第196話 あなたの隣にいるために⑦


 外から見たらただの部室にそれっぽい看板を立てただけだったけれど、チープな見た目と打って変わって内装は随分と凝ったものだった。


 窓には黒いカーテンがかかっていて、入口も前後にカーテンがあり、完全に外からの光を遮断している。

 ろうそくに見立てたライトがぽつぽつと並べられているだけの薄暗い空間。

 そこにいくつかの仕切りがあって、それぞれに案内された。


 そこもカーテンで仕切られていて、めくって中に入る。


「ようこそ」


 明るいとは言えないじめじめした声色は恐らく雰囲気に合わせてのことだろう。

 黒いマントのようなものに加えて、顔もよく見えないように工夫してある。


「そちらへお掛けください」


 相性占いするんならもうちょっと明るい雰囲気でもいいんじゃないかと思うけど、占いがオカルトだとするならばこれも間違ってはいないのかな。


 俺と陽菜乃は言われたとおりに用意されていたイスに座った。


「本日はどういった占いをお求めでしょうか。時間の都合上、答えられるのは一つだけになるのですが」


 俺は陽菜乃に任せるよ、というニュアンスの視線を彼女に向ける。理解してくれたのか、陽菜乃は「相性占いでお願いします」と控えめな声で答えた。


 注意されたわけではないけど、雰囲気のせいか自然と声のボリュームも絞られる。


「それでは最初に、お二人の名前をこちらの紙に書いてもらえますか。漢字でお願いします」


 先に俺が書いて、そのあとに陽菜乃が続く。画数って結構大事だったりするし、そういうのに使うのだろうか。


 かと思えば、その占い研の人は水晶を取り出す。占い師が持っているアイテムといえば水晶だけど、果たしてそれでなにが見えるんだ。自分の顔しか見えないだろ。


 なんてことは思うものの、もちろん口にはできない。ここまで凝った雰囲気の中で、それをぶち壊すようなことはさすがにしない。というか、できない。


「ふむ、志摩さんと日向坂さん、ですか」


 ふむふむ、と書いた名前を見たあとに水晶を覗き込んでなにやら頷いている。

 この人にはなにかが見えているのかもしれない。

 試しに俺もちらと覗いてみたけど自分の顔しか映らなかった。


「えっと、だいたいのことは分かりました。えっと、どうしましょう。正直に結果をお伝えして大丈夫ですか?」


 少し躊躇うような声色に、俺は思わず俺は陽菜乃の方を見る。彼女は俺ににこっと微笑んで、「だいじょうぶです」と返した。


 陽菜乃がそう言うなら、俺はいいんだけど。わざわざそう言うってことはあまりいい結果ではなかったということなのでは?


「志摩さんは過去のあることをきっかけに異性に対して苦手意識を持っていたようですね」


 言われて、俺はぞくりと背筋に悪寒が走る。そのことは極力人には言わないようにしていて、知っているのは片手で数えれる程度しかいない。


 そもそもそれ以前に俺がここに来たのは偶然だ。それまでにその情報を仕入れるとかリサーチ能力高すぎるだろ。


 まさか本当にその水晶に俺の過去が映し出されたというのか?


 こわ。


「けれど、その冷たく凍った心を溶かしてくれる温かい存在が現れた。あなたにとって、その過去はようやく過去のものになった」


 俺の方を向いていた顔が陽菜乃の方に向く。


「あなたはあなたで過去にいろいろとあったようですけど、今はそんなこと気にせず前だけを見ている。いろいろと悩みながら、それでも進み続ける強さを持っている」


 こほん、とわざとらしく咳払いをした占い師は正面を向く。


「太陽のように周りを明るく照らす、すべてを包み込むような心の広さを持った者。月のように大人しく静かで、けれど暗闇の中では誰かの道標になるような優しさを持つ者。相反するようで、互いが互いを必要とするような関係」


