
ちゃんとしようとも思ってる。
けど、なにぶんこういう経験に乏しい俺は順序というものが分からないでいた。
とりあえず最初はデートをするべきだろう、ということで一応それっぽいことはしたし、これからもしようとは考えている。
それに。
タイミングも。
場所も。
言葉も。
どれもこれも迷いっぱなしなのだ。
「しようとは思ってるんだけど、いろいろと悩んでて」
「別にいつでもいいし、なんでもいいじゃん。好きだと思ったそのときに、好きだって言えば」
「そんな簡単な話じゃないんだよ。お前には分からないかもしれないけどな」
秋名は彼氏とかいないし。
恋愛とか、そういうこと経験してきてないのだろうか。
ついムキになって言ってしまった言葉に少しだけ後悔した。
「まあ、たしかにね」
その一瞬だけ、秋名の笑みは自嘲したような、なにかを誤魔化すようなぎこちないもののように感じた。
しかし。
「それにしても異性のアドバイスなんだからしっかり聞いておくもんだぞ。それに、私は陽菜乃の親友だってこと忘れるな?」
「どういう意味だよ?」
「味方につけておいて損はないんだぞってこと」
それはそうだけども、と思いながら俺は肩を落とす。
「けど、雰囲気とかそういうのを大事にするんなら、やっぱりイベントのときとかがいいんじゃない?」
「イベントねえ」
「そういうのに持ってこいの行事がもうすぐあるじゃん。告白といえばってやつがさ」
「……修学旅行か」
十一月にある修学旅行。
確かに告白といえばで連想されるイベントには入ってくるかもしれないけど。
「自分の逃げ道を塞ぐという意味でも、そこって決めておくのは悪いことじゃないんじゃない? 決めとけば、そのときまでにできるだけのことを頑張れるし?」
「そうだけど。でも修学旅行中に告白して、もし振られでもしたらそのあと地獄じゃないか?」
「そうならないために頑張るんでしょ。それに、告白するのにそんなネガティブでどうすんのさ」
そう言われると返す言葉がない。
「告白ってのは一か八かのギャンブルじゃないんだよ。互いの気持ちの確認作業なの。そこまでの確信を持って初めて告白するべきなの」
「結構辛辣な言葉だな」
「事実だからね。志摩はそれまでに、自信が持てるように頑張ればいいんだよ」
「頑張る、か」
もともとそのつもりではあった。
秋名の言うようにゴールというか、期限みたいなものがないからふわふわはしていたけど。
そういう意味では、修学旅行という一つの目標を立てておくのは悪いことではないのかもしれないな。
「修学旅行までに告白しなかったら、罰ゲームさせるからね。結構シビアなやつ」
「例えば?」
「私の前で告白させる」
「それお前が見たいだけなのでは?」
「バレたか」
隠す気ゼロの笑顔を浮かべた秋名は楽しそうにケタケタと笑った。
*
「終わった」
それからもほどほどに雑談しながらの作業は二時間近くかかった。さすがに疲れたと首をコキコキ鳴らす。
俺は集計した紙を秋名に渡す。あとは彼女が二つの集計を合わせるだけだ。
「やっぱり彼女にしたい方のランキングは陽菜乃が一位だね」
「薄々どころか、もう途中でお察しだったな」
「でも去年に比べたら二位との差がないね」
そうなのだ。
去年は陽菜乃のぶっちぎり一位だったけれど、今年はぶっちぎりとまではいかないほどの票数差だった。
「可愛い子が増えたのか?」
「陽菜乃に彼氏ができたって思ってる人が増えたんじゃない?」
「彼氏?」
「言わなくてもわかってるくせに」
そんなニヤニヤした顔でこっちを見るな。
確かに陽菜乃と一緒にいる時間は増えた。クラスメイトもそんな感じの認識だったりするらしい。
そうか。
そういうふうに思われてるのか。
後ろから突然刺されたりしないかな。
「くるみも入ってるね」
「ああ。何位だったんだ?」
陽菜乃の票数をよく見た一方で、柚木の名前も結構出てきた。他にも知らない生徒ではあるけど、票が集まる生徒は何人かいた。
「四位」
「すごいな、うちのクラス」
「すごいね、そんな子から告白された志摩は」
「やめてくれない?」
すごいかは分からないけど、今でも嘘みたいだとは思う。
もちろん、あのときの柚木の気持ちも言葉も、嘘なんて一言で片付けるつもりはないけれど。
でも、やっぱりそれくらいに信じられないことではあるのだ。
「男子の方も変動あるね。去年はランキングにいた翔真くんがいなくなってる」
「なんかあったのか?」
「なんかあったじゃん。あれ以来、素の自分出してるらしいからね、女子からの評価は変わったのかも」
「そうなのか」
海で偶然あいつと会った。
それでもあいつの周りには人がいて、なんだかんだ楽しい日々を過ごしているように見えたけど。
「それよりなにより、今年は意外なジャイアントキリングがありましたね?」
「……なんのこと?」
「またまたぁ。集計してて気づかないわけないじゃん。え、どうなの? そこのところなにかコメントある?」
「ない。ほら、終わったんだからさっさと帰ろうぜ」
俺はこれ以上なにかを言われる前に荷物をまとめて立ち上がる。
秋名はなおも楽しそうにニヤニヤしながら帰り支度を進めた。
二人で教室を出て、職員室に集計結果を提出しに行く。そこで毎年恒例なのかドリンク代を貰い、俺たちは去年と同じように自販機でジュースを買った。
買ったミルクティーに口をつけて、秋名が思い出したようにそんなことを言ってきた。
「ちなみに私はランキング何位だったと思う?」
俺も同じようにカフェオレを飲みながら、少しだけ考える。考えるほどのことでもなかったけど。
「圏外」
「つらたん」
「絶対思ってないじゃん」
本当に辛いやつはそんなこと口にしないって。
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