第204話 祭りのあと④
焼き肉屋に到着したら、あれやこれやと着席を促された。とりあえずどこでもいいから座ってくれということなので、近くにいた人らで一つのテーブルにつく。
といっても、お座敷タイプの長い部屋が一式俺たちのエリアなので、テーブルごとの仕切りはないのだが。
ないんだけども……。
「いやあ、ここでも同じテーブルとは運命感じちゃってもいいですか?」
にやにやしながら俺の前の席に座った堤さんが言ってくる。
「こらこら、そういうこと言わないの」
堤さんの隣に座るのはグラマラスバディと毒舌が印象的なぽわぽわ空気のぽわぽわさん。
この人の名前が不破さんだという情報を、俺はこの文化祭期間中に得た。
「なんか珍しいメンバーだね?」
そして俺の隣にいるのが陽菜乃。
なにが問題かと言いますと、ここ端っこだから俺の逃げ場がない。樋渡が恋しい。いや、この際木吉とかでもいいからとにかく男子を一人配置してくれ。
「注文はそれぞれのテーブルでしてくれていいから」
焼き肉を仕切っているのはイケメン男の伊吹だ。足の負傷が完全に回復しておらず、ボウリングでは大人しくしていた。
「それじゃあみんな、グラス持ってくれ」
伊吹がグラスを上に掲げて「文化祭お疲れさま! 乾杯ッ!」と言うと、周りなんてお構いなしに皆が声を揃えて「「「乾杯ッ!」」」と応えた。
すいませんねえ。
これだけなんで。あとはそこまで大きな声出したりしないんで、大目に見てくださいな。
と、周りを気にしてみると興味ないか、まるで過去の自分を思い出しているような微笑ましい目をこちらに向けている人がいるくらいだった。
「さて、食うゾ〜」
堤さんが手当たり次第に、前にある肉を網に置いていく。薄い肉なのですぐに焼けた。あんまり肉の種類とか分からないけど、これは多分タンだな。
「隆之くん、これ焼けてるよ。どうぞ」
陽菜乃が焼けている肉を俺のところに持ってきてくれる。これはもう子供の世話をする母親の領域だろ。
「あ、ありがと」
悪いからいいよ、と言おうとしたんだけど、陽菜乃の「どういたしまして」という笑顔のせいで飲み込んでしまった。
あんな顔されたら言えないよ。
気を取り直して肉を一口。
「うま」
食べ放題の肉なんて所詮は量産型の低スペック肉に違いないけど、あんまり焼き肉にも来ない俺からすれば普通に美味い。
ていうか、タレが美味い。
多分だけど焼き肉のタレつけたら大抵のものは美味しくなる。
「あ、隆之くんこれもできてるよ。ほら、これも」
陽菜乃がひょいひょいと焼き上がった肉やら野菜やらを俺の皿に入れていく。
「ありがたいけど、自分も食べろよ?」
「ちゃんと食べてるよ」
本当だろうか。
さっきから俺のお皿に肉を置いてしかいないような気がするけど、と訝しむ目を向けていた俺はふと前の二人に視線を移す。
なんともまあ表現しがたい顔をしている二人の心境を察することは難しかった。
「日向坂さんはなんていうかあれだよね、尽くすタイプだよね」
ぽわぽわさん改め不破さんが感心した声を漏らす。それは俺も思う、と頷いてしまった。
「そ、そんなことないよ?」
「それが無自覚なのだとしたら、それはもはや病気の域だよ。尽くされてる方は堪らないだろうけど。ね、志摩くん?」
「なんで俺に振る?」
食べようとしてきた肉を持つ手を止めて、俺は不破さんを見る。
「尽くされてるから」
口元に浮かぶ笑みがいやに恐ろしい。この人、遠慮とか容赦とか、そういうのなさそうだから何言われるか分からないな。
「で、どうなの? 堪らないの?」
この流れに乗ってこない堤さんではない。堤さんってノリがどっちかというと秋名寄りなんだよな。
秋名の方は一歩引いているというか、踏み込まないラインは自分の中で決めている。
けど、堤さんはその場のノリで勢いよく踏み込んできそうな危うさがある。
「そりゃ、陽菜乃みたいな女の子に尽くされる男子は堪らないだろうな」
「つまり志摩くんも堪らないと?」
「どうなのさ、志摩」
「本人の前でそんなこと言えるか」
もうこれ言ってるようなもんだけど。
そりゃ優しくされて悪い気はしないだろうよ。ちょっと恥ずかしいという気持ちはあるけど。
以前まではこういう場でのそういう行為はあんまりなかったような気がするけど、最近はちょっと増えたように思うのは気のせいかな。
おかげで、クラスメイトからもからかわれる機会が多くなった。