 それは俺と陽菜乃のことだろうか。

 どちらが月で、どちらが太陽かなんて考えるまでもない。俺の暗い世界を明るく照らしてくれたのは陽菜乃だ。


 まあ、俺が月というのは表現として誤っているような気もするけど。


「そんな二人の相性ですが、あまり良くないようですね」


 淡々とした声色で告げられたその結果に、俺はちくりと胸が痛んだ。気にしないつもりだったのに、真正面からそう言われるとどうしても気にしてしまう。


 陽菜乃はどう感じただろう、と思ったけれど、それを知るのが怖くて隣を見れなかった。


「ありがとうございます」


 そのとき、陽菜乃の冷静な声がした。そして、ガタッとイスが動く音がする。


 そこでようやく隣を見た俺は陽菜乃が立ち上がったことを知る。彼女の意外な行動に驚いて、俺は動けずにいた。


「……え、ええ。こちらこそ、こんな結果になって申し訳ないです」


「占いですよ。どうしようもないことじゃないですか」


 あくまでも努めて明るく、笑顔を崩さない陽菜乃がこちらを向く。


「行こっか」


「あ、ああ」


 そこで俺も立ち上がる。

 先に行く陽菜乃のあとを追って部屋を出る。その間際、後ろを振り返ると、占い師はぺこりと頭を下げてきた。


 大変な仕事だな。

 本来ならば、ああいう結果が出た場合はそれっぽい言葉を選んで濁して伝えるのかもしれないな。


 久しぶりの明るい世界に、いつも以上の眩しさを感じて、俺は思わず目を瞑ってしまう。


「さ、次はどこに行こっか」


 陽菜乃は笑っていた。

 別に無理に作った笑顔には見えない。いつもと変わらない、優しい笑顔だ。


「陽菜乃、さっきの」


 陽菜乃はさっきの結果になにを感じたんだろう。そう思って、俺は思い切って訊いてみる。


 なにも感じていないのは、それはそれで複雑な気持ちだ。けど、ショックを受けてほしくもないんだけど。


 一年間、一緒にいるんだしどう思ったんだろう。


「占いのこと? 気にしてないよ」


 嘘を言ってるとは思えない。

 それに、無理をしているとは思えない瞳に見えた。


「わたしと隆之くんの相性が悪いはずないもん」


 そして、陽菜乃は無垢な笑顔を浮かべた。そんな彼女を見ていると、あのとき少しでも胸が痛んだ自分が恥ずかしくなる。


 自分たちのこれまでを信じていれば、それでいいんだ。


「……そうだな」


 俺たちのこれまでを信じてくれる、この子のことを好きになってよかった。



 *



 時計を見る。

 昼を過ぎて、刻々と今日という一日が終わりに向かっている。楽しい時間というのは経つのがあっという間だ。


「いろいろ回ったね」


 占い研をあとにした俺たちはそのあとも幾つかのクラスの催し物を楽しんだ。

 三年生が作った大掛かりなお化け屋敷や一年生がやっていたコスプレ喫茶など。


 どれもクオリティが高くて楽しめた。


 そんな中、俺は僅かばかりの戸惑いを覚えている。


「あ、あの」


 廊下を歩いていると、声をかけられる。振り返ると、そこには知らない女子生徒がいて、学年カラーからして一年生であることが分かる。


「はい?」


「昨日、演劇で鳴海透真役をしていた方ですよね?」


「まあ、そうですけど」


「一緒に写真撮ってもらえますか?」


「え、いや、でも」


 さっきから何度かこういうことを言われるのだ。一番最初はそれこそ一年生のコスプレ喫茶に行ったときだった。


 さすがに申し訳ないと思って陽菜乃を見ると、そこにはえらくご機嫌な様子の彼女がいた。


 待たせたりしてるのに、怒ってないんだよな。怒ってないよな?


「撮ってあげなよ。かわいい後輩からのお願いなんだし」


「……そ、そう? じゃあ」


 きゃー、と騒ぐ一年生女子二名。

 こういうこと、これまでなかったからどういう態度でいればいいのかよく分からない。


 演劇の主役をすると、こういう効果があるものなのか?


 陽菜乃が一年生から預かったスマホで写真を撮る。終始にこにこしている。


 パシャ。

 パシャ。


 数枚撮ったあとスマホを一年生に返す。それを確認した一年生がぺこぺこ頭を下げて行ってしまう。


 まあ、悪い気はしないよな。


「怒ってたりしない?」


 恐る恐る確認する。

 しかし、隣にいる彼女から怒気は一切感じない。


「なんで?」


「いや、その、時間取らせちゃったし」


「別に怒ってないよ。むしろ嬉しいくらい」


「嬉しい?」


 なぜゆえ? と俺はクエスチョンマークを浮かべる。


「みんなが隆之くんのことを認めてくれてるってことでしょ? それっていいことじゃない?」


「認めてもらえてる、か」


 思えば昨日の教室でもそうだったな。

 怖くて仕方なかったけど、勇気を出して一歩踏み出すと世界は変わった。


 そうか。

 あのとき、俺はクラスのみんなに認めてもらえたのか。


 頑張ってよかったな。


「それは嬉しいことだな」


「そうだよ。喜ばしいことだよ」


 少しずつ、いろんなことが変わり始めてる。

 どれもこれも、確実に良い方向に。


 俺と陽菜乃も……。


「あ、あれって」


 廊下をゆっくり歩いていると、窓から外を見下ろしていた陽菜乃がなにかを見つけて足を止める。


「どうかした?」


「下にいるのって沢渡くんじゃない?」


「あー、そういや樋渡が来るって言ってたっけ」


 どれどれ、と俺も窓から下を覗き込んだ。

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