第205話 あのランキング①


 文化祭が終わっても、校内のお祭りムードは消えずふわふわと漂っている。生徒みんながどこか浮ついているような。


 それはあるいは、お祭りを終わらせたくないという気持ちの現れなのかもしれない。


 しかし、そんなことはお構いなしにやってくるのは中間テストだ。風のうわさで聞いたところ、わざわざこの時期に行うのはこの浮ついた空気を取っ払うためだとか。


 教師陣もいろいろ考えてるんだなあ、などと思うある日のこと。


「悪いね、手伝ってもらっちゃって」


「別に。用事もないし」


 俺は秋名と二人、放課後の教室に居残っていた。他の生徒は全員帰宅し、ここにいるのは二人だけ。


 机を合わせて、どっさり盛られた紙を一枚一枚丁寧に広げて中身を確認する作業。


 俺は今、毎年恒例らしい文化祭の『恋人にしたい生徒ランキング』の集計を行っている。


 去年もした。

 こうして、秋名と二人で。


 あの頃はここまで話す仲になるとは思ってなかった。


 いろんな巡り合わせがあって、今があるんだなとか考えてしまう。


「これってさ、部活とか予定のない暇な生徒がやるボランティアみたいなもんだよな」


「だよ」


 ぺら、ぺらと紙を開く手は止めないまま秋名が答える。


「お前部活あるんじゃないの?」


 あんまり暇な生徒ってイメージはない。去年に引き続き今年も受けるとかどんだけボランティア精神に溢れてるんだよ。


 ちなみに俺は今朝に『志摩、今日暇だよね? 放課後ちょっと残っていて。あ、陽菜乃、今日志摩借りるね』みたいな感じで言われて今に至る。


「漫研の活動は文化祭で一段落だからね。各々の活動はあるけど、部活動としてはちょっと落ち着くんだよ」


「それにしてもわざわざこんなもん引き受けなくてもいいだろうに」


 ただただ面倒なだけだろ。

 と、思って言ったのだが秋名は意外とそんなことないような顔をしていた。


「楽しくない?」


「この作業が?」


 紙を開き、投票されている生徒の名前を集計していくだけの作業だぞ。


「そそ」


「どこが?」


「この学校で誰が人気なのかがわかるじゃん。発表されるのは上位十名だけだからね」


「ああそういうこと」


 集計に立候補すれば発表される生徒以外の票も見れるから、ただそれだけの理由で彼女は今ここにいるのか。


 それはそれですごいな。


「じゃあ、なんで俺が付き合わされてるんだ?」


「このランキングの集計といえば、志摩と二人ででしょ」


 視線は紙に向けたまま、声色一つ変えずに言うものだから俺は一瞬動きが止まってしまう。


 ふと、去年のことを思い出した。


「懐かしいね。あんときはまだここまで仲良くはなかった」


 どうやら秋名も同じことを考えていたらしい。


 文化祭が終わって。

 ななちゃんを助けて陽菜乃と遭遇し。

 そのすぐあとのことだった。


「秋名もそういうこと考えるんだな」


「そういうことって?」


「なんかこう、センチメンタルみたいな」


「どういうことだこんちきしょうめ」


 言ってから、秋名はおかしそうに笑う。


「そりゃ私だって考えるよ。ふと昔を思い返して、いろんなことが変わった今を見るとセンチメンタルにもなる」


 それはどこまでも優しい声だった。

 いつものような騒がしいものじゃない、時折見せる真面目な一面。不思議と違和感は覚えない。


「変わったって言えば、やっぱり志摩が一番変わったよ」


「俺が?」


「そうでしょ。自分でも感じない?」


「感じる、けど」


 いろんなことが変わった。

 周りも。

 俺自身も。


「これはちょっと真面目な話なんだけどさ」


 そうは言いながらも手は止めない秋名を見て、俺もあくまでも作業は続けながら耳を傾ける。


 窓から見えるグラウンドからは野球部の活発な声が響いてくる。廊下側からはどこかしこから吹奏楽部の練習音が鳴り響く。


 校内はまさしく学校の放課後の音を奏でていた。


「ぶっちゃけどうなの?」


「……どう、ってのは?」


 真面目な話。

 ぶっちゃけ。


 そして、変わったことの話。


 確認なんかしなくても、秋名の言いたいことは分かっていた。これでも一年友達でいたのだから、秋名がだということも知っているから。


 けど、急に聞かれてぽんと答えられるほど度胸に満ちた男ではないので、クッション程度のつもりでそう聞き返したのだ。


「陽菜乃のこと」


 秋名は誤魔化すこともせずに、はっきりしっかり、真正面からぶつけてくる。


「聞いたよ。文化祭でのこと」


 なんのことだろう、と秋名の方に視線を向けると彼女はそのまま言葉を続けた。


「中学のときのことで、いろいろあったんだってね」


「ああ、まあ」


 榎坂のことか。

 別に隠していたわけじゃないし、口止めもしていない。そもそもあのことを知ってるのは極わずかな奴だけだ。


「陽菜乃に聞いたのか?」


「そうだよ」


 そりゃそうか、と納得する。


 そういえば、俺と榎坂のことが一番最初にバレたの秋名なんだっけ。あれはもう完全に不可抗力だったけど。


「私の知らないところでそんなことが起こっていたとは」


「突然のことだったからな」


 俺だって文化祭で榎坂に会うとは思っていなかったし、しかもそこからあんなことになるとは想像もしていなかったさ。


「それで、自分の過去は清算できたわけ? その、いろいろと思うところあったんでしょ?」


 俺のことを気にしてか、後半は秋名にしてはやけに歯切れの悪い言い方だった。

 別に気にしてないんだけどな。


「まあ、そうだな。スッキリはした」


「そっか。それは良かったじゃん」


 そう言った秋名の声色は、まるで優しく子供をあやすような温かいものだった。


 そう言ったすぐあと、秋名はさらに言葉を続ける。


「そういうことなら、ちゃんと言葉にして聞いておきたいんだけどさ」


「ああ」


 なんだろう、と顔を上げると秋名は俺の方をじっと見ていた。目が合うと、彼女の瞳が揺れているのが分かった。


 俺は思わず固唾を飲み込む。





「陽菜乃のこと、好き?」

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