「わたしは言ってくれればいつでもするよ?」
「いや、大丈夫」
そこでお願いしますと言える図太さがあれば、そもそも俺は彼女への告白などとうの昔に済ませているだろう。
お腹もそこそこいっぱいになってくると、会話が中心になる。文化祭の話題を始め、あんまり関わりのなかった者同士ならば互いのことを話したり、そうでなければ世間話に花が咲く。
「陽菜乃ちゃーん! ちょっとちょっと!」
と、遠方から呼ばれて陽菜乃があちらに行ってしまい、気づけばあっちこっちで席替えが行われていた。
こういうときにどうするべきか悩むところ、俺は根本がまだぼっちなのだろう。
不破さんはいなくなり、堤さんは変わらず俺の前にいる。
二人きりかあ、と思っていると数人がこっちにやって来た。その中には伊吹もいた。
「志摩」
前に座った伊吹が俺に改まる。
「文化祭のときは本当に助かったよ。ありがとう」
もう何度聞かされたか分からない謝罪とお礼。俺は「分かったから顔を上げてくれ」とすぐに言う。人に頭を下げられるのは慣れてないんだ。
「もう聞き飽きたんだけど」
「何度でも言いたいんだよ。それくらい感謝してるから」
「そうだぜ。あのとき志摩クンが手を挙げてくれてなかったら、クラスの演劇は終わってた」
「そしたら、今のこの時間もなかった」
「結果的には俺もいい思い出になったし、お互い様ってことでいいだろ」
そう言うと、最後に感情のこもった「ありがとう」が返ってきた。俺が困っているのを察したのか、堤さんがアイスクリームを食べながらこんなことを言う。
「クラスのヒーローになった志摩のことを惚れ直した女子も多いんじゃない?」
と。
助け舟を出してるようで出せてない。
溺れている人に浮き輪を投げたけど穴空いてるみたいな。
「告白したのか?」
そうだった、と思い出したように伊吹が訊いてきた。誰に、とかはもはや確認するまでもないな。
「いや、してないけど」
すると、隣のテーブルにいた女子数名が「えー、まだなのー!?」と驚いたリアクションをした。
これもう多勢に無勢なんだよな。
ていうか、もうそれ周知の事実なの? みんな似たようなリアクションしてくるけど。
「このお店に来るまでもずっとイチャイチャしてたよね?」
「うん。あれでまだ付き合ってないとかあるんだ」
「ちょっと引くよな」
「インポなのよ」
好き放題言われているな。
けど、まあ。
言いたいことも分かるけど。
「これどれくらいの人が思ってるの? 似たようなリアクションしか見ないんだけど」
「全員じゃない? あーまたイチャイチャしてんなーくらいに思ってるよきっと」
「マジかよ」
「ぶっちゃけもう付き合ってると思ってたしな」
そう言ったのは木吉だ。
頭の後ろに手を持っていき、隣にいる伊吹にそう投げかける。
「まあ、そうだね。あの日向坂さんがついに彼氏を、とは話題になったな」
「そうなのか?」
ああ、と伊吹が頷く。
「男子からの人気が絶えず、告白され続けるも一向にオッケーしない日向坂さんが男子と一緒にいるんだし、そりゃそうなるよ」
「最初は冴えない野郎がなんでだよ、みたいな意見もあったんだぜ」
伊吹の言葉に木吉が続く。
そりゃ、そういう意見もあるよな。というか、そういう意見しかなかったよな。
「けど、今なら納得だよ。君ほど彼女にお似合いの男子はいないね」
「褒めすぎだろ」
「いやいや。ちゃんと志摩のことを知れば、その評価は妥当だよ。ねえ、堤さん?」
「まあ、そだね。ぶっちゃけ言うと、アリかナシかなら、アリだよ」
にひ、と笑いながら堤さんが言う。からかっているだけなんだろうけど、面と向かってそう言われると照れるな。
「あ、それは私も。志摩くんよく見たらカッコいい寄りだしね」
「なんか優しい雰囲気あるし」
「でもねー、もう予約あるっぽいからなあ」
きゃっきゃと楽しそうに盛り上がる女子。それ俺のいないところで話してもらえますかね。目の前でされるとどんな顔してればいいのか分からない。
いたたまれない。
「なんの話かな?」
盛り上がってる女子の中に笑顔の陽菜乃が現れた。
まるで幽霊でも見たように、女子たちの顔から血の気が引いていき、この話題は終わったんだとさ。
めでたしめでたし。
……めでたくないんだよなあ。
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